その21 夢とユメ

「わ、私としてはしもべ風情が真ん中で寝るというのはおこがましいと思いますわ! ここは家主が寝るべきかと」

「うっ、一理ある」


 しかも『素直の魔法』を使われているので純然たる本音で言っているから、言い訳とも言い難い!

 彼女としては親友たるジェーンの横で寝たいのも本音だろうけれど、それ以上に私を家主として立てる意思の方が強かったようだ。


 め、メイドの鑑……!

 メイド歴半日程度だろうにこころざしがもうメイドすぎる!


「では、ラウラ様……どうぞ!」

「どうぞとは!?」

「どーんと寝てくださいどーんと」


 そう言ってジェーンはベッドを指し示すけれど、な、何故だろうか、普段寝慣れたベッドのはずなのに今日は虹色に輝いて見える!

 具体的に言うと16777216色のゲーミングカラーくらいに輝いている!


 こ、このベッドに入ると最後、脳がやられてしまうという生存本能からの警告だろうか。

 し、しかしもう逃げているわけにもいかない!

 これはジェーンの夢なんだから推しの夢を叶えるのもファンの推し事の一つ!


「えーい!」


 清水の舞台か飛び降りるように、私はベッドに向かって全身を投げ出し、フワフワな空間へと背中で着地を決めた。

 あとは野となれ山となれ!

 どうにでもしてくれー!


「ローザは右と左、どっちがいい?」

「どっちでも変わりないような気がしますわ……」

「うーん、でもラウラ様は首の右のところにホクロあるから、それが見たいなら右側だよ」

「あ、貴女! ちょっと見てる場所がおかしいんじゃなくて!? そもそもこの私がホクロなんて気になると思ってますの!? 右側でお願いしますわ!!!!!」

「ローザ!?」


 自分でも知らないホクロの位置を推しに知られていた上に、これからそれを見られるらしい。

 い、いや、別に恥ずかしいものでもないはずなのに、いざ見られると思うと、何でも恥ずかしく感じる。


 そもそも今はもう羞恥心限界いっぱいで表面張力でなんとか保ってるレベルなのに!

 これ以上増やしたら決壊しちゃうよ!


「はい、ローザもどーん!」

「きゃっ!」


 ジェーンに押し出されたローザが私の横に倒れてくる。

 ち、ちか〜い!

 まるでサファリパーク!

 本来なら触れられないその存在が、ま、真横に!


「私もお邪魔しますね」


 すっと自然な動きでジェーンは私の左に腰掛けると、そのままベッドに体を預けた。

 

 私は緊張からもう右も左も見ることは出来ない。

 視線は上を向いたままで完全に固まってしまっている!

 

 全身が石になってしまったかのような有様だけど、聞くところによるとベッドに寝るところはまだ序盤であり、女子はここからのベッドトークが長いと聞く!

 こ、ここは恋バナのチャンスか!?


「じぇ、ジェーンって気になってる男の子いる!?」


 石化を何とか解除してジェーンに向かって大胆にもそんな修学旅行中みたいな質問をしてみると、答えは……全く返ってこなかった。

 い、いくらなんでも不躾すぎたかな!?


 そう思って恐る恐る隣を見てみると……ジェーンは小さな寝息を立ててすでに寝入っていた。

 は、はやーい!

 まるでのび太くん!


「ああ……そういえばジェーンは大変寝付きが良いのでしたわ」


 むくりを体を起こしながらローザがジェーンの寝顔を見つめつつ、呟くように言う。

 そういえばゲームでもジェーンの就寝時間は9時とかだった記憶がある。

 それに、昨日も今日も大変なことばかりだったので、きっと疲れていたんだろうな。


「……あの、ラウラ様。本当に申し訳ありませんでしたわ。軽率にあんなことをして、その上、お、押しかけメイドをしてしまって」


 気せずして二人きりになると、ローザはもう何度目かの謝罪を私の横でするけれど、もう近すぎるので謝罪が頭に入ってこない。

 入ってくるのは甘い匂いのみである。

 け、結局嗅いじゃったし!


「押しかけメイドは良いことだよ。バンバン押しかけメイドしていこう!」

「バンバンするものではないと思いますが……わたくし、ずっとラウラ様のことを誤解していましたわ」


 ローザは悲しげな表情でそう言うけれど、誤解に関しては私にも悪い点がある。

 もっと早くに口に出していれば、何かが変わっていたかもしれないのだから。


 結局、そこは魔法の力に頼り続けているわけで、私自身が成長したわけではないのだけど。

 情けない話だなぁ。


「ローザの魔法のおかげで誤解が解けたなら、きっと良かったじゃないかなこれで。大丈夫! これだけ良くして貰ってるんだもん! きっといつか解除されるよ!」

「はい、一生かけて協力致しますわ!」


 そうローザは言ってくれるけれど、でも、『真実の魔法』が解除された時、私は今のようにおしゃべりできるだろうか。

 笑えているだろうか。

 それはいくら考えても分からない。

 

 けれど、今のままでは絶対にいけないのは確かだ。

 『真実の魔法』が解けるその日までに、私も頑張らなければならない。

 そう、もっと笑顔で話せるように。





 結局、その後は私も気付かないうちに眠ってしまっていて、起きるとメイドさんが使用人室を掃除するためにモップを持ってきているところだった。

 そのメイドさんはローザである。


 あ、朝起きるとメイドさんがいる生活、最の最の高の高の高すぎる!

 最最高高高!


「お、おはようローザ」

「おはようございますわラウラ様。お早いお目覚めですわね」

「えっと、ランニングするためにね」


 私は朝に用事があると、それが気になって気になって仕方ないせいなのか、自動的に起きてしまう体質にある。

 ニチアサには絶対に起きていたほどだ。

 ランニングも一度決めたからにはやりきりたいので、どうやら心の何処かで引っかかっていたらしい。


「お一人で行かれるのですか? まあ、そうですわよね。一人の時間も大切だとわたくしは思いますわ」

「ひ、人にはあの姿はあんまり見せられないかなぁ」


 そう、私は前回ランニングに……負けた!

 負けてボロボロにされたんだ!

 そんな姿はあまり衆目に晒したいものではない。

 言うなればひっそりと処刑されたい感じ……大衆の前ではなく!


 そう、今、最も倒すべき存在、それがランニングである。

 まだ勝つ算段はたっていない。

 それでも、私はやらなければならないのだ。

 一度やめたらもう二度とできなくなるから……!


「今日はジョセフ様の報告会がありますし、早めに返ってきてくださいませ」

「あっ、はーい」

「では、いってらっしゃいませ」


 ローザはもうなんだかメイドさんが板につきまくっている。

 まるで最初からメイドさんだったかのような貫禄すらあって、私は心躍った。

 

 メイドさんにいってらっしゃいませと言って貰える生活!

 QOL(生活の質)度高い!

 

 そんな幸せいっぱいの脳みそで走ったせいだろうか。


 十分後、私は無残な姿で発見された。


 ……グレンによって。


「お前また死んでるのか。死ぬのが趣味なのか?」

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