その28 サトリます
「い、イブン! え? えっ!? 髪の毛サラサラすぎませんか!? キューティクルどうなってるんです!? クチクラが水銀で出来てる?? お顔も輝いて見えますし、体が宝石で構成されてるとしか思えません! モース硬度10ありますよ絶対!!!!!」
生きるダイヤモンドことイブンの姿を覚悟もなしにこの両眼で目撃してしまった私は、一瞬で目が眩み、頭が揺れ、舌が動揺とともに全力で滑り始めた。
まるでゲレンデ! これがゲレンデマジックというやつです!(違います)
そんな私を見てもなおイブンは無表情だった。
こ、この状況では無言が一番辛いかもしれない!
既読無視は勘弁してくださいイブン!
「……思考と口が一致してる」
無表情なままで、その声色も平坦なままなのだけど、どうやら彼なりに私に対して驚いてはいるらしい。
突然、初対面でこんなにしゃべる女に出会ったらそれはもう驚くという話なのだけど、イブンの驚きのポイントはやや違う。
彼は私が心の中を吐き出すようにしゃべっていることを理解して驚いているのだ。
そう、これがすごいところなのだけど……イブンは人の心をうっすらと読むことができたりする!
いわゆるサトリ、もしくはサイコメトラー。
感情の薄いイブンが人の感情を読み取り、学習することができるというこの設定が個人的には……ンッッッッエモイ!
「『真実の魔法』っていう嘘がつけなくなる魔法がかけられているんです!」
イブンはそれを聞いてまたずいっと私のそばまで近づいてくる。
あー! 至近距離でイブンを見るのは遮光なしで太陽を見るようなものだから! 大変危険!
「へー、それで君……じゃなくて、お姉さん? お姉さんは今まで見たことのない感情してる。それはなに? 恋情? それとも感動? 驚き? 動揺? 発情? 緊迫? 狂乱? 興奮? 爽快? 関心? 尊敬? もしかして……孤独?」
私の推しへの感情に興味を持ったのか、イブンは矢継ぎ早にさまざまな言葉で問いかけてくる。
そんな真っ直ぐな瞳でそんなことを聞かれると困ってしまうのだけど、彼は真剣に聞いているのだから、私も真剣に答えたい。
私は悩んだ後、こう回答した。
「えっ、あっ、そうですね……うーん……全部です!!!!!」
イブンは色々な言葉をあげてくれたけれど、どれか一つに絞れるものではないよ!
推しに恋して感動して驚き動揺して発情しつつ緊迫して狂乱、そして興奮の後、爽快になり関心が強まり尊敬へと変わり……そして、孤独に推しを想う。
それら全てが私の彼、彼女らに対する感情だ!
「全部? 人の心は複雑だとは思ってたけれど、ここまでぐちゃぐちゃなのは初めて見た……」
「要するに好意の亜種だから複雑に考えないでください!」
「好意? 好意はもっとストレートな思いになりがち……お姉さんは変」
「変ですか!?」
推しに変と言われてしまった!
これでも常識人を自称しているのに……さ、最近は自分でもヤバいと思っているけど。
「だから興味深い。お姉さん、学生さんだよね?」
「はい! そこの魔法学院に通ってる者です!」
「ふーん……学院……」
イブンは少し悩むように、小さな顎に芸術品のような細い手を当てる。
まるで一つの彫刻のようなお姿である。
「通いたいんじゃないですか?」
「えっ……うーん、ちょっとはある」
どうやらイブンは学院に興味があるらしい。
よ、良かった……完全に興味ない可能性もあったから。
ゲームではジェーンが頻繁にこの場所を訪れることでイブンと交流を重ねて好感度と学院への興味を稼ぎ、ジェーンが2年生になってからなんと新入生としてイブンが入学してくるというのが流れなのだけど……じぇ、ジェーンの攻略進行度が分からないから、来期から学院に来てくれるかも分からない!
私としては是非とも、是非是非とも、是非是非是非とも学院に来て欲しいんだけどなぁ!
それだけで多分寿命が千年延びるので、千年間推しについて語っていたい……。
私は全力で勧誘することにした。
唸れ! 私の弁舌!
「いいところですよ魔法学院は! 魔法の勉強できますし! まあ、私は使えないのですが……。友達もいっぱい出来ますよ! まあ、私は最近までまるで出来なかった上に、いじめの首謀者だと疑われたのですが……」
「お姉さん、散々だね」
黙れ! 私の弁舌!
どんな勧誘だよ! 嘘がつけないからってもう少しやりようはあったよラウラ・メーリアン!
「いや、あの、私じゃなければ大丈夫なので! イブンなら平気ですよ!」
私は急いでそう付け加えた。
そうラウラ・メーリアンという特殊な境遇でなければ起こらなかった悲劇のはず!
友達出来なかったのは完全に自業自得だと思うけれど……。
「そういえば、お姉さん、質問に答えていない」
「えっ? し、質問ですか!? なんでも答えますよ!」
「何してるのって聞いた」
あっ、そういえば最初にそう言って話しかけられたんだ!
驚きのあまり、完全に忘れてしまっていた。
というより、イブンを前にしたらもうそれどころではなかったというか……脳の容量がにわとり並でごめんなさい!
「お姉さん、迷子になってるんです」
「お姉さんなのに?」
「お姉さんだって迷子にくらいなります! 人混みに流されたんです!」
「お姉さんなのに?」
「お姉さんだって人混みに流されることくらいあります! ひ弱なんです!」
「そうなんだ……」
おや? 心なしかイブンが可哀想なものを見る目で私を見ているような……?
非力はやはり男子から見ても相当な問題ということかな。
ということは、やっぱり破滅エンドを回避する一番の方法は筋肉なのでは?
でも、腕立て伏せ0回しか私出来ないしな……。
「0回は出来ているとは言わない」
「うわっ! そ、そうですよね!」
すっごいナチュラルにアホな思考を読まれてしまった!
「あと、そこの怖い顔してるお兄さんはお姉さんの知り合い?」
「えっ、こ、怖い顔のお兄さんですか?」
そう表現されると、サングラスをしたオールバックでヤクザなお兄さんを思い浮かべてしまうのだけど、そこにいたのはいたってイケメンなお兄様だった。
こ、怖い顔って言うほど怖くないから!
子供が睨まれたら泣くかもしれないけど!
「ラウラ、無事で良かった」
「お、お兄様! ごご、ご迷惑おかけして申し訳ありませーん!」
「いや、俺が不注意だった……そこの彼は古本屋のイブンか」
「ご存知なんですか?」
お兄様は軽くうなずくと、私に耳打ちをする。
「古本屋に妖精がいると学院で噂でな。男だと知って死んだ馬鹿が多かった」
「そ、それはそれはお気の毒に」
言われてみれば当然の話で、イブンはその超越した容姿からかなりの有名人らしかった。
きっと女子の間でも噂になっていたのだろうけれど、私はもうその噂が届かない人間鎖国状態だったから……。
「お兄さん、お姉さんのお兄さんなんだ」
「……妹が世話になったな。何か欲しいものはあるか?」
「特にない」
両者口数が少ない二人なので、ファンとしてもこの二人の会話を見るのはほとんど初めての光景だった。
こ、こんな感じになるんだぁー!
感動しかない! ファンディスクを見ている気分かも!
「あっ、あの、お兄様、イブンは魔法学院に通いたいらしいです」
「なに?……なるほど、言われてみれば強い魔力をしているな」
「はい! 才能ありです!」
「ああ、『真実の魔法』軽減に丁度良い」
「お兄様!?」
それはそうかもですけど、判断が早過ぎますよ!?
学院に魔力が強い人がもういないと見るや、学外に抜け目なくその鋭い視線を向け、早速スカウトするその姿はやり手すぎる。
このままでは『ラアマ隊』が学内組織から外へと飛び立ってしまう日も近い。
そうなったらあの組織名が世界中に……。
恥ずか死ぬ!
「イブン、学院に通いたいのか?」
「うーん……そこそこ。人も多いだろうし、感情も学べそう」
「そうか、なら、手は尽くしてみよう」
「……本気みたいだね。ありがとう、じゃあ、帰る」
イブンは心を読むことでお兄様の意思を確認し満足したのか、あっさりと私たちに手を振って路地から去って行った。
これからイブンが学院に通えるようになるには、色々とハードルがあるはずだけど、だ、大丈夫かな?
「ラウラ、ジェーンがカフェで待っている」
「わー! お待たせしてしまっている!」
イブンのことは心配だけど、ジェーンをいつまでも待たせるわけにはいかない。
お兄様が手を尽くして本格的に話が動いたら、そしたらイブンに協力しよう。
果たして私に出来ることなんてあるのかは疑問だけど。
私はまた雑踏へと足を踏み入れる……けれど、同じ失敗はしないのがお兄様なので、しっかりと私の手を握っていた。
……いや、手汗がー!
もう手の平がうなぎみたいになってるもん!
「すいませんすいませんお兄様! 濡れ手に粟ですいません!」
「縁起がいいな」
恥ずかしい思いをしつつ、私とお兄様は人混みをかき分ける。
こ、この調子で買い物は大丈夫なのかな……。
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