その23 定番は木の下か高い場所
「じゃあやるか……」
グレンは制服の袖を捲ってその腕を白日の元にさらし気合を入れているが、私としては筋骨隆々な前腕に視線がいって仕方ない。
筋肉すごっ!
岩かな……? いや、むしろ鋼?
私なんて筋肉のきの字もないふにゃふにゃボディなので横に並ぶとより一層その筋肉が際立つ。
「ムキのムキですね!? そこまで鍛えるには眠れない夜もあっただろうってやつですか?」
「は? ああ、いや、これは剣術やってたら誰でもこうなんだよ」
「け、剣術ですか! 多分、私は剣を持った時点で重さで倒れますね……」
「否めねぇな……じゃなくてだな、告白するつってんだろ! なんで筋肉について話してんだ!」
「すいませんすいません! 筋肉に目がいく不埒な娘ですいません!」
生前、筋肉を生で見る機会など皆無だったのでついつい盛り上がってしまった……筋肉のようにね!
そしてグレンの考えてきた告白のセリフを聞くという話なのだけど、冷静に考えるとシチュエーションも大事な気がする。
おざなりな場所で告白をしては、その効果も半減するというものだ。
ここは効果抜群を狙わなくては。
「グレン、場所にも拘りましょう! 学生の告白は校舎の裏か一本だけ生えた木の下と決まっています!」
「決まってんのか!? 完全に初耳だぞ!」
ゲームの知識ではど定番なのだけど、実際どうなのかは知らない!
けれど、ここ一応ゲームの世界だし、悪くないのではないだろうか。
「あとは夜は位置が高い場所が相場です」
「なんでそこで高さを求めるんだよ! 恋に落とすんじゃなくて物理的に突き落とすつもりじゃねぇだろうな?」
「むしろ恋のドキドキと危険のドキドキっで区別あんまりつかないらしいのでその説もあり得ます」
「怖いんだな告白って……」
告白の場所にこだわった結果、何故かグレンが萎縮する結果になってしまった。
つ、吊り橋効果って言葉もあるくらいなので、それなりに危険な状態での告白は効果ありそうと思ってしまったのがよく良くなかった。
「あと校舎裏は分かるが、一本だけ生えた木はなんだそれ」
「これはですね、なんかいい感じになるんです」
「いい感じになんのか……大事だもんな、いい感じって」
「はい大事です。あと、なんか伝説が付与されることも多いです」
「武器かよ!」
「ある意味では告白における武器と言っても過言ではありませんね」
「上手いこといいやがって」
上手いこと言ってしまった。
そして話が微妙に脱線しつづけている!
グレンは根が真面目なところがあって、ツッコミスキルが高いのでついついポンポンと会話が突き進んでしまう。
楽しいんだけど、今回の目的は告白だから!
「では都合よく一本だけ木が生えてる場所知っているので行きましょうか」
「この学院にそんな場所あるのかよ」
「ええ、というか貴方が告白する場所です」
「そう言われると身が引き締まるな……」
というか、私に言われなくても将来的には木の下で告白することにはなっていたと思う。
ゲームではそういうシチュエーションだったから。
私の一年目の学院生活はゲームに出てくる場所巡り……つまり聖地巡礼だったので、この学院の地理には結構詳しいつもりだ。
謎の一本だけ木が生えている場所は、私とグレンが話していた木陰のすぐ近くにある。
言われるがままについてきたグレンは本当に一本だけ孤立して生えている木を目にして驚いていた。
「本当にあんのか……伝説とかもあるのか?」
「ありませんが、ないなら作っても良いです」
「ないなら作るって発想は好きだが、流石にやめておこうぜ」
グレンがそういうので伝説の捏造というありふれた悪事はやめておくことにした。
恋の噂の発信源になるというのは、結構魅力的だけど、まあ、ここで告白するというのが定番になれば伝説は自然と後からついてくるものでもある。
「それじゃあやるぞ」
「うっす! どんと来てください!」
私は木を背にして待機という絶好の位置どりをキープしつつ、グレンの告白を待つ。
……なんか私が告られるみたいになってるけど、練習だからね!
いや、練習ですらないからね!
練習の前のセリフ模索段階だ!
「告白案その一だ……『俺のものになれよ』」
いや、定番すぎるー!
そして私が前回想像したやつと一緒だし!
そんなにテンプレなキャラなのグレン!?
「それ私の想像のやつと一緒! そして、駄目ですそれは!」
「駄目なのか!?」
「駄目っていうか、その告白成功率は極低なので! 返事を聞かない場合にのみ有効と言いますか」
「な、なるほど、勉強になるじゃねぇか」
グレンは律儀にもポケットからメモを取り出すと私の発言を記述し始めていた。
お、オタクの戯言が後世に残されてしまうー!
後の歴史家が可哀想だからやめて!
「じゃあ、次のセリフだ『我が紅蓮の
「中ニ病! 駄目です!」
「次だ! 『お前を幸せにできる男……それは多分俺だ!』」
「何故多分!?」
「いや、俺以外にもいい男は色々いるからな……」
「真面目ですけども!」
どうやらグレンには告白のセンスがないらしい。
ゲームでは普通に告ってた記憶があるけれど、あれはもっと仲良かったからなのかな……。
好感度足りない状態で告白しようとすると付加価値が必要な気がしてくるもんね……。
でも、私としては色々捻る必要はない気がしてきた。
だってさっきの酷いセリフ群でも私はドキドキしてるからね!
チョロいな私ー!
「普通イズベストですよ! 『好きだ! 付き合ってくれ!』これが告白の究極形態です」
「究極すぎてもう削ぎ落とされてんじゃねぇか」
「恋も戦いも身が軽い方が有利ですよ!」
「くっ、謎の説得力がある!」
別に恋も戦いも身が軽いから有利ってわけでもない気がするけれど、なんとか勢いで押し切った!
そうあーだこーだ考えるよりも、やはり告白はシンプルが一番!
ジェーンもそういう人が好みだと思う……多分!
「聞く話によると、お前とジェーンはかなり仲が良いらしいじゃねぇか」
「あっ、いや、それは昨日急速にというか、ど、どこからその話を」
「噂になってたぞ。ジェーンとメイドになったローザを連れて歩いてたって」
「そりゃ目立ちますよね!」
ある日、突然貴族の権化みたいなローザをメイドにして引き連れていたら目立たない方が不自然である。
今はもう冬季休暇で人も少ない時期だからといって、油断しすぎたかな。
「思うんだが、ジェーンは素直なやつが好きなんじゃねぇか?」
「あっ、あ、あり得ますよそれは!」
私とジェーンが急接近したのも、私が素直に好きを口にし始めてからだ。
好きと言われると、何だかんだで悪い気はしない。
その理論は素直な人間にほど効果的で、そしてジェーンは途方もなく素直な善人なので、より一層、深く効果が出ている可能性がある。
グレン、なかなかの慧眼だ。
不良しつつも裏でしっかり勉強してるだけはある。
「なら、やっぱりシンプルに最速で告るしかないな……学生同士って、結局告ったもん勝ちみたいなところあるしな」
「考えてみれば、告ることに対するデメリットはメンタルダメージだけですからね」
そしてメリットは好きな人と付き合えるという超極大なものである。
冷静に考えるとおいしい勝負な気がしてくるのだけど、実行する人が少ないのは、あまりにも心理的な壁が大きすぎるからだろう。
私なら絶対無理だ。
そもそもリアルで人を好きになった経験がないんだけどね……。
オタク、キャラ好きすぎて恋愛ゲームやりまくってるくせに、恋がよく分からない……。
「つまり告白に必要なものは勇気一つってことか!?」
「いや、愛と勇気の二つです!」
「おお! ふ、深いじゃねぇか……」
勢いで言ったけれど、いや、かなり浅いのでは?
というかアンパンマンさんでは?
アンパンマンさんが言うと深い言葉なんだけどなぁ……。
そして、別にそれだけが友達ではないし、何のために生まれたのか問われても答えられない!
きっと推しのために生まれたのだと思いたいけれど、それは思い上がりというものだろうか。
「いいこと言うじゃねぇかラウラ。というか、結構いい奴だなお前」
一連の会話の流れで、何故かグレンから私への好感度が急上昇していた。
本当に何故!?
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