その8 赤髪ワイルド

「マジで変なもの見えてんじゃねぇだろうな」

 

 木の上から颯爽と飛び降りて私の横に座り込む彼は……やっぱり間違いない!

 

 グレン・キュブラーだ!

 赤い髪に赤い髪に筋肉しつな体、そしてぶっきらぼうな態度!

 ツンデレ王子様!


「ぐ、グレン! じゃなくて、グレン様! あ、会えて嬉しく、思い、ます」

「ぶっ倒れたまま言われてもな……あと、様付けなくていい。同学年だろ?」


 いかに興奮しようとも体の限界は越えられないので、私は倒れた状態で微動だにしないままに必死に話す。

 シュールな状況だった。


 そしてまた推しを前にして感情が溢れ出してしまう……。

 この口は好きの感情を隠せない。


「はぁはぁ……グレン超好きなんですよ! もう結局のところ全部推しなんですけどグレンは私の好みど真ん中火の玉ストレート300キロでして! 赤いですしね!? あと不良系が好きすぎるっていうのもあるんですけど、しかも御多分にもれずツンデレじゃないですか? 女性のツンデレにはやや苦手意識がある私ですが男の子のツンデレの方が大大大好物なんですよ! そもそも素直になれなくて意地悪しちゃうみたいな思考回路がツンデレの源だと思うんですよ。だったら男の子の方が自然な気もしますよね!?」

「待て待て待て、なんだお前!?」


 息も絶え絶えで倒れ伏したままだと言うのに、えらい勢いで喋る私を見て、グレンは急に動き出した自動掃除機に威嚇する猫みたいになっていた。

 そこそこ猫目だしね、グレン。


「とりあえず、えっと、大丈夫なのか?」

「見ての通り! 大丈夫じゃないです!」

「大丈夫じゃないのか!?」

「ヤバいですね……心臓がバクバクとドキドキとダブルラリアットで死ぬかもしれません。ランニングの疲労中に推しと会うとこんなことになるんですね!」


 推しによる心臓へのダメージとランニングによる心臓へのダメージが合わさり、もはや心臓マッサージでもここまではしないレベルになっている。

 け、健康な方へと心臓マッサージは絶対に駄目!

 私のメンタルは不健康なのでいいけど!?


「結構余裕ありそうだが、放ってもおけねぇしな。おい、口を開けろ」

「は、はい! 文字通り真実の口って感じですね!」

「いや、わからねぇけどな?」


 真実の口はローマにある有名な彫刻作品なのだけど、この世界の住人が知るわけなど勿論なかった。

 結構、虚無な顔をしている彫刻である。

 私も推しが死んだ時はあんな顔しているので似ていると言える。

 ググって確認してみよう。


「『風の民よ、汝の息を借り受ける……フレストブレス!』」


 ふところから取り出した爽やかな緑色の杖をグレンは手に取ると、呪文を唱え魔法を発動する。

 やがて私の口の周りに一陣の風が吹き荒む。

 すると、急に呼吸が楽になってきた。

 

 えっ、こんなのできるの!?

 し、知らなかった……すごい便利じゃないですか。

 まるで魔法版酸素ボンベだ。


「ありがとうございますグレン! すごーい! 努力家なのは知っていましたけど、こんな魔法が使えたなんて初めて知りました! 流石ですね!」

「いや、むしろサボり魔なんだが……お前、なんでそんなに俺のことを知ってるんだ?」

「サボり魔と呼ばれつつも、実は裏でこっそり努力しているのも知っています!」

「なんで知ってんだよ!? ストーカーかてめぇ!」


 あまりにも詳しいので怪しい存在だと疑われてしまった。

 まあ、事実としては割とストーカーよりかもしれないけれど。

 ここは追っかけと呼んで欲しい。


「……と言うかよく見るとお前、ラウラ・メーリアンじゃねぇか」


 魔法によって体力を取り戻した私が、ようやく倒れた体勢から体を起こすと、その時、初めてきちんと私の顔を見たのかグレンが驚く。


「はい、ラウラ・メーリアンです! 悪評絶えないメーリアン家の娘です!」

「元気一杯にとんでもねぇこと言うじゃねぇか。へぇ、お前があのイケスカねぇジョセフの妹か」

 

 苦々しげに兄の名を口にするグレンの姿で思い出した。

 そうだ、グレンとジョセフお兄様は犬猿の仲で、大変に相性が悪いのだった。

 

 互いに性格がキツめなので、びっくりするくらい反発し合う関係にある。

 磁石のプラス同士な二人。

 それもまた尊い。

 いずれそれでもくっつく運命にある。


「お兄様と仲良くしてくださっていてありがとうございます! 美味しいです!」

「仲良くねぇし、美味しいって何だよ!?」

「生きる活力という意味ですね」

「俺とジョセフの仲が悪いのが活力!?」

「仲良くても活力なのでどちらにしろ美味しいです」

「無敵かよ……」


 グレンは私の発言に、きっちりとツッコミを挟んでくる。

 彼は不良ぶっているけれど、実は真面目なタイプなので、ツッコミも律儀だった。

 割と苦労人なポジションである。


 苦労人好きだなぁ。

 ワタワタしてるのを見るのがフェチズムをくすぐる。


「今日は体力をつけようと思って走ってたのですが、慢心から死んでました。グレンは命の恩人です!」


 私は頭を下げてお礼を言う。

 やや過剰ではあるけど、気分は本当に死にかけていたからね。


「なんだ、恩返しでもしてくれるのかよ」

「うーん、勉強くらいなら教えられるかもしれませんが、それはジェーンの役目ですしね……」

「な、なんでそこでジェーンが出てくるんだよ!?」


 ジェーンの話を出された瞬間、グレンの顔が朱に染まる。

 

 おっ、これは結構仲が良い?

 この世界のジェーンはグレンルートなのかな? 


「ジェーンと仲良いんですよね?」

「そ、そんなに仲が良いわけじゃねぇよ。放課後に魔法の訓練手伝ってやったり、勉強一緒にやったりしてるだけで……」

「仲良いですねぇ!」


 どうやらかなり攻略は進んでいる様子だ。

 がんばれジェーン、あと一歩だ!

 

 しかし、懸念事項もある。

 私という異物が混入したことによって、このまますんなりと攻略が進まない可能性だ。

 特に、ジェーンは今、友達が捕まってショックを受けてるだろうし……。


「そうだ! 恩返しはジェーンとくっつく為に私が色々協力するというのでどうでしょう!?」

「どうでしょうって、だ、だから俺は別にジェーンを好きなわけじゃなくてだな!」

「ツンデレ良きです! 素直になれない男の子の気持ちは私なりに理解しているつもりなので、ご安心ください! あれですよね? スカートとかめくりたい感じですよね?」

「そこまでガキじゃねぇよ! まるで安心できねー!」


 全力でツッコミつつも顔を真っ赤にしているグレンは大変にかわかわにかわいい。

 

 このままでは私が萌え死にかねない!

 死因ツンデレになってしまうー!


「おや、ラウラさんと……グレンくんじゃないですか」


 萌えのオーバードーズ過剰摂取によって、はぁはぁと肩で息をしている私に、背後から声をかける人がいた。

 もう声だけで分かる、それはヘンリーだ。


「ヘンリー……様!?」

「おはようございますラウラ。今から丁度、貴女を迎えに寮に行くところだったんですよ」

「そ、それはそれは! お手数お掛けして申し訳ありません!」

「いえいえ」


 ヘンリーは今日も朝日に負けないほどの眩しい笑顔で、私を魅了する。

 太陽の化身かもしれない。

 ケツァルコアトルと呼ぶべきだろうか……。


「生徒会副会長様じゃねぇか。この変な女になんかようなのか?」

「ええ、彼女の兄から頼まれてましてね」

「けっ、ジョセフの使いか……じゃあ、俺は帰るが……変な女!」

「は、はい! 変な女です!」


 もはやそう応えるしかなかった。

 今の私はあらゆる視点から見ても変な女に違いない。

 おもしれぇ女にはなれないタイプの変さだ。


「その……ジェーンについてはまた今度話すってことでいいか……?」

「えっ!? ……はい! あの! 是非! ぜひぜひ!」

「息がまた切れてるみたいになってんぞ。じゃあな、変な女」


 グレンはそう言うと、背中越しに手を振りながら去っていった。

 何気ない動作でさえワイルドなイケメンさに溢れておられる。

 イケメンは細部に宿るんだなぁ。


「グレンと仲良く話せるなんて、貴女もなかなかですね」

「いや、あの、実は死にかけてるところを助けてもらって」

「それは衝撃的な出会いでしたね」


 朝、ランニングに出掛けてからのあれこれを話しながら寮へと戻りつつも、私はジェーンが気がかりだった。


 私のせいで攻略が歪んだら申し訳ない。

 何とかしないといけないな……。


「おっと、どうやら今日紹介する予定の彼女は、もう準備万端みたいですね」


 ヘンリーのその言葉で私は、寮の前に視線を動かす。

 すると、そこには制服をきっちりと着こなし、まるで一枚の絵画のように目を引く美少女が立っていた。


 栗色のふわっふわの髪に、頬に少しだけ朱をさしたような、林檎のように愛らしい容姿の彼女。

 まるでこの世の主役みたいな可憐な彼女がそこにはいる。


 彼女の名前はジェーン・メニンガー。

 この世界の、ゲームの『TRUE DESTINY』の主人公だ。

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