その9 主人公来る
「お、おはようございます! ヘンリー様、ラウラ様!」
深々とお辞儀をするジェーンはどこか緊張した雰囲気をまとっている。
そもそもの話として、貴族だらけの学院に一人、平民として入っているのだからジェーンは常にどこか気を張っている。
その上、今この場にいるのは生徒会副会長様にして超絶美男子でイケオーラバリバリのヘンリーなのだから、緊張してしまう気持ちはよーく分かる。
……私もそうだからね!
未だに緊張しっぱなしでいつもいつでも手汗がヤバい。
無から水を生成できる能力でも手に入れたのかと思うほどだ。
「おはようございます、ジェーン。ラウラさん、彼女はジェーン・メニンガー。今日紹介したい人というのは彼女のことです」
「じぇじぇじぇ、ジェーンのことだったんですか!?」
「ええ、彼女は魔力が強いですから」
そ、そういえばそうだ!
この貴族中心の魔法学院に、何故ジェーンが入学できているのかと言えば、それは魔法という分野において優秀だからに他ならない。
田舎町で生まれたジェーンだけど、幼い頃から突出した魔力を持っていて、八歳の頃には自己流の魔法を使うことができたという。
まさに天才。
だけど、ちゃんと勉強したわけではないので、学校の授業や一般的な魔法を扱うのは苦手だったりする。
そういうとこも可愛い!
「なるほどー! そうですよねジェーンは天才ですもんね! 魔力の強い人たちと聞いてなんで思い付かなかったんだろう? 盲点でした!」
「それにジェーンは女の子ですから、僕のような男が近くにいるよりも、安心かと思いまして」
ヘンリーは当然のように言うけれど、超ハイレベルな気遣いがそこにはあった。
でも、ジェーンには私よりも日常を大事にして欲しい気持ちが強い。
青春してくれー!
「ええ!? そ、そこまで気を使ってくださったんですか!? あ、ありがとうございます! ですけど! ですけれども! それはジェーンの負担が重すぎます! 私、ジェーンには魔法の勉強を頑張って素敵な恋をして最後には巨悪をやっつけて欲しいんです!」
恋とバトルと勉強。
それがこのゲームトゥデの正しい遊び方だ。
私はジェーンに王道でハッピーエンドな青春を送って欲しいし、巨悪もぶっ倒して欲しい!
「巨悪を? あははっ、面白いじゃないですか。ジェーン、貴女は巨悪を倒さなければならないようですよ?」
からかわれたジェーンは元々赤くりんごのように愛らしい頬を、さらに真っ赤にして俯いてしまう。
私の言動がきっかけなので、これは申し訳ないことをした。
そう思いつつも、常に私の脳裏には可愛いという三文字が流れ続けている。
まるでライブ配信中のLIVEのように右上にLOVEの文字が浮かび上がり消えようとしない。
どころか点滅して主張してきている気さえする!
それほどの可愛い力を感じた……こ、これが主人公か。
「あ、あの、ラウラ様」
「えっ、はい! ラウラです! ラウラ・メーリアンですっ!」
それまで俯きがちだったジェーンは意を決したように急に顔を上げると、私をその大きな瞳で見つめてくる。
そして、おずおずと私のそばまで近付いてきた。
美少女が一センチ接近すると私の心臓は一メートル跳ねる。
心臓ってもしやハート型ではなくうさぎ型なのでは。
「ローザが、わ、私の友達がとんでもないことをしてしまって、本当に申し訳ありません!」
ジェーンは、最初にした挨拶よりもなお深く、腰が折れるんじゃないかと心配になるほど深く深く深く、私に向かって頭を下げた。
「えっ……えっ!?」
……えっ、謝罪されている!?
謝罪されてるってことは……謝罪されている!?
主人公に全力で謝られるという衝撃な光景を前に、私の思考が一瞬真っ白になる。
咄嗟の事態に対応できないコミュ障の鑑のような私の、ホワイトアウトした思考を現実色に塗り戻してくれたのは、ヘンリーの一声だった。
「ローザの行動は彼女の暴走であって、ジェーンが気にする必要はないのですけどね」
「でも、ローザが私のためにやったことです。もっときちんとローザと話し合うべきでした……」
目を伏せて、俯いて、掠れる声で、ジェーンは言う。
その姿は臆病ですらあった。
ジェーンはちょっと内気な少女で、あまり人に対して強く出られるタイプではない。
乙女ゲームにおいては、主人公にどれだけ好感が持てるのかというのは重要事項で、主人公が好かれなければ、そんな主人公に恋するキャラまで説得力がなくなる。
だから、私がこの世界を好きというのは、彼女のことが滅法好きだからということに他ならない。
そう、全てはジェーンのおかげなのだ。
私がジェーンを好きになった理由は色々とあるのだけど、一番の理由は……非常に勝手ながら、ジェーンと私はほんの少し似ているな、なぁんて思っていたからだったりする。
似ているというか、親近感というか。
……いや、どこがだよ!
似てるわけないだろ!
自分で自分の思考をぶん殴りたい!
人とまるでコミュニケーションを取らず、ひたすら青春を無言で過ごした私と、可憐で努力家で優しくて困っている人を見過ごせなくて一生懸命なジェーンのどこが似ているというのか!
不遜だぞ! ラウラ・メーリアン!
……でも、本当に勝手ながら、そして失礼ながら、私がジェーンに共感を覚えていたのは事実であり、私が彼女の生き方に勇気付けられたこともまた事実。
ジェーンは私の灰色の青春の唯一の輝きだったのかもしれない。
だからこそ! 今度は私が少しでも彼女を元気付けたい!
そんな気持ちはやはり私の口から一気に漏れ出してしまう。
『真実の魔法』は偽らない。
「大丈夫ですよジェーン! 私は見ての通りわりと元気です! というより、はたから見ると以前より元気元気に見えるくらいだと思います! ま、まあ、羞恥心は結構ヤバいものがあって、そこはなかなかの罰ゲームなんですけれど、みんなが優しいおかげでなんとかなってますし、久しぶりに人と話せて楽しい気持ちもあります! ジ、ジェーンとも、こうして話せて、光栄っていうか、栄光っていうか……浴びてます! 光を!」
「えっ!? は、はい!」
ジェーンは優しい子なので、私のカオスな言動に戸惑いつつも反応してくれていた。
い、いい子すぎるっ!
こんな変なやつ無視してくれてもいいのに……やっぱりジェーンを見ていると癒されるし、元気になるなぁ。
……いや、私が元気付けらちゃ駄目だから!?
逆に気を使わせた挙句困惑させてるし!
光を浴びていることを報告してどうしたいんだよ私は!
そんなの報告するの宇宙飛行士だけだよ????
当たり前の話だけど、私に元気づけるなんて高度なことできるわけがなかった。
悲しいかな、人生で一度もそんなことした記憶ないものな……。
「ジェーン、ラウラは貴女を励ましてくれているんですよ。驚いたでしょう? 彼女は嘘がつけないというのにこんなにも優しい。本当に善人なんですよ」
横で聞いていたヘンリーが暖かな声で、私をフォローしてくれた。
とてもありがたいけれど、そんな良いものでは全然ないよ!?
「は、はい。あの、ラウラ様、ありがとうございます。わ、私もラウラ様とお話しできて嬉しいです」
「ほ、本当に!?」
「はい、私もラウラ様のように、いえ、ラウラ様の前では嘘はつきません。本当に嬉しく思います」
ジェーンは少し元気を取り戻したように明るい声でそう言うと、私の手を取り、ぐっと顔を近づけて来る。
ち、ちちち、近い!?
えっ……急に握手会始まった!?
お金払ってないのに!?
顔の良い女が目と鼻の先に来て、私は動揺を隠せない。
興奮により開いた私の鼻腔を、彼女の髪から流れてくるフローラルな香りがくすぐった。
す、すごい……美少女すぎて匂いまで美少女だ。
男性キャラの香水を買ったことがあるけれど、ヒロインの匂いを嗅いだのは初めてだったので、思わず顔が真っ赤になる。
ジェーンの顔も真っ赤なので、もはや二人はさくらんぼのようだった。
錯乱してるしね私!
「仲がよろしいのは大変素晴らしいですが、立ち話もなんです。生徒会室にでもいきましょうか」
割と混乱している私たちを紳士的にエスコートしようとするヘンリーは、素晴らしきイケメンの鑑としか言いようがない。
それにしても、こういう時に談話室のように使われるのは、ゲームの生徒会室あるあるかもしれない。
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