その18 ぎにゃああああ!


「ジェーンに会いたいのはやまやまなんじゃが、流石に怒られそうじゃからわしは帰る!」


 ナナっさんはもうびっくりするくらい自由だった。

 いや、ローザの処遇を私に伝えるために同行したことは分かるけれど、どうして部屋に侵入してしまったのか!

 好きだけども! そういうところ!


「とりあえず部屋変えに関してのあれこれはわしの方で手続きを済ませておくから、存分に同棲するがよいぞ。そもそも、治療目的じゃし、文句のつけようはないがのう」

「あっ、ありがとうございます! でも同棲は言葉が強いので、ルームシェアでお願いします!」


 当たり前だけど、普通はそう易々と同室で過ごすなんてことは出来ない。

 けれど、今回は私の事情が事情なので、何も問題ないようだった。

 

 治療目的と言われるとこれから介護を受けるような妄想が捗る。

 こ、この世界にもナースウェアはあるはず。

 治療されたすぎる!

 介護というか、加護を受けるという方が正しいけど!

 まさに神々推しの御慈悲!


「あとローザの魔法はやや弱めにしてあるから、動揺しなければそんなに気持ちは漏れないはずじゃ」

「そうなんですか!?」

「むしろ素直になる程度のこっちの方が『真実の魔法』なんじゃがな……」


 字面的には確かに『真実の魔法』は一見すると素直になる程度の魔法に思える。

 言うなれば『素直の魔法?』ともいうべきなのだろうか。

 そ、それくらいなら可愛い程度になるのかな……?


「ナタ学院長! どうしてまた女子寮にいるのですか!」

「ヤバい! ではさらばじゃ!」


 ボフンと吹き出す紫色の煙とともに、ナナっさんは部屋から姿を消した。

 さ、さて、ここからが大変だぞ……。



 ★



「ローザ! ほ、本当にラウラ様の部屋にいるなんて……ど、どうしたの?」


 部屋に入ってきたジェーンは、まず何よりもローザの存在に驚いていた。

 気持ちは分かる……こんな完璧な美少女お嬢様金髪縦ロールゴシックメイドさんがいたら夢かと思うもんね。

 そういう驚きではないだろうけど!


 そして私は椅子を探すので忙しかった。

 ど、どこかにあったはずなんだけどなぁ!

 まるで使わないから使用人室に放置したんだっけ!?


 ぼっちは来客をまるで想定していないせいで、人を招ける部屋にならない!

 それを今、初めて知ったよ私!


 ちなみに、寮の部屋は一人用とはいえそれなりに広い。

 通常の寮ならば、三人から四人程度は暮らすのが普通の大きさだ。

 

 ただし、これでも貴族の皆様方からは狭い部屋と評判らしい。

 貧乏性が前世から染み込んでいる私には分からない世界だった。


「な、なんとか発掘したよ……えっと、学院長が連れてきてくれたの。その、私の、しもべになりたいってことで……」

「しもべ!? えっ? ローザ? そんなことを言ったの!?」

「い、言いましたわ……」


 私もローザも互いに嘘がつけないために、どれだけ気まずくても素直に話すしか選択肢が存在していなかった。

 しもべって、もべってしてるところがなんかゆるキャラっぽいし何とかならないかな!?

 しもべもべもべみたいな感じで!


 私は恐る恐るジェーンの様子を伺う。

 

 ジェーンはかつてないほど動揺している様子で、その大きな目が私とローザの互いを行ったり来たりしていた。

 駄目だー! 何とかなっていない!

 世界一可愛いメトロノームが完成してしまった!

 

「どうしてそんなことになったの?」

「わ、わたくしは『真実の魔法』を一生続くものだとも知らず、軽挙にラウラ様に使用した己の愚かさを思い知ったんですの! だからこそ、一生をかけて尽くすと決めたんですわ!」

「そ、それでしもべに……ローザらしいね」

「わたくしってそんなにしもべイメージありますの!?」

「い、いやそうじゃなくて! その、いつも全力なところがローザだなぁって……メイド服まで着てるし」

「こ、これはわたくしの意思の表れと、あと学院長が用意してくださったので!」


 メイド服はナナっさんの仕業だったか!

 ローザにこんな素敵なメイド服を着せるなんて……グッジョブと言わざるを得ない!

 絶対そんなジョブは学院長職にないけど!


「ナタ学院長……でも、やっぱり私とローザは少し似ているところあるよね。私も、ラウラ様と一緒に住むことにしたの」

「じぇ、ジェーンもこの部屋に住みますの!?」

「うん、『真実の魔法』軽減に繋がるから……ローザも魔力強いからぴったりだね」

「い、いえ、わたくしは貴女ほど強くはありませんわ」


 そう言ってローザは自分を卑下するけれど、通常の生徒たちよりは圧倒的に強いのは間違いない。

 攻略キャラの男子たちや主人公のジェーンが突出して優れているのだけで!


 だからこそローザは結構、努力キャラだったりする。

 魔法の才能という面ではジェーンに劣るからこそ、影の努力で補い競い合っている。

 まるで優雅に見えるけれど、実際は水の中で必死に足を動かしている白鳥!


 うっ、尊い!

 天才型と努力型というだけで関係性の尊さが極まっているというのに、性格も真逆なんてまるで少年漫画!

 ジャンプで連載できるな?

 

「じぇ、ジェーンはわたくしに怒っているのかと思ってましたわ……」

「怒ってるよ」


 ジェーンはいつも通りの表情のままで、はっきりとそう言った。

 

「でもそれはあとでたーっぷりと言わせて貰います」

「は、はいですわ……」


 普段怒らない人が怒るのが一番怖いという。

 しかし、私が怒ったところで一ミリも怖くないどころか、起こり慣れてないせいで言動が飛び飛びになることは目に見えている!

 間違いなく滑稽なことになるだろう!

 

 よって、優しい人が怒るのが一番怖いというのが正しいと思う。

 何故ならその細かな優しさが細かな怒りとなって返ってくるからから。


「私が口を挟むことではないと思うけれど、お、怒るのも愛だと思うからさ! ローザ! 頑張って! 頑張って? うん、頑張って!」

「お気遣いありがとうございますラウラ様……」


 喧嘩していたという二人だけど、どうやら絶交するような事態にはならなそうで私は安心した。

 ジェーンとローザの不滅の友情を前に心配なんてする方が不敬だったかな……。 


「それで同じ部屋に住むんだよね。もしかしてローザ、使用人部屋に住むつもり……?」

「その通りですわ!」

「生粋のお嬢様のローザには厳しいんじゃないかな……」

「厳しいですわね貴女!」


 友人相手なだけあって、ジェーンはローザに対してはなかなか言葉が鋭い!

 怒ってるのもあるんだろうけど、まるでリンゴに的当てしているかのようなナイフの乱舞だ。


 この光景を見ていると私はまだまだ友人レベル1って感じだな……。

 が、頑張ってレベル上げしないと。

 メタルスライムとかいないかな……。


「私、何度かあそこで寝たことあるけれど、結構ベッド硬いよ?」

「なんで寝たことあるんですの!?」

「豪勢な暮らしに慣れなくて……」

「そこまで豪勢と呼べるものではありませんわよ……?」

「慣れなう部屋で戸惑うジェーン良きだけど、ちゃんといいベッド使って!」

「は、はい」


 そういえばゲーム内でも見たことがある。

 ジェーンは広い部屋にいるとそわそわしてしまうらしく、時々、使用人室に篭ってしまう性質があるのだ。


 その習性はまるで巣作りをするハムスターのようで愛らしい。

 で、でもなるべくならいいベッドで寝てほしいかな!


「そもそもベッドが使用人室を合わせても二つしかありませんわね……じぇ、ジェーンと一緒のベッドで眠るというのは悪い気はしませんが――ではなくて! 悪い気どころかめちゃくちゃ嬉しい……でもなくて! い、一緒に寝たい!? ぎにゃああああ! この口が!」

「ろ、ローザ!? どうしたの!?」


 猫のような金切り声を上げて、ローザはのけぞるように己の頭を抱えてしまう。

 

 つ、ついに魔法が悪さを初めてしまった!

 私のより弱いって話だけど、だ、大丈夫かな……。

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