その13 罰とそれからの話


「ヘンリー様! 少しラウラ様をからかいすぎです!」

「じぇ、ジェーン!」


 嬉し悔しい状況の私を庇ってくれたのはやはり天使なジェーンだった。

 ジェーンもそれなりにヘンリーにからかわれているはずなので、仲間意識から見ていられなかったのかもしれない。


 そう、ヘンリーは気を許せば許すほどにドSが溢れ出る系王子!

 いつもの真面目な姿とのギャップに、神々しい笑顔のままで弄るドSな姿は私のようなオタクを魅了して止まない……す、好きだ〜!


「申し訳ありません。打てば響く反応をしてくれるもので、つい」

「気持ちは分かりますけど!」

「ジェーン!?」


 分かっちゃ駄目だよ!?

 ダブルでいじられたら、私、昇天しちゃうからね!?

 

 このままでは私の魂が二人の天使によって天上へと迎えられる日も近そうだった。

 な、なんとかキュン死を耐えなければ。

 パトラッシュに眠いとはまだ言いたくはない!


「まあ、ローザについてはとりあえずは安心しておきましょう。ですが、話はそれだけではありません。学院長はその他の問題もさっさと解決してしまおうとお考えです」


 少し弛緩した空気の中、ヘンリーは話を戻すように、学院長との議題に触れる。

 ふざけているように見えても、ナナッさんは大人であり、しっかり考えるべきことは考えている。

 問題はまだまだ山積みなようだった。


「その他ですか……?」

「ええ、ローザ以外の人たちの話です。そもそもの問題はジェーンを虐めていた連中にこそありますからね。彼女たちにこそ罰が必要だと学院長は仰っています」

「……私についてはさほど問題ではありません。一番、大きな問題なのは何の罪もないラウラ様に罪をなすり付けた事。私はそれが許せません」


 珍しくジェーンはお怒りで、その声には熱がこもっていた。

 自分のためではなく、常に他人のために行動できる彼女だからこそ、私が巻き込まれたことが心底許せないのだろう。


 天使な彼女の天使ゆえの怒り。

 毅然と虚空を睨むジェーンの顔は美しすぎて、私は不謹慎にも、その横顔に思わず見惚れてしまった。

 まるで宗教画のよう……。


「学院長はある罰を思いついたそうです。そして、それはもう実行されていると」

「えっ、も、もう実行しているんです!?」


 ことの性急さに私は我に返って驚く。

 思わず敬語に戻ってしまうレベルだ。


「はい、ローザについての罰はまだ聞いていませんが、彼女たちの罰についてはもう聞いています」

「それは一体……」


 ナナっさんは本当に迅速を尊ぶようだ。

 昨日の今日でもう処罰を開始していたとは、まさかまさかだ。

 もしかして調査も含めて学院長は昨日から寝ずに、私たちのために尽力してくれているのでは……?


 それはありがたいことだけれど、い、一体、どんな罰を与えたんだろう。


「その罰は……『真実の魔法』です」

「ええええ!?」


 驚くことにジェーンをいじめ、私に罪をなすりつけた彼女たちへの罰は、あの『真実の魔法』だった。

 目には目を、歯には歯を。

 そして『真実の魔法』には『真実の魔法』を。


 それは確かに相応しいのかな……?

 いや、彼女たちが『真実の魔法』をかけたわけではないけれど!


「そもそも彼女たちが『真実の魔法』というものを探し出してきたようなんです」

「あっ、そうなんですか!?」

「一人で探し出して実行できるような魔法じゃありませんからね。複数人で協力して魔法について調べ、杖に魔力を込めたと考えるべきでしょう。恐らくかなり杜撰な魔法になっていたと思いますが、それはローザの才覚でカバーしたのではないかと」


 謎だった『真実の魔法』の入手ルートは、あっさりと明らかになった。

 けれど、なるほど、言われて見ればこの学院の生徒は魔術に優れ、貴族の立場もある。

 彼女たち全員で協力すれば、禁止された魔法も見つけ出すことはきっと可能だろう。

 

 その上、ローザはジェーンに次ぐ天才。

 主人公の友人でもありライバルキャラでもある彼女なら、多少強引な魔術の再現でもこなしてしまう……だって私の推しだからね! すごい子なんですよ!


 あっ! そういえばゲーム本編でもローザには取り巻きがいるんだ!

 『真実の魔法』はそんな取り巻きたちから教えられていたのか。

 ゲームで感じた疑問を何十年か越しに解き明かされて、私はめちゃくちゃ興奮した。


 す、すごい! こんな長い時間かけて知った謎は初めて!

 まるでブラックホールの姿が明らかになったような偉業にすら感じる!

 思わずオタク心が疼いてしまった。

 でも、一端の研究者気取りは流石におかしいよ!


「ラウラの心が美しかったので『真実の魔法』はまあ見ての通りむしろ可愛いくらいでしたが」

「か、かわ、可愛い!?」

「ヘンリー様、ラウラ様が倒れてしまうので好感が持てるくらいにしておいてください」


 いちいち可愛いに反応して動揺してしまう私はなかなかに酷かった。

 あまりにも非モテすぎる。

 つ、強い心を手に入れなければ!


「ラウラは好感が持てるほどですが、ジェーンをいじめるような人たちは、その心の醜さを存分に吐き出していることでしょう。因果応報ですね」


 ヘンリーは変わらぬ笑顔で恐ろしいことを口にする。

 ドS王子にして黒王子、それがヘンリー。

 

 考えて見れば、今は冬休みに入り、みんなは帰省している時期。

 ジェーンをいじめるような人たちが、貴族の本家で本音を吐き出すのと、この学院で吐き出すのはどちらが辛いのか……。


 どちらも地獄だけど、それはこれからの生活を考えると前者の方が復帰がきくように思える。

 私がお兄様に支えてもらったように、家族のサポートが受けられるからだ。

 そこまで考えてナナっさんは、即座に罰を実行したのかもしれない。


「あっ、で、でも『真実の魔法』って一生だったよね!? それは流石に可哀想じゃないかな?」

「いいえ、むしろ甘いくらいだと思いましたよ。なにせ、その『真実の魔法』は学院長が改造したもので、一ヶ月で解けるらしいですから」


 私の心配なんてナナっさんはお見通しだったらしい。

 きちんと真実の魔法を調整した上で、丁度良い罰にしてくれていた。


 流石に一生は不憫すぎる。

 そんなことになったら私は罪悪感でご飯が喉を通らなくなる!

 きっとナナっさん的には一生でも構わなかったのだろうけれど、私に気を使ってくれたのかもしれない。


 罪悪感で死にかねない弱い女である。

 羞恥心でも死ぬし、ちょっと死に過ぎでは?

 

 でも、今は好きなものに囲まれているので、すぐに立ち直ることができる!

 これがオタクフェニックスだ!


「学院長はそんなことまで出来るんですね……ラウラ様、私は丁度良い罰だと思います。その気になれば引きこもることも可能でしょうし、一ヶ月も本音で過ごせば彼女たちも反省することでしょう」

「……うん、ジェーンがそう言うなら私に異論はないよ! それに……私は『真実の魔法』は悪い事ばかりじゃないと思ってるから」


 『真実の魔法』は恐ろしい魔法だ。

 何故なら、心の中は誰でも見られたくないものだから。


 私もこれが前世であれば、もっと酷い事態になっていたかもしれない。

 今、私が羞恥心だけで済んでいるのは、そう、推しに囲まれていて、好きという感情しか浮かんでこないからに尽きる。


 お、推しに救われている……!

 前世でも結構、推しの輝きに生きる活力を貰ったものだけど、今はもう推しに直接助けて貰っているのだから推しさまさまだ。

 推しに感謝しかない……!

 

 そんな怖い『真実の魔法』には一つだけ良い点がある。

 それは素直になれること。


 人間、生きているとプライドとか、トラウマとか、恥ずかしさとか、立場とか、色々な理由で素直になれなくなる。

 いつしか誰もが、好きを好きに口に出来なくなる。


 『真実の魔法』をかけられたみんなは辛いだろうけれど、一ヶ月の間、好きを口にして、周囲への感謝も口にして、そのありがたさに気付いて、また感謝することが出来るのではないだろうか。

 そんな日々の中で更生されることこそが、私の望みだ。


 ……私も頑張って心を鍛えよう!

 おかしなことを言い出さないように!


 というかこうなってくるとローザへも軽い罰というのも、何かとんでもない罰になっている可能性も感じてくる。

 だ、大丈夫かな……。


「僕はこの話をあまりラウラにしたくなかったんですよね」

「それはどうしてですかヘンリー様?」


 言いながら首を傾げるジェーン。

 嘘っ……そんなことある?

 可愛すぎて、一瞬、横に子猫がいるのかと思ったよ?


 心を鍛えると思ったそばからこれなので、先は長そうだ。

 心の騒がしさを治すのは大変!

 やっぱり滝 on the 行をするべきかな。


「ラウラが今のようにいられるのは、僕たちのことが好きだからなんですよ」

「ふぉっひゅ!?」


 急にそんなことを言われたので、私は思わず変な叫び声を上げてしまう。

 す、すすす、好きだけども! 推しだけども!

  もう言動でバレバレとはいえそこまではっきりと言われると照れてしまう!


 私は真っ赤な顔で俯いて、二人の顔を直視しないようにした。

 というか、顔を見ていられない。

 は、恥ずかしすぎる……!


「それは、はい。ラウラ様は私たちのこと大好きだと思います」


 ジェーンにすら笑顔でそんなことを言われてしまう。

 好きな気持ちが伝わっているのは良いことなんだけどね!?

 

 私の顔は赤を通り越して真紅に染め上がっていく。

 もはや生きるトマト。

 推しの近くいるので健康には良い!

 すくすく育っております!?


「僕たちが嫌われていたら、当然、ラウラの言動も厳しいものになるわけです。だからこそ、あまり強い話をすると嫌われる危険性がありました」

「それは確かにそうですね……はっ!? な、なるほど、ヘンリー様の言いたいことが分かりました!」

「わ、私、全く分からないんだけど! どういうこと!? どういうことなんですか!?」


 通じ合ったように謎の会話を繰り広げるヘンリーとジェーンに私は困惑する。

 二人が通じ合ってる姿は尊みがヤバいんだけど、その内容が私だから不安しかないよ!


「ヘンリー様はこう言いたいのですね。我々はもっとラウラ様のためにもラウラ様に好かれるべきであり、フワフワな世界でどんどん甘やかして行くべきだと。甘やかし大作戦を行うべきだと!」

「そんな結論になるの!?」

「流石ジェーン、100%伝わってましたね」

「しかもそれで合ってる!?」


 とんでもない大作戦が決定されてしまった。

 もう聞いているだけで溶けてしまいそうな作戦名だ。

 私の脳内は博多どんたく祭りのような騒がしさに包まれる。


 しかし、言っていることは客観的に見ると正しい気もする。


 私の言動がまだ明るいのは周囲のみんなを大好きだから、推しだからで、そんなみんなのことを私が嫌いになることは絶対に、決して、天地神明、神に誓ってあり得ないのだけど、私のそんな激重な愛が分からないみんなとしては不安になる。


 だからこそ、私をもっともっと甘やかしていれば、私はみんなのことを好きなままだし、私の言動も興奮したオタクのままでいられるはずだという考え方……。


 す、すごい完璧だ。

 天才の発想としか言いようがない。

 ……けど、ちょっと私に都合が良すぎないかな!?

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