その4 引きこもりNG
それは優しく気遣うようなノックだった。
「はいどうぞ!」
私は反射的に答えてしまう。
別にこの部屋の主でも何でもないのに!
躊躇ができない!
「ジョセフ! 妹さんは大丈夫ですか!?」
生徒会室に入ってきたのは前述したお兄様の親友で副会長こと金髪王子のヘンリー・ハークネスだった。
舞踏会からその足でこちらにやって来たのか、服装はタキシードのままだった。
いつも爽やかな彼だけれど、今日はその金髪が少し乱れている。
きっと、生徒会として舞踏会のサポートが大変だったのだろう
その上で『真実の魔法』事件があったのだから、本当にお疲れ様だ。
ご苦労おかけして本当に申し訳ありません!
「入ってくるな馬鹿王子。妹は今、心の中を隠せないんだぞ。親類以外は立ち入り禁止だ」
お兄様がぴしゃりとヘンリーを叱りつける。
繊細な気遣いは本当に嬉しいのだけれど、私が勝手に入室を許可したせいなので、非常に心苦しい。
「あっ! そ、そうですよね。申し訳ない……」
ヘンリーは私を気遣って、生徒会室からそそくさと退出しようとする。
思わず、声が出た。
「いえいえいえいえ! 私は全然! 全然全然! 全然平気ですから! あの、むしろいてもらった方が嬉しいです! 嬉しいっていうか、心が潤うっていうか!」
いつもなら絶対にしない積極的な言動だけど、これも『真実の魔法』の効果で勝手に推し達と一緒にいたいという思いが言葉になってしまった。
我ながら何という浅ましさ!
恥を知れラウラ・メーリアン!
お前なんて観葉植物がベストなんだよ!
「そうですか……ありがとうございます。でも、嫌になったらすぐに言ってくださいね」
私があんまりにも力強く止めるので、ヘンリーは遠慮がちに生徒会室に留まった。
お、お優しい……。
もしや、この世界には優しい人しかいないのでは……?
優しいオブザワールドにおいて、私だけが変なのでは……?
「それで、ジョセフ。ローザですけど、学院側で一度尋問することになりました」
「ふん、学院側でか」
ずっと心配していたローザの話が聞こえて、私は耳を澄ませる。
どうやらまだ、行政に突き出されてはいないようで安心した。
「禁止魔法を無実の子に使うなんて、許されることじゃありませんからね。まあ、あれで妹さんが本当に悪人だったら、我が学院の傾向からいって、大絶賛だったでしょうね。学院長なんて拍手するんじゃないですか? 妹さんが善良で良かったですねお兄さん」
「当たり前だ。俺の妹だぞ」
お兄様は胸を張ってヘンリーの言葉に応えるけれど、私は大変に恥ずかしい。
「お、お兄様、めちゃくちゃ恥ずかしいです……嬉しいですけど!」
妹としては優しい兄は嬉しいものだけど、同時に人前ではとても気恥ずかしい。
前世では兄妹なんていなかった私だから、それは初めての気持ちだった。
あんまり人前でお兄様と一緒にいたことって無かったしな。
そういえば、ゲームで、ローザの行動は、ルールを違反しているけれどむしろ友を思った勇気ある行動だと、学院長から褒め称えられていた記憶がある。
まあ、あそこでローザが捕まるほうが展開としては興醒めだし、お話として正しいと思う。
でも、今回は私が完全に何もしないで、お人形のように生きていた為に罪が重くなってしまったようだ。
「学院側は内々に処理したいだろうな」
「ええ、相当な不祥事ですしね。あんまり表沙汰には出来ないのかもしれません。それと『真実の魔法』を何処で知ったのか、学院はそれを知りたいみたいですよ」
すらすらと淀みなく語るヘンリーの声は、透き通っていて、どんな内容でもすっきりと私の頭に中に入ってくる。
確かにこの学院は貴族の子供たちが基本なので、そう易々と不祥事を表に出していては国が乱れるのかもしれない。
いや、知らないけどね!?
政治方面は私には難しすぎる概念なので、ひとまずはあまり考えないようにしよう……、
私が考えるべきは、ローザがこのまま無事でいられるかどうかだけだ。
そもそも、どうしてローザが『真実の魔法』を使えたのかは、言われてみれば謎だ。
その魔法を習ったルートが分かれば、魔法を教えた人間を、真犯人として捕まえることでローザを救えるかもしれない。
ゲームではなんでだっけ……話の流れで出てきたイメージだけど、私の記憶力が悪すぎて上手く思い出せない。
もう十何年前の記憶だからなぁ……。
今度、頑張って思い出さないと。
「ヘンリー、言っておくが、学院の名誉の為に黙ってろって話なら、俺は聞けないぞ?」
「まあ待ってくださいジョセフ。これは妹さんにとっても良い話なのですよ」
睨むお兄様をヘンリーが宥める。
夢にまで見た美しい光景だった。
こんなにも神々しい二人を間近で見られる幸せは、何物にも代え難い!
幸せすぎて、寿命が五兆年くらい伸びたな……。
不老不死になって来世は訪れないかもしれない。
「むしろ政治ごとになると妹さんはただの政治の道具に……神輿にされかねません。学院で捕まえる分には『真実の魔法』の解除を純粋に模索できます」
政治では私の魔法が解けるかどうかよりも、ローザをどう追求するかの話になってしまう……ということだろうか。
まあ、私なんて貴族の皆様に気にしてもらえる立場じゃないからね。
家も悪評が絶えないし。
「それはそうだが……いや、そうだな。その通りだ。学院には骨の髄まで協力して貰わないとな」
急にお兄様は悪い顔になって、何かを企むようにその口を非対称に歪ませて、笑う。
お兄様の素敵な笑顔を見たことで、私の心臓は兎の如く飛び跳ねていた。
月まで跳ねかねないこの鼓動!
「素敵ですお兄様! 悪い笑顔、良き良きです!」
「ありがとうラウラ……話の途中だったな。もう一つの方法だが、その前にお前の気持ちを聞かせてほしい」
「私の気持ちですか? はい! 今は漏れっぱなしです!」
瞬間、生徒会室の空気が凍る。
し、失言だった!
今は失言も我慢できないけれど!
「ジョセフ……不謹慎ですよ?」
「……ああ、すまないラウラ」
「いえいえいえいえ! お兄様は何も悪くありませんから! そもそも気にしてませんからー!」
謎にブラックなジョークを言う女みたいになってしまった……。
まるで寿命ジョークを言うお爺ちゃんお婆ちゃんだ。
春になったら遊びに行きましょうねぇという提案にそれまで生きてるかねぇって返すみたいな。
「聞きたいのは、お前には家に引きこもるという選択肢もあるということだ。そのままの状態で人と関わることを苦痛に思うのなら、俺はお前の引きこもりを全面サポートする」
お兄様が出してきた案はまさかの引きこもりOK案だった。
イケメンに養われて生きていくなんて、世のオタクが聞いたら泣いて喜びそうな権利かもしれない。
いや、オタク関係なく喜ぶな……。
全人類の夢だもんな……。
けれど、私はそれを行使したくない。
夢は夢のままでいい。
「私は超超超お部屋大好き女子なので引きこもりどんとこい! ですけど、お兄様に迷惑かけるのは嫌です! お兄様には、素敵な恋とかしてほしいんですから!」
私はお兄様の目を見て、心の内をただただ口にする。
家に篭ってなるべく人と関わらずに生きる。
それは前世の私が殆どそんな感じだった。
学校に通うものの、殆ど人と話すことはなかったし、外に出かけるような趣味も持っていなかった。
むしろ、みんなそんなに外に出かけて一体何をしてるんだろうと毎日、不思議に思っていたくらいだ。
だから、今世でもそんな生き方をすること自体は何の不満もない……けれど、お兄様がそのために苦労するのなら、そんな生活はお断りだ。
私はお兄様の、推しの重りになりたくない。
自分の力で引きこもれるなら大歓迎だけどね!
「恋についてはあまり期待するな」
「大丈夫です! 絶対素敵な女の子がお兄様の前に現れますよ!」
お兄様は恋についてまるで興味がなさそうだった。
一応、恋愛ゲームの登場人物のはずなんだけどな……。
でも、そんなお兄様の氷のハートを溶かすのが主人公の、ジェーンの役目なのか。
「なら、やはりこの方法しかないな」
溜めるようにして、お兄様はゆっくりと、とんでもないことを言い出した。
「ラウラよ、お前は友達を百人作れ」
何故!?
そして今、0なんですけど!?
0から始まる友達作り……それはとてもハードそうだった。
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