その30 ショタにも歴史あり
「学院長、それで話は聞かせては頂けるのですか?」
お兄様はすでに完全に冷静さを取り戻していて、椅子に座り直すと足を組み、学院長を睨む。
全ての動作がカッコ良すぎるんだが?
こんなビシッと足組める人いる!? いやいない!
一方、ジェーンは立ち上がった姿勢のまま、ゆっくりと私の方へ、フラフラと移動すると、私の隣に無言で腰掛けた。
混乱と恐怖により、自然と癒しを求めた結果が私だとすれば、友達冥利に尽きるけども。
しかし、これでジェーン、私、お兄様という並びになってしまった。
対面にはナナっさんがいるわけで、これでは推しくら饅頭パート2……いや、密度は以前より狭くなっているから、推しくら饅頭レベル2だ!
「わしの昔話が聞きたいのは分かるんじゃが、簡単には話せんなぁ」
ナナっさんは渋るように顔を背ける。
神と呼ばれていた時代なんて、どう考えても重要な情報だもんね……そりゃあそう簡単には話せないか。
「お兄様、きっと神時代は色々市井の人間には話せないんですよ! あまり無理を言うのはやめておきましょう!」
「確かに無茶があったか……」
私の提言にお兄様は真剣な顔で頷くけれど、当のナナっさんは少し恥ずかしそうに、顔を背けたまま、何やら気まずそうな雰囲気をかもしだしている。
ナナっさんにしいてはかなり珍しい表情だ。
「いや、あのじゃな、そんな壮大な話じゃなくてじゃのう……わしとしては、その、なんじゃ……恥ずかしいんじゃよな」
「えっ!?」
「じゃ、じゃから……神とか呼ばれて調子に乗っとった頃の話じゃから、黒歴史なんじゃよ! あー! 思い出すだけで叫びたくなるんじゃがー!?」
まさかの恥ずかしい過去パターンだった!
そういう方向性で話したくないの!?
気持ちはわかるけど!
ナナっさんは真っ赤な顔でジタバタと椅子の上で暴れている。
こ、これは私がベッドの上でよくやるやつ!
過去のフラッシュバックが脳をリフレインするときに、過去から逃れるために行われる言うなれば苦しみの発露!
本当に黒歴史なんだ!
「分かります! 分かりますよナナっさん! こういう時は脳内で誰も気にしてない誰も気にしてないと連呼するんです!」
「誰も気にしておらぬ! 誰も気にしておらぬ! ……おお、少し楽になったぞ。さすがじゃなラウラウ!」
「羞恥心マスターですから!」
最も恥の多い人生を送ってきた人物とは太宰治のことでなく、このラウラ・メーリアンのことである。
だからこそ、もう恥への対処法も確立している!
あとは単純に脳内でう○こー!と叫ぶのも効果的だよ! みんなも試してみよう!
「羞恥心が問題なら頑張ってくださいナタ学院長」
孫のように愛らしいジェーンがピシャッと嗜めるように告げるもので、ナナっさんは困ってしまう。
ものすごーく首を捻ってナナっさんは悩んだ。
「じぇ、ジェーンは厳しいのう……そうじゃなぁ、うーーーーーーーーーーーん……じゃったら、儂も旅行に着いて行ってもいいかの?」
「何故です!?」
悩みに悩んだナナっさんの結論はまさかの旅行同伴だった。
ほ、保護者枠?
確かに必要かもだけど!
私はナナっさんが来てくれることは純粋に嬉しくて嬉しくて仕方ないのだけど、ジェーンは反抗期の孫らしく、やや嫌そうにしていた。
「いや、ジェーン、学院長だからね! 私が言うのもなんだけど!」
「あっ、そうでした! すいませんナタ学院長……」
「ジェーンならオールオッケーじゃ! それで理由なんじゃが、この機会に儂も黒歴史を払拭しようと思う。ジェーンの地元であり、儂の故郷に帰ることで、儂は過去の儂に勝つ!」
ナナっさんはまさかのスパルタ式で己の黒歴史……言ってしまえばトラウマを治療しようとしているらしい。
す、すごい勇気だ……私だったらそんなことしたら一瞬で脳がショートして視界がブルースクリーン(真っ青)になってしまう!
「学院長、つまりそこで過去を清算したら『真実の魔法』についても話してくれるということで良いですか?」
「ジョセフ、お主は言質を取ってくるのう。まあ、そういうことで良いぞ」
「ありがとうございます……ラウラ、ジェーン、急ですまないが……」
「あの、ジョセフ様。私も絶対に嫌というわけではないので、大丈夫です」
「私はナナっさん好きだし! 推しだし! 一緒に行きましょうナナっさん!」
「ジェーンが北風なものじゃから、ラウラウが太陽に見えてくるんじゃが?」
どうやらナナっさんのコートを脱がすのは私の方らしい。
厚着フェチだから、着込んでもらった方が嬉しいけども!
モコモコな格好してほしいなー!
冬毛でモフモフなスズメみたいになってほしい!
「でしたら、いきなり現れるのはやめてください!」
「それはわしの生きがいじゃからなぁ……ちなみにもう一つ生きがいがあるんじゃが、知りたいかのう?」
「えっ、知りたいです!」
私がナナっさんの言葉に元気よく応えた時には、すでに正面に座っていたはずのナナっさんの姿はなく、空席にお金が置かれているだけだった。
き、消えた!?
このタイミングで!?
「も、もう一つの生きがいって、いきなり消えることですか!?」
「やっぱりナタ学院長は駄目です」
「ああ、駄目駄目だな」
最後までナナっさんはナナっさんであり、そしてその印象はただただ怪しかった。
今までは見た目が怪しいだけだから!と擁護していた私だけど、『真実の魔法』との接点が生まれたことで、その擁護も難しくなってしまってる!
「で、でも、お金は置いていってくれてますし!」
「今数えて見たが、自分の分しかなかった」
「あっ、かっこよく奢るやつではなかったんですね!?」
超かっこよく去りつつまさかのワリカンだった!
なんでもかんでも奢ればいいってものじゃないとは重々承知なんだけどね!?
「せめて旅費は払って貰おうと、私は心に誓いました」
「ジェーンが強い意志に目覚めてる……」
その瞳には漆黒の炎が見える。
ゲームでも最終盤でしか見せないはずの表情では……。
「一旦、学院長のことは忘れて、当初の目的通り必要なものを買うとしよう」
「はい、ジョセフ様、それがいいですね……」
もうナナっさんを気にしていると、一生ナナっさんに思考が持っていかれてしまうので、私たちはこの嵐のような出来事は置いておいて、買い物を始めることにした。
……今もナナっさんに見られている気がするけれど、気のせいだよね?
ナナっさんに見られる分にはいいんだけど、流石に気になりはする。
もしかするとこういう感覚に襲われるからこそ、ジェーンはナナっさんを苦手に思っているのかもしれなかった。
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