その3 お優しいお兄様


「ここなら今は人がいない。紅茶でも飲むか?」


 お兄様によって連れてこられた場所は生徒会室だった。


 お兄様自身は生徒会に所属しているわけではないのだけど、お兄様の友達のヘンリー・ハークネスという大変な美男子が生徒会副会長をやっている。


 このヘンリーも勿論攻略キャラの一人で、金髪碧眼の明るく紳士的な人柄で、しかも優等生な学院の王子様だ。

 ちょっとどSなところもあって、そこがたまらない。


 その風貌と尖った印象を受ける話し方から、周囲に少し怖がられているお兄様とは、性格も立ち位置も真逆なのだけど、だからこそなのか、二人は親友と言って良い間柄にあった。


「いいのでしょうか、勝手に生徒会室を使ってしまって。勿論、お兄様とヘンリーは……じゃなく! ヘンリー様は仲良しなので大丈夫だとは思いますけど!」


 『真実の魔法』のせいで油断すると呼び方が生前のものに引っ張られてしまう。

 まだ呼び捨ては良い方であり、脳内ではもっと変なあだ名で呼んでいる登場人物もいるので気をつけないと……。


「舞踏会から出る途中でヘンリーとすれ違ったが、あの場を収めると目で言っていた。その後、こちらに来るともな」


 めめめ、目で言っていた!?

 それもう親友なんて言葉じゃ収まらないやつじゃない!?

 私なんてほとんど人と視線を合わせられないくらいなのに!


「ええ!? 目でそんな意思疎通が出来るんですか!? め、めちゃくちゃ尊いですよお兄様! あ、ありがとうございます!」

「ラウラ、一度深呼吸をしてみろ」

「あっ、はい!」


 また口が暴走し始めたところで、お兄様が的確に私を諌める。

 

 指示通りに深呼吸をして心を落ち着かせると、のべつ幕無しに話し続けてしまう魔法の効果も落ち着いてきた。

 いや、魔法のせいではなくて、私の抑圧された心中が問題なのかもしれないけれど。


 普通の人に『真実の魔法』を使ったら流石にここまでベラベラとは話さない可能性が高い。


「……その魔法はなラウラ。当家が尋問のために生み出したものなんだ」


 流れるような手付きで紅茶を入れたお兄様は、私の前に無音でティーカップを置くと、静かに話し始めた。


 当家……つまりはメーリアン家のことだけど、まさかのマッチポンプな事態なんですか?


「我が家の魔法なんですか?」

「うむ、そもそも『真実の魔法』も含めて禁止された魔法を数多く生み出した事で、当家は悪評が耐えない憂き目にあっている」

「なるほどー! そういえばそうでしたね! 当家は血塗れた家なんて呼ばれてますものね!」

「明るく言われても困るが……まあその中の一つが『真実の魔法』ということになる。これは元々尋問の為の魔法だ」

 

 じ、尋問!

 こわっ!

 でも確かにピッタリだ!


 何かを聞き出すのにこれ以上に優れた魔法は存在しない。

 現に私の心の中はもう丸裸なのだから!


「しかし、その悪評が巡り巡ってお前にこんな形で降りかかるとはな……長男として不甲斐ない思いだ」


 その言葉には深い悲痛と怒りが込められいる。


 お兄様は昔からメーリアン家が嫌いだった。

 それは醜聞の悪い過去のせいでもあるし両親の放任主義のせいでもある。

 

 そして今、そんな我が家の過去が私に、妹に、なんの因果か降りかかった。

 お兄様はそれが許せないのだろう。

 

「わ、私はこれくらい全然平気ですよ! あの、は、恥ずかしいだけですから!」


 そう! 結構混乱したけれど、冷静に考えてみればこんなのは私がちょっと恥ずかしい思いをするだけ!


 悪役令嬢の中には処刑される人だって多いのだから、私はまだ幸せな方!

 それに兄にも恵まれているし!


「……ラウラ、お前の心根に恥ずかしいところなんてない」

「恐れ多い言葉です! あ、あの、お、お世辞でも嬉しく思います……」


 お兄様は本当にお優しい。

 どう考えても恥ずかしいことしか言ってないのに!


 まるで風邪の日の看病!

 りんご剥いてくれるやつ!

 うさぎ型にね!


「世辞ではない。こうしてお前と面と向かって話すのは久しぶりだが、お前が清い成長を遂げていて俺は嬉しい」


 お兄様はしみじみとそう言った。


 現在は私も兄も寮生活な上に、互いに口数が極小なので、二人で話す機会なんて、幼少期を除けば全然無かった。

 だからこれは、本当に久しぶりな兄妹の会話の時間なのかもしない。


 『真実の魔法』が家族の交流を取り戻すきっかけになったのだとすれば、それは少し不思議な話だった。


「さてラウラ、落ち着いたところで良い話と悪い話がある」

「良い話から聞きたいです!」


 非常に心の弱いオタクなので、よくある二択のうち、私は瞬時に良い話を選択した。

 温泉に入るときもぬるま湯から入りたいし、苦手な野菜は最後に食べる派だ。


「当家の魔法がお前を苦しめるというのは因果な話だが、逆に言えば当家が一番その魔法に詳しいとも言える」


 た、確かに! 開発者だもんね!


「な、なるほど! じゃあ、すぐに治るんですか?」

「……すまないな」


 重苦しい表情でお兄様は続ける。


「悪い話は、その魔法は解除する方法が分からないということだ」


 それは私にとって衝撃的な話だった。

 てっきり、明日には治っているものだとばかり。


「ええええええ!? そ、そんな強力な魔法なんですか!?」


 ゲームではラウラを没落させる為だけに存在している印象の『真実の魔法』だけど、予想外に凶悪な魔法のようだった。


 『真実の魔法』なんて善良な名前をしておいて、なんって極悪な!


「俺も家で古書を漁り何か解決方法がないか調べるつもりだが、あまり期待しないでくれ。それよりも、解除はできないが軽減はできるかもしれない」

「け、軽減できるなら是非!」


 私は縋るように軽減策に飛びつく。


 現在の私の大きな問題点は嘘が付けない上に、話だすと止まらないというところにあって、軽減されれば、ちょっとうるさい程度の女子で済むはずだ。


 そうすればむしろ無口が治って嬉しいくらいかもしれない。

 長年、話せなかったことが、いっぱい、本当にいっぱいある。


 迷惑でさえなければという前提は必要だけど、好きな人とずっと話せたら幸せなのだろうな。

 今まで想像さえしてこなかったことだけど。


「軽減方法は二つある。一つは平静な心でいること」

「平静な心とは……?」


 平静、平で静か。

 いつも騒がしい私の心の中では到底起こり得ない出来事な気がする。

 お寺の棒で叩かれるやつみたいな修行をすればいいのかな?

 

 もしくは滝?

 滝オンザ行?


「意思というのは一本の線のようになってはいない。もっと複雑なものだ。だからお前が口に出しているのは心の全てではなく、表面的なものに限る。そして、表面的なものはある程度コントロールできるはずだ」

「できるものですか!?」


 当たり前のように超高度なことをできると断言されて私は混乱する。

 今まで一度も心をコントロールできると思ったことがない私だ。

 いつだって脳内暴走機関車でお花畑超特急。


「ある程度一流の人間は皆、メンタルコントロールに優れている。不可能ではない……が、難しそうならもう一つの方法に頼ることになるな」


 お兄様がそこまで口にしたところで、生徒会室のドアがノックされた。

 それは優しく気遣うようなノックだった。

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