第六話 「ある少女の追憶①」

 ──そしてわたしの、ツーちゃんを生き返らせるため儀式の準備は始まった。


 といっても、すぐに動いたわけではなかった。

謎の少女及び、冬乃蝶々から、

「その時が来るまでは、忘れて自由に楽しんでいればいい。」

と言われたからだ。

楽しんで、と言われてもわたしはもう純粋に心から笑ったり、楽しくなることはない。そう思っていた。

けれど、時が経っていくにつれ、あの悪いことが悪夢で、この幸せな日常がゲンジツなんだと錯覚していく。

そんな夢心地の日々に、実際のゲンジツは唐突に割り込んでくる。


 ふと一人になったとき、声がした。

「楽しそうね」

「……冬乃、さん」

「悪いけれど、儀式の下準備、みたいなものをやってくれるかしら?」

「……なにするの?」

「最初は人材を集める。」

「人材って……」

「なんでも、どんなことでもするのでしょう?」

「…………うん」

そう言って冬乃蝶々に説明される。

「まずは……あの子ね」

「?」

「網走夕。クラスメイトでしょう?」

ツーちゃん以外のクラスメイトとの関わりなんてなかったから、名前だけ言われてもピンとはこなかった。

「陸上部で、全国大会レベルの記録の持ち主。家族構成は、母親と父親のみ。」

冬乃蝶々は淡々とただ言葉だけを発する。

それは謎の少女よりはるかに機械的でなんの感情も無いようだ。


「本題ですが、彼女の足をもらいたい」


「え?」

今なんて言ったの?壊す?

動揺しているわたしなんか構いもなしに、冬乃蝶々はそのまま続けた。

「さすがに最初なのと、直接は今後に影響が出るため、今回は少し手伝いましょう。」

「えっ、ちょっ、ちょっとまってよ」

「なにか?」

「確かに、どんなことでもって言ったけど……」

「それだけ大がかりなのよ。生き返らせるなんて。貴女一人ではまるで足りない。」

「それとも、ここでやめますか?」

「…………やめ、ないよ……」

「じゃあ説明を続けますよ」

「…………」


冬乃蝶々が提案した計画はこうだった。

『網走夕は日課で夜にもランニングをしている。その時間帯を狙い、事故を起こす。』

というもの。

そしてこうとも言った。

「今回ばかりは先ほども言いましたが、今後も踏まえて手伝いましょう。貴女はその時間、その場所へ来ればいい。」

「…………わかった」

「では、また夜に」



 その日の夜。わたしはツーちゃんと暮らし始めてたため、バレないようにこっそりと家を抜け出す。

そして呼び出された場所へ向かった。そこには冬乃蝶々が待っていた。

 数分後、網走夕はわたし達が待機していた周辺へと走ってきた。

(事故を起こす。なんて簡単に言ってたけど、なにを……)

様子をみる。

すると網走夕の行く先には、いつの間にか黒猫がいた。

(さっきまでいなかった、ような……?)

そして網走夕が黒猫を見かけ、走っていた速度を落とすと、その黒猫は網走夕の足元へいき、スリスリと身体や尻尾を纏わりつけていた。


 網走夕は黒猫を撫でたり構ったりして、しばらくそこに立ち止まる。

すると、黒猫は急に耳をピクつかせ、何を思ったか車道へといきなり走り出していった。

網走夕はその後を追いかけた。

網走夕が車道に出た瞬間、大きなクラクションが聞こえた。

(あっ…………)

わたしはとっさに目をつむった。


プオオオオオ

キィィィィィ

ドンッ

衝撃音が周囲を凍りつかせる。

駆け寄る者、救急車を呼ぶ者、野次馬をする者。

わたしはそれを見ていただけだった。

「な、にこれ……」

「これからは貴女にもちゃんと役目をしてもらいますよ。」

横から冬乃蝶々が話しかけてきた。

「あっ……」

その冬乃蝶々の腕の中には、さっきの黒猫が抱かれていた。

「…………」

わたしには、『どんなことでもする』という決意が足らなかったのかもしれない。

その後はまたこっそりと家に戻った。

部屋のベッドに入り寝ようとしたが、あまり寝れなかった。



 あの網走夕の事故から数日後、彼女は教室へ戻ってきた。変わり果てた姿で。

担任は、命に別状はなかったが、足を動かすことが難しいと。車椅子での生活になるからサポートしてやれ。

なんて説明して、クラスメイトに協力を煽っていた。

最初こそクラス中が心配し、いろんな人が手伝いをしていたが、一ヶ月も経つと飽きてきたのか、段々と手伝う人は少なくなっていった。


 わたしは彼女が知らないにせよ、どんな顔で話したらいいかなんて分からなかったし。

そもそも彼女も以前、わたしを無視っていたクラスメイトの一人だったため、自分からは関わろうとしなかった。


でも、やっぱりツーちゃんだけは違っていた。


 手伝う人が多かった頃は、気にはかけていたけれど、

「多すぎても迷惑だと思うからなー」

なんて言ってそこまで関わってはいなかった。

ただ彼女は自分があとで後悔しないように行動する癖があるため、網走夕の元から人が去り始めると、今まで以上に率先して手伝うようになり、二人はいつの間にか仲良くなっていた。


 そんなある日、ツーちゃんはわたしと網走夕を引き合わせた。

網走夕も、わたしに対して後ろめたさがあるのだろう、正直困っているような顔もしていた。

でも、ツーちゃんの気遣いはわたしも察していたし、網走夕も察していたのだろう。

だから、わたしは「ユーちゃん」と呼ぶようになったし、ユーちゃんの方も時間が経てば気まずい空気にいつの間にかならなくなっていった。


 その後は三人で過ごすことが多くなり、冬乃蝶々はしばらく話しかけてこなかった。

そしてそのまま二年生になった。

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