その2 暴走する口


 私は今、顔を真っ赤にしている。

 もうこの赤面が興奮からなのか羞恥からなのかは、自分でも分からない。


 ひ、久しぶりにこんなに喋ったからもう心臓もバクバクしている。

 けど、なんだろう。

 同時に少し気分が良い。

 心の中のモヤモヤを吐き出せたような、そんな不思議とスッキリとした気持ち。


「あ、あなた、何を……」


 ローザは私の暴走した姿を見て、口を鯉のようにパクパクと動かし、呆気にとられていた。


 いや、ローザだけではない。

 舞踏会に参加した周囲のみんなも、目を丸くして、口をぽかんと開けて、一斉に驚愕の表情で私を見ていた。


 そりゃそうなるよ!

 私だって他人だったらそうなる!


 だって、考えてもみて欲しい。

 ずっと無口で何を考えてるか分からない不気味な令嬢が、急に意味の分からないことをめちゃくちゃ早口に言い出すのだから。


 ちょっとしたホラーだ……。

 いやいやいや、ちょっとどころじゃないホラーだよ!

 は、早くリカバーしないと!

 

「滅茶苦茶、引かれちゃってるし! あの、本当にすいません皆様! 私、口下手で全然上手く言えないんですけど、要するにローザが結構推しっていうか、好きっていうか……いや、好きはちょっと違うんですけど、好きなんだけど別の好きっていうか。あっ、誤解されちゃいますよね! この言い方だと! すいませんすいません! 好きです! はい!」


 駄目だー!

 どんどん悪化していくー!

 もはや自分でも見ていられないほど酷い!


 こ、これが真実の醜い姿か……。

 さすが『真実の魔法』。

 私のただでさえ少ない株も大下がりだろう……。


 終わったな……ラウラ・メーリアン……。

 追放先では畑でも耕そう……。

 ジャガイモとかで無双できないかな……。


「ラウラ! 大丈夫か?」


 馬鹿なことを考えていると、私たちを取り囲むように円になっていた人混みから、一人の男性が、人を押し除けて強引に姿を表す。

 

 それは私の兄だった。


 兄はジョセフ・メーリアンと言って、私と同じで、ちょっともじゃっとした黒髪に無口で悪人顔なのだけれど、そこがむしろかっこ良く、このゲームの攻略キャラの一人だった。


 本当にお優しい方で、私みたいな根暗にも優しくしてくれる。

 最近は寮に移った為、あまり会話がなかったけれど。

 

 しかし、お兄様、本当に美男子でいらっしゃる……。

 ギラっとした目付きとかもう全人類が好きだろうし、それに、あ、足が長ーい!

 スケート選手かな?

 や、ヤバいそんなことを考えていたら口が!

 

「お、お兄様! 今日も顔が良いですね! 私、お兄様のつ、つり目が好きなんです! 狐耳世界一似合うと思います!」

「そうか、ありがとう……ローザよ。何故、こんな魔法を使った」


 流石はお兄様。

 私の異常な言動を前にしてもクールなままで、しかもこちらを気遣う余裕すらあった。

 

 お、推しかっけー!

 前々からうちのお兄様カッコ良すぎると思ってたけど、ここまでとは!

 か、かっこいい……かっこすぎる。


 ローザをギラリと睨むその視線も良き!

 良きすぎる!

 私にも向けてほしい!


「お兄様! 私も睨まれたいです!」

「そうか、あとで睨んでやる……ローザよ。真実の魔法で醜い心を暴き出すと言ったが、見ての通り、うちの妹は潔白だ」


 お兄様は私の暴走を軽く受け流しながら、ローザへの追及を続ける。


 し、しかし、潔白?

 そ、それはどうだろう?

 むしろ現在進行形で薄汚れた言動なのですが!?


 ローザは私の信じられない変貌を見て呆然としていたけど、お兄様に糾弾されたことによって正気に戻り、また強気な表情で私を睨みつける。


「ローザの厳しい視線も好きです!」

「す、すきって……あのですね! へ、変な言動で誤魔化すつもりでしょうけどまだ分かりませんわ! ラウラ! 貴女は裏から指示をしてジェーンをいじめていたのでしょう! 無理矢理やらされたって、みんな言っているわ!」


 ローザは相変わらずの堂々とした態度で私を責め立てる。

 その姿は凛々しい。


 さっきまでの私はきちんと反論できなかった。

 けれど、今は『真実の魔法』の効果で勝手に応えてしまう!

 早口なのは魔法関係なく、多分私が喋り下手なだけなのだと、思うけれど。

 

「ジェーンをいじめるなんて私には無理です! 私はジェーンを娘みたいに見ているところがあって幸せになって欲しいなぁって気持ちでいっぱいなんです! いや、あの、勝手に娘とか言い始めて気持ち悪いですよね! ごめんなさい! でも、それくらい庇護欲を誘うというか! ほんといい子だから! 幸せになって欲しい! ずっと見てると勝手にそうなっちゃうんです! えっと、ローザもそう思いますよね!?」

「えっ、ま、まあ思わなくもないけど……そうじゃなくて! う、嘘でしょ? 本当にいじめとは関係ないって言うの!?」


 いじめの話を膨大なセリフで全否定された上に、急に話を振られて、ローザは戸惑っていた。

 面倒くさいオタクと化してしまって本当に申し訳ない!

 でもロザジェの尊いところが見れて満足です!


「すいません! 関係ありません!」


 色々と酷い言動だけれど、ようやくいじめと無関係であると口にできた。

 こんな簡単なことがずっと出来なかっただなんて。

 私は本当に情けない女だなぁ……。


 『真実の魔法』はローザの意に反して、私の無実の補強になっている。

 だって、嘘がつけないから。

 かわり恥ずかしい内面と醜い心を垂れ流しているけど!


「俺の妹にこんなクソ魔法をかけて、ただで済むとは思わないことだな」


 お兄様はその冷たく鋭い瞳を更に鋭利に尖らせて、ローザを上から睨みつける。

 高身長で怖い顔をしたお兄様に睨まれたローザは俯いて小さくなってしまった。


 それは心苦しい光景だった。

 私はローザの悲しい顔をみたいわけではない。

 むしろ、笑っていて欲しいくらいなのに。


「あっ、あの! あまりローザのことをあまり責めないでくださいお兄様! 私がいつも無口すぎるのも悪いんです!」


 もっと早めに誤解が解けていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 だからこれは私の責任でもある。

 

「ラウラ、嘘偽りなくそんな事が言えるとは……本当に優しい子だな」

「めめめめ、めっそうもないです!」

「だがその優しさをこいつに向ける必要はない。さあ、さっさとここを出よう」


 お兄様は自分の着ていたジャケットを優しく私の肩へかけると、そのまま私を連れて舞踏会を後にする。


 残されたローザのことが心配だけど、このまま聞き苦しい私の話をいつまでも衆目に晒し続けるわけにもいかない。


 お兄様にも散々馬鹿なことを言いまくっているし……。

 もう、本当に、恥ずかしすぎる!

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