第八話 「ある少女の追憶③」

 聞き慣れた怒号が聞こえた。

「おい聞いてんのかよ!」

わたしはとっさにビクついてしまう。

ツーちゃん達は気づいてなかったけれど。

「あれって…………」

ツーちゃんは、急に止まった。

「あー……またやってるんだ。あいつら」 

「夕、知ってるの?」

「飯田と茂原と目黒でしょ?同じクラスの」

「それは、見たらわかるけど……」

(…………?)

少し違和感がした。


「一部では有名だよ。あいつらに目をつけられたらいじめられるって。」

「そう……なんだ……」

(……もしかして、わたしのいじめ、なかったことになってるの?)

 思い返すと、たまにツーちゃんやユーちゃんとの会話にズレや違和感がする時があった。

ほんの小さいものだったから今まで気にしたことなんてなかったけど。


 でも考えれば当たり前だった。

いじめがあって、それを助けたからツーちゃんは死んだわけで。

そのきっかけを無くせば、ツーちゃんは生きててくれるんだ。少し納得した。

そんなことを考えていたらツーちゃんは動き出していた。


「助け、なきゃ」

わたしはとっさにツーちゃんの腕を勢いよく掴む。

「……痛いよシュウちゃん。」

絶対行かせたりしない。

また、恨みを買われるようなことはさせない。

「ツーちゃんが、巻き込まれちゃうよ?」

声が震えそうだった。

「……ごめん。シュウちゃん、とりあえず行かないから離して?」

そう言われて腕は離した。

「心配……してくれてありがとう。」

「ううん……」

結局、助けることにはなったけど、顔は見られることなく済んだ。少し安心したらその後の授業で寝てしまったけれども。

その日から雨が降り始めた。



 雨は嫌い。朝起きたら湿気で髪の毛は酷いことになるし、色々じめつくし、とにかく嫌い。

でも、都合はよかった。

ツーちゃんにバレずに家を抜け出すのも何回目だろう。もう慣れてしまった。

そして、学園に行き、部活終わりの鳳来南瑠の後をつけた。

これで、人材は最後だ。

彼女が、雨で濡れた歩道橋の階段を降りようとした瞬間、

わたしは勢いよくその背中を押した。


 最近、少しツーちゃんの様子がおかしいような気がする。

寝るといつもうなされているみたいで、なんの夢を見てるんだろう?嫌な夢じゃなければいいんだけど。



 その日の帰り道。

路地裏で、あいつらがソレに襲われていた。

正直、そのまま喰われてしまえばいいのに。としか思ってなかった。

それでもツーちゃんは助けようと変身しようとした。

だから止めた。

「何してるの?助けないと!」

ツーちゃんは驚いていた。

「意味……ないよ」

「意味ないって……なにが?なんで?」

あいつらに気づいてなかったみたいだった。

「……だって、あいつら……」

「あっ……」

「……で、でも──」

それでも助けようとするツーちゃんに、少し腹が立った。

「だって!」

「だって、そいつら助けても、またいじめられてる子はいじめられる……。だったら……みなかったことにすればいいじゃん……」


ああ、言ってしまった。と思った。

ツーちゃんは一瞬だけ止まる。

落胆させてしまったかもしれない。怒るかも。

でもそんなことはなかった。

わたしが握っている手の上から自分の手を重ねて、

わたしを見て言った。


「それでも、私は後悔したくないから。」


どこまでもいつまでも彼女は真っ直ぐで、それが眩しすぎた。

本当はそれが大好きだったのに。

それに救われていたのに。

眩しすぎた光は、わたしの心に影を作りだす。


「意味、ないのに」

そう呟いてその場を離れる。

けれどそこまで遠くない場所で、ツーちゃんが戦っているのを見ていた。

無事終わるまでを確認する。

「さてと」

ここからはわたしの仕事だった。

あいつらはツーちゃんが守ってくれたのに、お礼も言わずに隙を見て立ち去った。

本当に、最低な奴ら。

その後を追って道を塞ぐ。

わたしはすでに変身してた。

奴らは、わたしの鎌を見て怯えていた。

それはまるで、いじめられていたわたしがその時にしていたかのように頭を抱える。

滑稽だった。

あんなに上から見てきたくせに、自分達が下になると同じ行動をとるなんて。

それは一瞬だった。

あぁ、もう、戻れなくなった。

それが自分でもわかった。

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