その11 弱いオタク


 でも、私とジェーンは色々と状況が違うのも事実だ。

 慣れない貴族の魔法学院にいきなりやってきて、なかなか友達なんて出来るものではない。


 それはさながら転校レベル99みたいなもので、私ならゲロ吐いて死ぬ。

 それくらいキツい高い空間にジェーンはいるんだ。


 それでも彼女にはイケメンたちが付いているし、ローザだって友達のはずで、彼、彼女らがジェーンの大きな支えだったことは想像にかたくない。 


「あの、ローザの件は本当に……」


 ローザについて考えていると、それを感じ取ったのか、無意識に声に出ていたのか、ジェーンがまた謝罪を繰り返した。

 私は彼女の謝る姿を見たくないので、心の底から明るく返す。


「ううん! 大丈夫ですから! まあ、私の内面なんてしょうもないだけですから、セーフセーフ!」


 そう、しょうもなさが凄いだけで、さほど問題にはなってはいない……はず!

 コントロールが効くようになればきっとちょっとお喋りなだけの少女になるはずだし!

 もしくは場を弁えない痛い女になり下がるかもだけども……!


「は、はい。あと、あの、私には敬語じゃなくても良いので」

「そう言われても急には敬語は取れないよ! 困っちゃうなー!」

「きっちり取れてます!?」


 きっちり取れていた。

 キャラにわりと失礼でタメ口なのはオタクあるあるではある。

 ヘンリーとかついつい呼び捨てになっちゃうし。

 もう四六時中考えているから、身近に感じすぎちゃってるんだよね……。


 そんなわけで推し限定でタメ口は無理ではない。

 知らない人にタメ口聞くとなるともう死を覚悟しつつ行わなければならないけれど。


「ジェーンも、もっと気安い感じで大丈夫だからね?」

「いえいえ、私は皆様とは立場が違いますから……」


 ジェーンはまだまだ硬い様子で緊張が伺える。

 当然と言えば当然で、私はそもそも悪い噂の絶えない悪役令嬢なのだから、そんな人のそばでなかなか気は抜けまい。


 それに貴族という基準で見れば立場が違うのも事実ではある。

 けれど、この学院においてはみんな生徒!

 差なんてないよ!


「謙虚なところは好きだけども! でも、生徒はみんな同じ立場の若人だよ! それに私の方が魂の立場が下みたいなところあるから!」

「は、はい……よく分かりませんが、ど、努力します」

「無理ならいいんだよ! もう! 可愛い!」


 体を縮こめて両手を握りぐっとするジェーンの姿は小動物にも似ていて、その身から大量の萌えが発生していた。


 もはや可愛さの権化としか言いようがない。

 究極プリティ存在、猫に勝てる可愛さはここにあった!?


「か、可愛いだなんて……」

「不躾にごめんね! でもでもでも! 本当に可愛いから、つい!」

「ラウラ様だって、その、可愛いじゃないですか」

「私のは滲み出た汚い心が隠せてないから! ジェーンのは溢れ出る心の清さが可愛さとして発現してるタイプ!」

「そ、そんなことはありません! 本来ならもっと恨んでいてもおかしくないのに、それどころかローザのことを庇って下さって私にも優しくて……ラウラ様の心は清いです! まるで澄んだ川のようです!」


 張り合うようなジェーンのその言葉が、私の心に火を付けた。

 オタクが推しを褒めることで負けていてはオタクの名折れだ!

 例えそれが本人相手でも!


「そんなことを言ったらジェーンの心は、天上に咲く一輪の蓮華の花弁から零れ落ちた一筋の雫が、清涼な風によって運ばれ、透き通る湖のハスの葉の上に舞い降り、地上に光を齎して、その生誕を全ての動物たちが祝福したとしか思えないレベルだよ!!!!!」

「ああっ!? ほ、褒めたいのに、語彙で勝てません……」


 ジェーンは顔を赤くしたままガックリと項垂れて、己の敗北を認めた。


 か、勝った!

 女子にありがちなよそよそしい褒め合戦とは違い、ガチの本音によるガチンコ褒め合戦、その勝者は私だった。


 オタクやってて良かった〜!

 オタクじゃなかったらジェーンに心をやられていたところだった。

 もうやられているとも言えるけども!


「今度は私、もっと勉強してくるのでリベンジさせてください!」

「残念だけど、私のジェーン愛には勉強では勝てないよ!」


 調子に乗っておかしなことを言い出す私はもう超絶馬鹿だった。

 何を偉そうにしているのか!

 冷静に考えたら言ってること支離滅裂だからね!?


「あ、あと、あの、ラウラ様……実はお聞きしたいことがあるのですが」

「えっ、何でも聞いていいよ! 嘘とかつけないからね!」

「あっ、し、失礼な事を言ってしまい申し訳ありません! やっぱりやめた方が良いのでは……?」


 昨日に続き、またしても謎にブラックなジョークみたいになってしまった!

 むしろ真実を言っているのでホワイトなジョークなのに!


「今、やめられた方が気になっちゃうから!」

「わ、分かりました……では、あの、ラウラ様、私のことを娘のように思っているとお聞きしたんですが」

「そ、それはっ!!!!??」


 あ、ああああああああああ!?

 全身から空気が抜け出るような衝撃。

 予想外の質問に私の脳内はパニックを起こした。


 そ、そういえば言ってた!

 ローザに向かって堂々とそんな世迷い言を言ってたよ私!

 うわー! なんって恥ずかしい女! ラウラ・メーリアン!


 自分のことを娘のように思っている不気味な同級生……。

 あまりにもヤバいやつすぎる。

 ヤバすぎてもう犯罪ギリギリだ。


 とは言え私のお口は嘘をつけない。

 ヤバいやつと思われようと本音を正直に語るしかない。

 それが私の推しへの誠意でもあるはずだ!


「……い、言ってる! そして今も思ってる! 私、実はジェーンのことをずっと前から見ていて、その度に、親近感と共に幸せになって欲しいって思いまくってたの! だって、めちゃくちゃいい子だから! バッドエンドなんて絶対に嫌なの! 良きイケメンの伴侶となって一生を幸せに暮らして欲しいし、その、それって娘に思う気持ちみたいだから!」


 取り繕うように必死に赤面しつつ語る私だけど、その姿は羞恥心の権化だ、

 ちょっとした罰ゲームかもしれない!

 勿論、ゲームに対して思うのなら自然な感情とも言えるのだけど、本人を前にしていうと、どうにも厳しいものがある!


 一気に私の顔はレッドゾーン、危険域へと突入した。

 体が熱くなって仕方ない。

 無から水を生み出す力も絶好調で、手のひらがベタベタしている。


 そんな大変な状態の私に向かって、ジェーンは優しく微笑んだ。

 

 えっ、急に天使来た?

 黙示録始まったのかな?


「と、とても……とても嬉しく思います」

「えっ!?」

「む、娘のように思ってくださることも嬉しいですし、ずっと見ていてくれたことも、本当に嬉しいです」


 そういって私の瞳を見つめてにっこりと笑うジェーンは、私には神々しく輝いて見える。

 ご、後光が射しているのでは?

 眩しい! 笑顔が眩しくてゾンビメンタルが溶ける! とろける!

 

 マジ物の天使たるジェーンには私の気持ち悪い発言も、ずっと見ていてくれた優しい人くらいになるらしい。

 そんな足長おじさんみたいな人ではないんだけどな……。

 むしろ短めだしな……足。


「あと、あの、好きというのは娘を見るような気持ち……ということなのでしょうか?」

「あっ、うん! 正確なニュアンスとしてはもっと複雑な感情が絡み合った結果、この命尽き果てるまで推し続ける! ってことになるんだけど、分かりやすく言えばそんな感じかな!?」


 自分でもこの感情を言葉にするのは難しい。

 それは『真実の魔法』を使われてなお、真実を口に出来たとは言い難いものだった。


 この熱い衝動に名前をつけるとしたら、やっぱり愛なのかな。

 でも、恋とは違うんだよね。


「そうですか……」


 ジェーンは少し残念そうだった。

 まあ、うん、そりゃあ否定して欲しかったよね! 娘みたいって!? 同級生にいう言葉じゃなさすぎるもん!

 たまにお母さんみたいって言われる女子を見ることはあるけど、その逆の娘みたいってなかなかないもんなぁ。

 

「では、あの、娘として母を支えるのは当然ですので、今後はラウラ様のそばに居させてもらいますね。『真実の魔法』の軽減の為にも必要ですから」

「えっ!? あっ、そういう話だっけ!?」


 そ、そういえばジェーンが今日、私に会いにきたのはそういった要件でヘンリーが連れて来たのだった

 ヘンリーも去って、すっかり有耶無耶になったとばかり思っていたけれど、ジェーンは律儀に覚えていたらしい。


 いい子だけど、こ、困ってしまう。

 ジェーンと一緒にずっといたら私、本当にずっとだらしない顔で生きていく羽目になるかも!

 頭部マッサージされた猫みたいな顔になってしまうー!


「そ、それはちょっと違うというか、あの、ジェーンにはもっと青春を歩んでほしいと言うか」


 何とか断ろうとするけれど、ジェーンの意思は固かった。


「違わないです! ラウラ様と一緒にいるのは私にとって大事な青春です。そういうことでもう決まりですので」

「は、はいぃ」


 推しの美顔に迫られて強引に押し切られると絶対に断れなくなってしまうのが私という女である。

 嗚呼、我ながら弱く、チョロい……。

 

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