『真実の魔法』で嘘がつけなくなった悪役令嬢は、素直に好きを口にして過保護に愛される
齊刀Y氏
真実の魔法の真実編
その1 真実の魔法
「その女は嘘をついています! これからそれを『真実の魔法』の力によって、明らかにしてみせますわ!」
人々が穏やかに笑い、踊り、また笑う……そんな和やかな舞踏会の場に凛とした声が響き渡る。
真っ白な会場を橙色に染め上げる偉大なシャンデリアの真下、華やかな舞踏会の中心で、高らかにそう宣言するローザの声は、遠くまでよく通り、人々の心にまで深く響いていく力強さがあった。
美しく靡く金色の髪に、整った顔立ち、そして純白のイブニングドレスを着こなした彼女は、自信に満ち溢れた立居振る舞いで。この場の空気を支配している。
まるで劇の登場人物のようだ。
本当に綺麗で、堂々としていて、私とは真逆。
比べ物にならないくらい。
ローザに糾弾されている少女、もじゃもじゃとした黒髪の、いかにも暗そうな彼女は、何を隠そう私である。
私はもう気圧されてしまっていて、もごもごと必死に口を動かすけれど上手く舌が回らない。
結局強くは出られずに、蚊の鳴くような声でこう返した。
「えっ、あのっ……わ、ぁたし、嘘なんてついてなぃ……です」
もはや噛んでいるのか声が出てないのかすら不明な、そんなか細く酷すぎる反論。
そう、私は生来の……いや、前世からの小心者だった。
おまけに人とまともに話すのも、前世以来の久し振りときている。
こんな調子で目の前の彼女に口論で勝てるわけがない。
全ての物事に勝者と敗者がいるわけではないけれど、この場の敗者は私で間違いなさそうだった。
嗚呼、どうして私はこんなにコミュ症で赤面症でおまけに口下手で声が小さいの……。
スライムでももうちょっと強いよ……。
全ての不幸はこの世界に私が生まれ落ちた瞬間から始まっている。
悪役令嬢ラウラ・メーリアンに転生したあの瞬間から……。
いや、それは言い訳に過ぎない。
前世から私は駄目駄目だったのだから。
★
私の父は厳しい人だった。
そして同時に、女子が騒がしくするのを良しとしない人でもあった。
それを古風と呼ぶべきかは、議論が分かれるところだろうけれど、少なくとも父はそれを古き良きものだと信じているように私には思えた。
少しでも私が大きな声を出そうものなら、父は私の声の十倍の声量で怒鳴り、叱った。
幼い私はそれを心底恐れた。
そんな家庭で過ごしたので、びっくりするくらい私は無口に育った。
言葉を発しようとすると、微妙に喉で詰まるような感覚が取れない。
失語症を疑われたことすらあった……一応は話せるのに。
ただ、内面は逆にかなり騒がしくなった。
よくアニメや漫画を読んでは心の中で叫び散らしている。
この時の心中の声量だけは父にも負けてないつもりだ。
張り合ってどうするんだって思うけれど。
そんな私の唯一の自慢はトラックに轢かれそうな子供を助けたあの一瞬だけ。
それで死んでしまったけれど、それだけが私の人生に、ほんの少しでも意味が生まれた瞬間だった。
そして、私はこの世界に生まれ変わった。
この……乙女ゲームの世界に。
『TRUE DESTINY』
それがこのゲームの名前で、略称はトゥデ。
貴族の通う魔法学院に、平民の女の子が入学してきて、三年間の学院生活を四人の攻略キャラと共に楽しむという王道なゲーム。
私はそんな世界で敵役の少女ことラウラ・メーリアンに転生した。
敵役、つまりは悪役令嬢と呼ばれる存在。
ラウラは小柄で愛らしい容姿に反して、大変に陰険な性格をしており、ゲームの主人公ジェーンを影からいじめ倒し、取り巻きを操り嫌がらせを続ける大変な外道だ。
勿論、そんな悪虐非道を許しておくほど世界は、ゲームは甘くない。
勧善懲悪、悪はいずれ滅ぶ運命にあるというのが、物語の一つの掟。
自他ともに認める悪役ラウラの最後は『真実の魔法』をジェーンの友人であるローザにかけられて、その醜い内面を表に吐き出し、止まらぬ罵倒を続けながら、学院から追放されるというものだ。
まるで御伽噺のヴィランのような、ちょっと洒落た結末。
物心つく頃には、そんな輝かしき真っ黒な将来が、私の身に訪れることは理解していた。
けれど、私はその対策を何もしなかった。
いや、しなかったというより、できなかった。
結局、この世界でも私は……まるで人と話すことができなかったのだ。
三つ子の魂百までというけれど、私の場合は魂が別の世界に来てもなお、無口やコミュ障が治ることはなかった。
世界が変わっても、父が変わっても、私は私だった。
それはまるで呪いのように私を縛り付け、喉も一緒に縛られているかのように、言葉が上手く出てこない……。
小説において悪役令嬢モノの主人公たちは、みんな明るく堂々としている。
それは素晴らしいことで、私は彼女たちを尊敬して止まない。
とてもじゃないけれど、私には出来ないことだった。
私に出来ることは、物静かに、臆病に、カドを立てずに生きていくことだけ。
そうすれば破滅は回避できると考えていた……それはチョコよりも甘い甘い考えだったけれど。
そう、憧れの魔法学院で一年間を無口に無意味に過ごした結果がこれだ!
ご覧の通り、舞踏会の中心で、私はローザによって糾弾され、同時に断罪されようとしている。
『真実の魔法』によって。
嗚呼、静かに生きようとも、悪役は悪役ですか……。
結局それが運命なのか、それとも私がそんなに悪人顔なのか、路傍の石のように地味に暮らしてきたつもりなのに、何故か私がジェーンをいじめたと噂になり、全ての黒幕は私だという話にまで広がってしまっていた。
誰とも話してすらいないのに!
逆にいじめられてると勘違いされる立場だよ!
先生に呼び出されて「お前、辛いことがあるなら言ってみろ……」って気を使われるやつ!
生前に経験ある!
……はあ。
嘆いていても、過去には戻れない、今を受け止めなければ。
今、目の前にいる彼女、ローザは正義心から私を責め立てている。
それはさっき言ったように誤解で、そもそも私にそんな度胸はない。
しかし、あまりにも私の雰囲気が暗い上に、家柄もやや胡散臭く、そして友達もいない為に、悪い噂ばかりが広がってしまった。
悲しいことに、友達がいないというのは、こういう苦しい時にこそ、どうしようも無くなる。
そう、一人ではなかなか誤解は解けないからだ。
しかも、私はまともに話すことすら出来ない……。
そんな人間、疑われない方が不思議なのかな。
「さあ、『真実の魔法』をお受けなさい!」
ローザはドレスに隠し持っていたらしい真っ赤な杖を取り出すと、私にビシッとその先端を向ける。
こ、このシーンはイラスト付きで見たことがある!
ヤバい! 完全に一緒だ!
危機的状況なのにオタクな心はちょっと昂ってしまう。
だって杖がこんなに間近に迫ってるんだよ!?
ほぼ飛び出す絵本じゃん????
「『トルーテルティーナ! 嘘偽りなく、語りたまえ!』」
現実逃避をするような私の思考を遮って、ローザの真っ赤な杖から、美しい呪文と共に、真実の魔法が放たれる。
杖の先端の輝きは私の影を照らし出す。
運動神経も皆無な私に回避する能力など勿論ない!
魔法はあえなく私の体に直撃してしまった。
もしかしたら体を鍛えるのが一番の破滅回避方法だったかな!?
ま、毎朝ランニングとかすればよかった!
深く己の生活を悔いたけれど、後悔先に立たず。
『真実の魔法』はすでに私にかけられてしまった。
こ、これで私は嘘がつけなくなったはず。
しかも、この魔法の恐ろしいところは嘘がつけないばかりか、黙ることも不可能!
その思いの丈をただ周囲に吐き出すことしか出来なくなってしまうのだ。
どんな人間でもその内面は美しいと言えるものではないだろうけれど、私の場合は特にだ。
普段から変なことしか考えてない!
ゲームの世界にこれたからって妄想が爆発して、ずっっっっと推し好き推し好き推し好き推し好き思いまくって、尊い尊い呟き続けているそんな私の心!
こんなものを世にお出ししたら、わ、私は死んでしまう!
羞恥で!
嗚呼、私の没落はもう決まったようなものか……。
せめて、プライバシーなことだけは話しませんように!
「あっ、ああっ」
「さあ! その醜い心を衆目に晒しなさい!」
堂々と宣言するローザは本当に美しく、そして可憐だ。
綺麗……一生見ていられるほどに。
私もあんな風になりたかったな……。
そんなことを思っていると、口は勝手に話し始めた。
そう、真実を。
「生ローザ尊みありすぎます!」
華美に彩られた舞踏会の中心から、大きな声で放たれた私の声。
それはこの会場を『??????』という感情に包み込んだ。
「は?」
私の意味不明な言葉に、ローザもまた困惑している。
しかし、そんな推しの困惑する姿を見ても私の口は止まらかった。
むしろ加速してしまう。
「ローザとこうしてリアルで会えるなんて思ってなかったから、ちょっと近すぎるっていうか、3Dすぎるっていうか! と、飛び出してる感じあります! 絵本かな!? 私、友人キャラがどれくらい活躍するかがお話には大事だと思っていて、ローザはその点で
「えっ? えっ!?」
もう何が起きているのか分からないという表情のローザ。
そう、前世からずっと喋らずに溜まりに溜まった私の心……『真実の魔法』で吐き出されたその心の正体は――ただの早口のオタクだったのだ。
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