その27 銀色の終着点

「わ、私の地元は馬車で1日ほどのところです」

「なるほど、確かに遠いですね」


 私が推しに推し潰されて推し花になっている間にも話は続く。

 本格的に話はジェーンの地元へと移りつつあった。


 馬車で1日がどの程度の距離なのか、私には見当もつかないけれど、やはりジェーンの地元はかなり遠い場所らしい。

 そうなってくると、時間かけて準備を重ねる必要も出てくるので、本当に旅行みたいになるかもしれない。


「あの、本当に何もない場所ですし、泊まる場所もないので、私個人で行くのは駄目でしょうか……?」

「大人数で押しかけるのは問題があるが、しかし1人というのも調査には不十分だ。そうだな……俺とラウラ、そしてジェーンの3人でどうだ?」

「えっと、はい、それなら……」


 お兄様はごく自然に決めてしまうけれど、そのお兄様の横でグレンが露骨にガッカリと肩を落としているのを私は見逃さなかった。

 今日一日グレンどんまいすぎない……?


 でも、ここで強気に出るのも恥ずかしいのか、グレンは無言で押し黙っている。

 ま、まあ、振られたばかりでガンガン行くのはすっごい心苦しいのは分かる。

 ここは押し引きで言えば引きのターンなのかもしれない。


 そして、ヘンリーとローザも特には異論がないらしく、結局、ジェーンの地元への馬車の旅は私とお兄様とジェーンの3人に決まった。

 どうやらこの場での発言力はお兄様が最も強いらしい。


 考えてみれば被害者の親族の立場が強いのはこういった事例では当然かもしれない。

 もはや、お兄様は私の父親のような貫禄すらあるけれど……歴とした兄だからね!

 驚くことに血も繋がっています!

 

 年齢の割にしっかりしすぎでは?とは思う。

 大人の色気もムンムンだし、本当にお兄様、学生ですか?


「では残された我々は新たな強い魔力の持ち主を探しますか……それか、魔剣でも探しましょうか」

「あっ、それはわたくしたちも朝話してましたわ」

「魔剣なら俺に心当たりがあるぜ」


 気が付けば居残り組が自主的に仕事を見つけ、会議を始めている。

 『ラアマ隊(仮)』は指示なしでも行動できる有能な人材に溢れている。


 それにしたって、ここにいる人達、みんな有能すぎない?

 いや、みんな素晴らしい推しだからかっこよくて、可愛くて、有能で、面白く、そして強いのは当然なんだけどね!

 でも、典型的指示待ち人間の私にはみんな眩しすぎてサングラスが必要になってくるな……。


「まずジェーンの家に連絡を入れる必要があるか……ジェーン、使い魔などはいるか?」

「い、いえ、特には……」

「なら俺のフクロウを送ろう。手紙をつけるが、自分で書くか?」

「はい、あの、書きます!」


 キビキビと指示を出すお兄様に、ジェーンはタジタジだった。

 れ、恋愛の気配はないかも……。

 しかし、私としてはこの2人が会話する姿を見るだけでも超超超嬉しくて、じっと2人を見つめてしまう。


 お兄様ルート……じゃなくて、ジョセフルートも好きなんだよねぇ……!

 知的なお兄様は恋をすると奥手になるところがあって、ジェーンが逆に積極的になるルートなのだけど、すっごい萌えるんです! キュンキュンしっぱなしなんだから!


 でも、ジェーンは私の問題が解決するまであまり恋をするつもりはないらしいので、早く自分の事情を解決しないと、どのルートが見たいなんて夢のまた夢だ。

 頑張って『真実の魔法』解除に励まないと!

 推しのために! そして私のために!


「ラウラ、顔が赤いが大丈夫か?」

「えっ! はい! 大大大丈夫です! 顔が赤いのはそのお兄様たちの姿に萌えまくっていたもので!」

「熱くなっていたということか?」

「割とあってます!」


 燃えるも萌えるも同じという説が私の中ではあるので、お兄様の認識で間違ってはいない。


 そう、私の魂は燃えている。

 むしろ推しがいないと私の魂は冷え切ってしまうだろう。

 この体の熱は全て推しがくれたもの……!


「一度外の風にあたるか? 旅行のための物品も必要だ」

「あっ、はい! 行きましょう行きましょう! ジェーンも行こう?」

「は、はい……」


 女子寮の部屋にいる時のジェーンはもうちょっとリラックスした雰囲気なのだけど、お兄様の前ではずっとこわばったままである。


 まあ、お兄様は背が高くて顔がちょっと怖くて声が低いからね……。


 その全てが私にとってはここ好きポイントなのだけど、普通の女子からすると怖いものかもしれない。


 特に声なんてもうイケイケのボボボなのに……。

 耳元で囁かれたら耳が溶けるんじゃないかと思うほどだ。


「ラウラ? 耳まで赤くなっているが、本当に大丈夫か?」

「大丈夫です! いや、結構大丈夫じゃない思考というか、おかしなこと考えていますし、お兄様の声にメロメロなのですが、実害はありません!」

「そうか……声を褒められたのは初めてだが、ありがとう。では、行こうか」


 お兄様の返しはいつだってスマートである。

 私はそんなお兄様の後を追って、ジェーンと共に生徒会室を出ていく。


 この3人で買い物なんてかなりレアかも。

 もしや私が頃合いを見て抜け出せばデートになるのでは……?

 冷静に考えてみると、めちゃくちゃ心配されそうなので、実行は控えることにした。

 安全第一!





 色とりどりなテントが立ち並び、人々の活気ある声が聞こえてくるここは学院のお膝元に位置する商業街である。


 行き交う人々は山ほどの荷物を手にしてまいってしまっている人や、立ち止まって果物を繁々と眺める人、鎧を着て警備をする人などバラエティ豊かで、いつ来てもここは異国な雰囲気に満ちていた。


 ……異国じゃないけどね!

 根が日本人なものでつい!


 まあ、日本人な私としては異国情緒を感じるのは当然なのだけど、実はラウラ・メーリアンとしても別に慣れてはいなかったりする。


 というかこんな賑やかな場所に来たのは初めてだった。

 もう大体部屋にいるからね……。

 学院に入学してからも、学院が好きすぎて離れようとは思えなかったし、そもそも人混みは苦手である。


 なので、私はこの場所に不慣れなわけで……当然の結果と言うべきか、気がつくと私は孤立していた。

 俗にいう迷子である。

 迷子である!


 この歳になって迷子なんてわざとだろと言われそうなくらいだけど……違うんです! わざとじゃないんですよ!


 確かにお兄様とジェーンを2人きりにしたいなぁとか思ってましたけど、撤回して私は真面目に買い物するつもりだった。

 しかし、ついつい「この建物ゲームで見たことある! 実写だ!」とか思ってキョロキョロしていたら2人から逸れてしまった。


 もしかして私は小学生……?

 もしくは幼稚園児?


 いや、迷子からのリカバリーが大人の力の見せ所なはず!

 こういう時の鉄則は、動かないこと! これはなかなか子供にはできまい!


 ……そう思いはするのだけど、私の非力かつ矮小な体では人波に逆らうことはできず、もはや濁流にのまれた小枝の様に、ただただ流されるままだった。


 我ながらこれはポンのコツすぎる……。

 子供か?

 いや、子供以下か?

 ……とにかく、これからも朝のランニングは続けていくべきだな!

 私とランニングの戦いはまだまだ続きそうだった。


 そして私が流れ着いたのは店と店の隙間の暗がり、狭い路地の前、お肉屋さんの看板のすぐ隣であった。

 まるでこれから私が売られていくかのような光景だけれど、ドナドナはされないので安心してね!


 ……いや、安心できないな!?

 完全な迷子だもん!


 一分の隙もなく孤立してしまった……迷子になると、このまま一生帰れない気さえしてくるのはなぜなのだろうか。

 というか、ここは何処? 私は誰?


「君、何してるの?」

「あっ、すいません何もしてないです! あの、私はラウラ・メーリアンです!」


 背後からぽんっと肩を叩かれ、気持ち的には2mほど飛び上がりながら私は混乱のあまり自己紹介を開始する。


 唐突に謎の女に自己紹介をされて相手もさぞ驚いていると思いきや、彼は無表情で私の顔をジロジロと、しかも鼻が付きそうな距離で見ているので、再度私が驚愕する羽目になった。


「ひぇっ!?」


 高速でエビのように後ずさりをしてしまう。

 彼はそんな間抜けな私を見ても、無表情のまま、じっとこちらを見つめていた。

 

 そして、距離が離れたので私からも彼の容姿を見ることができるのだけど……私はそれを見て息を呑む。


 銀髪の美少年だった。

 女の子のように伸びた長い髪は、路地裏から流れてくる風で水面のように輝き揺れている。

 そしてその顔立ちは中性的で、男性にも女性にも見えるから、本来なら一発で彼と認識するのは難しいかもしれない。

 けれど、私はその全体像を見て、むしろ間違いなく男性だと確信をもった。


 何故なら彼はこのゲームの、トゥデの攻略キャラの1人だから!

 さ、さ、最後の1人だ!

 1年目では学外でしか出会えないから私が彼を見る機会はなかったので、本当に初めて生でその姿を見る。


 彼の名前はイブン、下の名前は存在していない。

 何故なら彼は……人工に作られたホムンクルスだから。

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