その10 ぼっち談義


 生徒会室は昨日と変わらずに輝かしき姿を残していて、立ち並ぶ備品たちは整然としている。

 そんな華麗な場所に私たちを招き入れるや否や、即座に椅子を引き、慣れた手付きでスムーズに紅茶を入れると、私たちの前にティーカップをそっと差し出すヘンリーは、この生徒会室に相応すぎるジェントルマンの鑑だった。


「それではお二人で話したいことも色々あるでしょうし、僕は一度失礼しますね。暫くしたら戻ります。お菓子もありますのでごゆっくりと」


 ヘンリーは笑顔でそんな事を言いつつ、コート片手に生徒会室を出て行こうとする。


 私たちの為に一人で部屋を出て行こうとするその態度は、いくら何でもジェントルすぎる!

 もはやレジェンドのジェントル、略してレジェントルとすら形容できるほどに、ヘンリーはスーパー紳士人だった。


 しかし、そんな急に二人きりにされても困る!

 ぼっちはそういうの苦手!


「いやいやいやいや! ヘンリー様のお気遣いは嬉しいですがそれは流石に申し訳なさが勝ちます! 申し訳なさしか勝たんです! というか、今この場で邪魔になっているのは私なのでは???? で、出ていったほうがいいですか!?」

「ラウラ様、それでは本末転倒です……あの、ヘンリー様、私もラウラ様と同じ気持ちです。そこまで気を使ってくれなくても大丈夫ですので」


 ジェーンはそう言ってくれるけれど、しかし、どうしても私が邪魔な気がしてならない。

 だって、本来ならばヘンリーとジェーンという美男美女が二人で仲良くお茶をする美しい場面だというのに、私の存在が異物すぎるんだもん!

 この生徒会室の天井になれたらそれがベストなのに!


「お二人の慈悲には感謝の念が絶えませんね……ラウラさん風に言うのなら尊いです」

「ヘンリー!?」


 思わず呼び捨てのままに驚いてしまった。

 お、推しに変な言葉選びを覚えられてしまった。


 世が世なら腹を切って詫びるべき案件では?

 三度切って三段腹にするべきだろうか……。


「ふふふ、いえ、実のところこの後用事があるので去らなければならないのです。学院長が急に僕と話をしたいと言い出したものですから」

「ナタ学院長はいつも突然ですからね……お疲れ様ですヘンリー様」


 これからナナっさんと会うというヘンリーに、ジェーンは同情的な顔をしている。

 それもそのはずで実はジェーンはナナっさんが苦手なのである。


 私がナナっさんと会ったのはつい昨日の夜の出来事なのだけど、ジェーンは主人公なので、当然、もっともっと前から会ったことがある。

 その交流は、大抵はナナっさんが押しかける形だ。


 そう、ナナっさんはジェーンのファンみたいなところがあって、よく彼女にウザ絡みをしている。

 なんでも、ナナっさんはジェーンの母親と知り合いらしく、そんなナナっさんから見ればジェーンは可愛い可愛い孫のようなものなのだとか。


 それそのものはまあ微笑ましい話なのだけど、悲しいかな、年頃の娘らしくそういうナナっさんの態度をジェーンは苦手に思っているというわけだ。

 まあ、軽いストーカーみたいなところもあるしね……。

 それは私もだけども!


「あっ! そういえば私も昨日、ナナっ……じゃなくて学院長様に会いましたよ! 夜に! 自室で!」

「えっ……ナタ学院長ついに女子寮の部屋に忍び込んだんですか……」

「いつかやるとは思ってましたが……あの人は見た目子供なだけで大人ですからね。大問題ですよ」


 昨日の出来事を思い出して話してみると非難轟々だった。

 学院長なのに生徒に糾弾されてる!?

 二人ともナナっさんに厳しくない?

 というか好感度が低い!?


 ま、まあ、めちゃくちゃ怪しい人だからね……。

 元々、信用は薄いのかもしれない。


 でも私の心配をして、忙しい中、わざわざ来てくれたわけで、全然やましいことではないから!

 怪しいけども!


「違うんです! 『真実の魔法』をかけられた私を心配して様子を見に来てくれたみたいなんです! ですから、おかしなことではありません!」

「そうだったんですか……それなら疑って申し訳なかったですね……」

「ずっと私が褒め称え続けるという素敵な夜を過ごしました! まあ、それで疲労して倒れちゃったんですが……」

「今の謝罪はなしにしてください。やっぱりナタ学院長は駄目駄目です」


 そんなことを言うジェーンの目は未だかつてないほど冷たかった。

 まるで絶対零度。

 もしくは豚を見る目……いや、きっとジェーンは豚さんとかを見るときは優しい目をしているはずだから、それよりも酷い目だ。


 なんとかフォローしようと頑張ったものの、嘘がつけないので大失敗に終わってしまった。


 しかし、言葉にしてみると深夜に女子の部屋に無断でやってきて騒ぎ倒した挙句、ただただ疲れさせて帰った……という最低な事実だけが残るので、ジェーンが怒るのも仕方ないかな……。

 私がもっと上手く説明できていれば……!


「ええ、あの人は駄目駄目なのです。ですから、会いに行かないとどんな面倒くさいことになるか分かりません。そう言うわけで、申し訳ありませんが、ラウラさん、ジェーンと一緒に待っていて貰えませんか?」

「ジェーンと一緒におしゃべりすることはもう超超超ご褒美です! 多分、一生しゃべってられると言うか、逆に喋りすぎて迷惑になりかねないというか、ほ、本当にいいんですか!?」

「いいんですよ。それでは失礼いたします」


 ヘンリーはそう言うと生徒会室から相変わらずの笑顔で去っていった。

 残されたのは私とジェーンの二人である。


 ……ボッチが最も苦手とする事態が実現してしまった!

 知り合い以外と二人きりになると、何故か分からないけれど、流れる無言が驚くほど辛く感じることがある。

 

 普段まるで話さないくせに、どうしてそんな時の無言を辛く感じてしまうのか、それはボッチ一生の謎である。


 と、とにかく何か話さないと!


「ジェーンとおしゃべり出来るなんて嬉しすぎて弾けちゃいそうなくらいなんですけど! 私口下手で全然会話が思い浮かばないんです! すいません! し、しかも無言も苦手で……私って一人でいることが多かったせいで、人との会話が下手くそで、その癖、沈黙が辛いだなんて変な話ですよね!? な、なんでなんだろうなぁ……って、ジェーンにこんなことを言っても意味わからないですか!?」

「いえ、分かります……私もボッチなので」

「分かるんですか!?」


 相変わらずにとっ散らかった私の妄言に、優しいジェーンは頷いてくれた。

 まさかの肯定だったので、思わず驚いてしまう。


 一瞬、ぼっち仲間を見つけたような気がして私は嬉しくなったけれど、すぐに気を引き締め直した。

 リア充がよくぼっちつれぇわ……とか言ってるのよく聞くし! そういうフェイクかもしれない!

 ジェーンは優しいから、気を使っているのかもだし!


「ご飯を食べているときとか、賑やかな場所に自分一人でいると急激に胸が締め付けられる感覚ですよね。そういう時って、孤独って一人でいることじゃなくて、集団の中で孤立してることを言うんだなぁって思います」

「めちゃくちゃ分かってる!?」


 ちょっと早口で一人の辛さを語るジェーンの姿は、ちょっとだけ私に似ている気がした。

 い、いや、だから似てないはずなんだけどな!

 

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