その19 新刊500円です


 さっきまでのローザは緊張感でなんとか平静を保っていたのだろうけれど、その緊張の糸が一気に切れてしまった!

 それと同時に意図してない言葉もどんどん漏れ出してしまう。

 糸だけに!


「あのラウラ様……もしかしてローザは『真実の魔法』をかけられていますか?」


 ジェーンは親友の異変に対してめちゃくちゃ勘が鋭かった。

 よくそんなズバリ言い当てられるね!?


 これが主人公たる者の洞察力……!

 もしくは私のせいで『真実の魔法』の傾向を掴んでしまったとか……?

 後者の方があり得そうで辛い!


「うん、えっと、私のよりは弱めらしいんだけど、動揺すると心の声が漏れ出してしまうらしくて……『素直の魔法』って言うのが一番近いかも」

「な、なるほど……ローザは素直さが足りないところはありましたし、いい機会かもしれませんね」


 ズバッとそう言い放つジェーン。

 ローザは確かにジェーンの言う通り素直じゃないところがあったけれど、それはツンデレだからなので許してあげて欲しい!


 悲しいかなツンデレはプレイヤー視点でしかそのいじらしさは理解できない構造にありがちなので、ジェーンには分からないことなのだけど。

 思えばツンデレなローザに『素直の魔法』なんて皮肉が効き過ぎている気がする。

 ナナっさんのことだからそこまで考えてやった可能性あるな……。


「い、一応暫くしたら元に戻るらしいから、ローザ、頑張って」

「が、頑張るもなにもこれは私の罰ですから! こ、この、心臓の謎の痛みも甘んじて受け入れますわ!」

「その痛み、多分ドキドキって言うんだと思うよ」

「ドギドギ!?」

「そんなギトギトしてる感じじゃなくて!」


 どうやらローザは羞恥心によって胸が締め付けられるような感覚が今日で初体験のようだった。

 本来、自信家で努力家で美人でお嬢様なローザには無縁なものだろうしね。


 私はもう慣れたものだけど!

 ……嘘です! 何回なっても慣れません!

 い、今もドキドキしてるし、というか人がドキドキしているのを見ると私もドキドキに、そしてドギドギになる。

 

 共感性羞恥ってやつなのかな……。

 もしくは推し同化現象かもしれない。

 説明しよう! 推し同化現象とは推しが好きすぎて言動が作品単位で似てくることである!

 割とあるあるだと思う!


「それでローザ、同じベッドで寝たいの? うーん、確かに家主に気を使うべきだから、私たち二人で寝るのは筋だとは思うけど」

「えっ!? ほ、本当に一緒に寝る流れですの?」

「でもラウラ様が仲間外れというのは、良くないと思うの。三人の中で一人余ることほど辛いことはないから」

「妙に実感がこもってますわね……」


 魂のぼっち仲間だけあってジェーンの言葉には重みがあった。

 分かる……分かるよジェーン。

 二人で仲良く話している場所に一人無言になることこそが真の地獄!


 でもジェーンとローザなら大丈夫だけどね!

 二人の会話なら一生聞いていられる……むしろ私は空気に徹したい所存だ。


「ラウラ様、ローザはどうやら嬉しいようですし、今日は三人で一緒に寝ますか?」


 空気になろうとしていた私に対して、笑顔でジェーンがとんでもないことを言い出す。

 この真っ直ぐさと純真さ! こ、これが主人公のパワーか!


 そして今、この場でその発言に最も動揺してしまうのはもちろんこの私……ではなくローザだった。


「ジェーン!? わ、わたくしは嬉しいですけども、しもべの分際でそれは出過ぎた真似というか……う、嬉しい!? 嬉しいですけども! そ、そうじゃなくてわたくしはジェーンを友達として好きなのはもちろん、ラウラ様にも多大な恩があって、ひ、人としても好きと言いますか、そうじゃなくて! あー! わたくしー!!!!!」


 暴走したお口がどんどん好意を露わにしていき、ローザの顔は真紅に染まっていく。

 か、可愛い!

 じゃなくて可哀想!


「ろ、ローザ! 深呼吸して!」

「はぁ…はぁ…お、恐ろしい魔法ですわ」


 ローザはすっかり『素直の魔法』によってツンデレからのキャラ変更が完了してしまった。


 ほ、本当に『真実の魔法』より弱くなっているの?

 違いが全く分からないよ!?


「それでどうでしょうかラウラ様」


 笑顔でにっこり私の顔を覗き込みながらジェーンはそういうけれど、ど、どうでしょうかって言われても!

 どうしよう!?

 ローザも動揺しているけれど私も動揺してるからね!

 

 今、脳内には聞き間違い偉人シリーズ第二段のイッショ・ニーネマスカ(1920〜2020)が思い浮かんで仕方ない。

 ニーネ! 偉人らしく私を導いてくれ!


「え、ええっと、一緒に寝るのは歓喜の歌って感じなんだけど、流石の流石に毎日そんな暮らししてたら私の心臓が尊みの重力に負けて超新星爆発を起こしちゃうから! 星の最後の煌めきとして宇宙の光に成り果ててちゃうと思うの! も、勿論、モチモチのロンロンで、断るほどの意思の強さも私にはないんだけど……! あ、えっと、きょ、今日だけなら!」

「そうですね、また後日寝具を揃えれば良いですし、今日は非常手段ということで」


 ジェーンは少し残念そうだったけれど、私としては死活問題である。


 い、今の場面、私の目の前に選択肢のアイコンが出てた気がする。

 セーブ機能があったら絶対に鍵をつけているところだよ。


 そして、恐らく、同じベッドで寝る選択肢の場合は私が古典漫画のように鼻血を噴き出しながら夜空の星となって死亡するエンドになってたな……。

 あ、危なかった……!


 ま、まあ、結局三人で寝るというヤバヤバすぎて山姥になることそのものは回避できてないんだけどさ!

 今日が命日かもしれないので遺書をしたためておくべきかもしれない。

 イッショ・ニーネもイッショだけにそう言っている気がするし……。

 

 あと、私、何か忘れているような……。

 何だろう……忘れていると大変なことになりそうな気が。…。


「あら、ここに散らばっている紙は何ですの」


 ローザがそう呟きながら部屋の隅に落ちていた紙を拾い上げる。


 そ、それだー!

 その瞬間、忘却していた事象が一気に脳味噌の中に回帰してきた! お帰りなさい!


 そして、ど、どうしよう!?

 あの絵はそう……ヘンリーやお兄様やグレン、そしてもう一人の彼と、ジェーンとローザついでにナナっさんなどが描かれているのに!

 絵を本人に見られたのでは同人即売会で作者本人買われる時以上に気まずい!

 というか死ぬ!

 死ねる!


「これは…ジェーンですわね!」

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