その32 ゆめのかよいじ
揺れる馬車は揺り籠とは程遠い車輪の音を響かせながら、私を既知の未知へと運んでいく。
既知とは知識のことであり、未知とは経験のことである。
旅には常にこの二つが付き纏い、私たちの心を躍らせる……とか考えていたら全て口から出ていた時の私の気持ちを答えよ。
答えは当然羞恥!
まるで電灯でもつけるが如く、気軽に赤くなる顔!
もはや私のこれは赤面芸の粋に入りつつあった。
「ラウラ、なかなか良い詩だったぞ。なるほど、知っているからこそ楽しみあり、知らないからこそ夢があるというわけか」
「詩人になれますねラウラ様は!」
私の目の前の座席に腰掛けて、本を片手に優雅な馬車の旅を楽しんでいたお兄様と、私の隣に座って楽しげに会話していたジェーン。
二人は口を揃えて褒めてくれるけれど、それが恥ずかしさを倍増させる!
「旅の計画を立てるのが既知であり、実際に旅に行くのが未知。考えれば考えるほど素晴らしい」
「メモっておきます!」
「おやめくださいおやめください! 冷静に批評するのはおやめください! ジェーンもメモらないでください!」
ジェーンは旅の調査のために購入したであろう新品のメモを取り出すと、既知未知をメモり始めたので私は慌ててそれを止める。
こんなものは世に残されてはならない! 歴史の闇に葬らなくては!
「既知未知はもう封印! 封印です!」
「良い詩だと思ったがな」
「今のは良い詩ではなく、自分に酔いし詩です! こんなものは存在してはなりません!」
そんなこんながありつつも、馬車が揺れているのか、私の心が動揺し揺れているのか分からないままに、旅は順調に進んでいた。
お兄様主導で買い物はサクサクと進行して、気が付けばもう旅の当日。
楽しい日々はいつだって光のように過ぎていく。
きっとあっという間におばあちゃんだ。
推しのシルバー化を見れるのは楽しみだけど!
さて、もう全てがつつがないこの旅だけど、一つだけおかしなことがある。
それはナナっさんがこの場にいないということだ。
旅に同行するという話だったけれど、ナナっさんは馬車に乗ることはしなかった。
曰く……『馬車嫌いじゃ!』とのこと。
「ナナっさん、馬車苦手なんですね」
「ああ、高位の魔法使いにはありがちなやつだな。ある程度魔法が使えれば自分で飛べば良いから、そちらの方が快適なんだ」
「なるほどー! 私には一生無理そうですね!」
「あ、あの、私、ちょっと飛べるので、後ろに乗せることは出来ます……」
「えっ! 本当!?」
魔法使いは空を飛ぶ。
それは最高にロマンチックな話なのだけど、私には一生縁のないものだと思っていた。
だって魔法がクソ雑魚だから!
そんな私が推しと空の旅をランデブー!?
それは流石に贅沢が過ぎる!
寿司焼き肉ラーメンを超えた贅の極みの一つの形じゃん!
「テルティーナ……私の地元の村の名前なのですが、そこには空を飛ぶ子供の伝説があって、それで憧れて、あの、子供の頃よく飛んでたんです」
「子供の頃からよく飛んでたんだ……凄すぎるね!」
「いえいえ、拙いもので……よく失敗しては怪我してたので、母に禁止にされたんです。あっ! 今は短い時間ならちゃんと飛べますから、墜落の心配はありませんよ!」
「おてんばだったんだねぇ」
今は物静かで真面目で優等生なジェーンだけど、幼い頃はやんちゃしていたらしい。
それは私も知らないジェーンの新たな姿だった。
言われてみれば、今でもその面影はあるかも……時々無茶するところとか、一度決めたら全力で押し通すところとか。
「テルティーナ村には色々な噂話が溢れているようだな……まあ、その空飛ぶ子供は学院長だろうが」
「うちの村の噂、だいたいナタ学院長説ありますか?」
「そもそもが神扱いだからな」
ジェーンの地元……テルティーナ村に残る噂話は数多くあるらしいけれど、その大半はナナっさんかもしれなかった。
これからそれを調査する必要があるのだけど、調査しても調査してもナナっさんだったら結構な恐怖かも!
賑やかな話は尽きないけれど、道もまた尽きない。
馬車はまだまだガタガタと音を響かせながら、道をひたすらに突き進む。
車窓の外には美しい草原が広がっている。
あとどれくらい時間が掛かるのか私には分からないけれど、この分だときっと体感は一瞬だな、なんて思っていると眠気がおはよう!とやってきた。
そこはおやすみなさいでしょと思いつつも、旅行が楽しみすぎて夜眠れなかったことも思い出される。
睡魔は私に優しく毛布をかけるように、まぶたに重みを与える。
そして気がつくと……。
★
……あっ、寝てた!?
気付かないうちに眠ってしまっていたらしい私が目を覚ますと、そこには真っ白な世界が広がっていた。
地平線の先の先まで、どこまでも白く白く、そして白い。
テルティーナ村って雪国だっけ?
疑いつつ周囲をよく見ると、真っ白なこれは雪ではなく本当にただ白いだけで、私はそんな謎の場所に一人、身一つで存在していた。
えっ馬車は!?
お兄様とジェーンとお馬さんが消えてしまった!
今までの出来事は全て夢で、本当に私はもしかして天国でずっと寝てたとかそんなオチじゃないよね!?
とんでもなく恐ろしいことを考えてしまって、自分で自分に身震いをする。
確かに夢のような出来事だけども、夢オチだけは看過できないよ!
「ラウラウ、こっちじゃ!」
混乱して白い空間を右往左往していた私に、背後から声がかかる。
振り返ってみると、目の前にはこの空間とまるで違う真っ赤に染まった椅子と机が置かれていた。
そしてその椅子にナナっさんが腰掛けて、ひらひらと手を振っている。
「……ナナっさん? あの、こ、ここは」
「ここはラウラウの夢の中じゃな。ちょっとお邪魔させて貰っとるぞ」
まさか部屋だけではなく、夢の中にまでお邪魔されることになろうとは想像もしていなかった。
というか、夢に侵入できるなんて初耳も初耳で驚いてしまう。
夢から啓示を授けるのは神の鉄板技ではある。
そう思うと、神と評されたナナっさんであればこれくらいできても不思議ではないのかもしれないけれど……いやいや、やっぱり不思議だよ!
「……あと、声が出にくいです?」
「『真実の魔法』は嘘がつけない上にある程度勝手に口にしてしまう魔法じゃが、夢においては別に口にしているわけではないからのう」
「そ、そういうことでしたか」
リアルで口にしてしまうのが『真実の魔法』であり、夢の中では、そもそも実際に口を動かしているわけではないので、その効果が発揮されないということか。
つ、つまり久々のナチュラルな私だ!
しゃべるのが苦手で、言葉に詰まり、大きな声は出せない私が、再び舞い戻ってきた。
やっぱり魔法がないとまだこんな感じなんだなぁ。
「そう悲しそうにするでない。まるでしゃべれなかった頃に比べれば、かなり成長しておると儂は思うぞ。『真実の魔法』の効果がなくなっても、その経験は消えんということじゃな」
「あ、ありがとうございます……」
ナナっさんにそう言われてみれば、以前の私はもっともっともっと話すのが苦手だった気はする。
もう声が相手に聞こえてこなかったくらいだったし、少しくらいは成長しているのかな……?
そうだったらいいのにな!
「とりあえず立ち話もなんじゃから、儂が儂の夢から持ってきた椅子にでも腰掛けるがよい」
「あっ……だ、だから、色が、あれなんですね」
血のように赤い椅子と机はナナっさんが私の夢に持ってきたものらしい。
なるほどナナっさんの夢らしく、その椅子はデザインが凝っていて、まるで螺旋のような四つ足は、私の頭では到底思いつかない形状だ。
喉をさすりながら私は赤い椅子に腰掛けて、白い世界にいる紫色の燕尾服を着たナナっさんと向かい合う。
その白髪はこの世界によく似合っていた。
「さて、ラウラウの夢の中に入ったのは、何を隠そうお主に儂の過去を話そうと思ったからじゃ」
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