第三話 「ある少女の回想③」

 わたしと、わたしと仲良くなりたいと言ってくれた彼女、ツーちゃんは次の日からは時間を合わせて一緒に登校した。

わたしに、こんな高校生らしいことができたなんて夢にも思わなかった。

一緒にクラスに入ると一瞬ざわめきが起こり、けれど二人で気にしないでいた。

あの三人組は他の子に対象を移したのか、もうわたしには絡んでこなかった。ツーちゃんは先生にも気に入られてたから手を出しにくかったのかもしれない。

何はともあれ、やっと落ち着いて学校生活を楽しめるんだと、その時、友達ができて浮かれていたわたしは、この後のことなんて想像するわけなかった。



 一緒に登校しはじめてから数日後、お昼休みを一緒に過ごしていたらツーちゃんから何気ない質問をされた。

「ねぇシュウちゃん?」

「なぁに?」

「その、いつも携帯とか、鞄とか、色んなところに付いてるそれはなあに?」

「これ?これはねぇ……」

わたしは渾身のドヤ顔でストラップを見せた。

「じゃーん!カエルネコさんだよ~!!」

「カエルネコさん??」

「えー!ツーちゃん知らないの!?」

「うん……知らないから聞いたんだけどな」

「そっかぁ~知らないのか~もったいない~」

「えぇ、そんなメジャーな物なの!?」

「ううん、たぶんマイナー」

「あはは」

「でもシウの中では世紀の大発見と言っていいほどの物だよ!」

「おお、シュウちゃん、珍しく荒ぶってますな」

「だってカエルネコさんだよ!!シウ、グッズはガチャガチャのシークレットとか珍しいもの含めて全部持ってるんだ!」

「す、すごい……」

「しかも全部三つは確実に持ってる」

指で三を作り、またドヤる。

「ガ、ガチだ……」

「カエルネコさんは種類が何種類もいてねー!公式ホームページの~──」

「ふふふふふ」

「どったの?ツーちゃん?」

「ふふ、いや、こんなにハイテンションなシュウちゃん初めて見るなぁって思ってふふ」

「はっ!」

わたしは顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。

「ご、ごめんなさい……」

「えー?どうして謝るの?」

「だ、だって……、こんな勢いで勝手に話しちゃって、引くよね……普通……」

「うーん、そうなのかなぁ?私はよくわかんないや」

「それよりも、珍しいシュウちゃんが見れてとても嬉しいよ?」

「……ほんと?」

「うんうん、もっとカエルネコさんのこと教えてほしいなぁー」

「……うん!」


「これね、ホームページに紹介が書いてあるんだけど、ツーちゃん気になるカエルネコさんいる?」

「えー、うーん、あっこの子可愛いかも……」

「その子ね、カエルネコさんは基本的にカエルとネコの混じった生物なんだけど……なんと!その子は天使属性なのです!」

「天使属性!」

「エンジェエルネコさんっていって、オークションとかでも高値で売買される、超超レアキャラなのです!」

「すごーい!そんなのもいるんだね~」

「そして~」

わたしは語尾を伸ばしながら鞄を漁る。

「?」

「なんと!ここにはエンジェエルネコさんが!ってことで、はい。ツーちゃん~」

「えっ?」

「ツーちゃんがね、気に入ってくれるカエルネコさんがいたら、あげようと思ってて~」

「いやいやいや、これ高値なんでしょ?そんなの貰えないよ」

「自力で出してるから高値も関係ないよ!」

「あ、そうなの?……いやでもー」

「貰ってくれないの……?」

「う、そんな目で見つめられたら……」

わたしはうるうる攻撃を仕掛ける。

「しょうがないなぁ……というか、ありがとう。大事にする!」

「わぁ!うん!ありがとう!」

「よっと」

ツーちゃんは自分の携帯を取り出して、わたしがあげたストラップを付けた。

「これでカエルネコさん、お揃いだね」

「……うん!」

二人でそのあとも笑いあって、その日のお昼休みは終わった。



 放課後になった。

帰りもいつもツーちゃんと帰るのが当たり前になっていたから、一緒に帰ろうと声をかけようとした。

その時、

「大元ー、ちょっといいかー?」

担任に呼び止められた。

「えっと、なんですか?」

「あー、いや、ここじゃなんだ、ちょっと来てくれるか?」

「?」

「それって時間かかりますか?」

「んー、まぁ少しかかるかな」

「あ、じゃあ友人を待たせてるので、ちょっと断ってきます」

「おう、悪いな」


「ツーちゃん!」

「どうしたの?シュウちゃん?そろそろ帰る?」

「ごめんね。ちょっと先生に呼び出されちゃった……」

「あ、じゃあ待ってるよ」

「なんか、時間少しかかるみたいだから悪いよ……。今日も妹さんの勉強みるんでしょ?」

「うーん、そうだね。今日の時間割長かったし……」

「先帰ってていいよ!シウは大丈夫~」

「そう?じゃあ……先帰るね」

「うん、また明日ね~」

わたしは無邪気に手を振った。

「うん、また明日!」

ツーちゃんも笑顔で手を振っていた。


「お待たせしました……。話ってなんですか?」

「あー、今のは前倉か?仲良いんだな。」

「はい!友達です!」

「そっか、良いやつを友達にしたな。大事にしろよ」

「はい!」

「それで話なんだが──」



「…………はぁ、疲れた~」

 学校から出て、とぼとぼと歩いていた。

(むー、ちょっとテストの点が悪いくらいそんなに気にしなくていいじゃん……。全部じゃないんだし……)

「……少しはやる気だしてツーちゃんに教えてもらおうかなぁ」

携帯を取り出して、ツーちゃんにメッセージを送った。

〔先生から呼び出されたの、テストの点が悪かったからだった泣 ツーちゃんさえよかったら今度また一緒に勉強してくれる?〕

「よしっと」

歩きながらツーちゃんの返信を待った。


 けれど10分待っても既読すらつかずに、さらに5分経った。

(ツーちゃん、そんなに返事遅いタイプじゃないはずなんだけどなぁ。しかもこの時間なら家に着いてるだろうし……。疲れて寝ちゃったとか?)

駅に着く少し前、すれ違った人達が話してるのを聞いた。

「人身事故だって!」

「まじ?」

「見ちゃった人いたらしいよ」

「うわーしかも今帰宅ラッシュじゃない?まだ止まってるの?」

「そうみたい……」

(えっここの駅で人身事故?今日のシウ、ツイてないなぁ……)

先生に呼び出されて帰りが遅くなった上に、人身事故で電車は止まってる。さすがにお母さんに怒られちゃうなぁ、と思いながらとりあえず駅へ向かった。


 案の定、駅は帰宅する人達が立ち往生してて、様子がわからない。

駅員さんも拡声器でなにか言ってるけど音が割れててなに言ってるかわからなかった。

「…………」

しょうがなくわたしは少し離れたところで様子を見ながら、SNSで情報を集めようとした。

(人身事故……何時だったのかな……。あっこの動画……)

 そこには【閲覧注意!人身事故の騒然とした現場!】とあり、なにかしら分かるのかと迂闊にクリックしてしまった。

再生された動画。

人達がわーきゃー悲鳴をあげてドタバタしている様子がわかる。

映像も縦にすごい勢いで揺れていた。

(ぜんぜんわかんないや……)

閉じようとしたその時、

「え?」

一瞬、一瞬だけど、見慣れたマスコットキャラのストラップが見えた。

もう一度戻して再生する。

そしてその瞬間で止めた。

「…………これ……」

そこに映っていたのは、カエルネコさんシリーズの超レアもの、エンジェエルネコさんのストラップだった。

そのストラップが付いている携帯はホームに落ちていて、よく見ると血が飛び散っていた。

全身の体温が無くなったかと思うくらい寒気がした。

(いや、落ち着け、まだツーちゃんって決まったわけじゃ……)

そこに、どこかで聞いたことのある話し声が聞こえてきた。


「きゃはははははは」

「ねぇまじやべえ、震えまだとまんねえし」

「バレないよね?」

「バレるわけないじゃん、あんなに人がいて、しかもあたしら制服着てたわけじゃないし」

「あーあ、あいつもまじで災難だよねぇ」

「まぁ自業自得なんだけどね?あたしらの邪魔なんてするからさぁ」

「明日、あいつどんな顔するかな?」

「もうその場でゲロるんじゃない?あはははは」

わたしは、その会話をしている人物を、物陰に隠れながら確認した。

「!!!!」

あいつらだった。

あいつらは笑い転げていてわたしには気づいてない。

「ほんっと、前倉も前倉だよね。いつもいい子ぶっちゃってさぁ?」

「まじで先生にも気に入られてんのなに?えんこーでもしてんのかよ」

「それ!だったらまじさいこーきゃはは」


「……………」


「はぁーあ、でもまぁ、さすがに気持ち悪かったわ」

「ほんと、あんなグロ映像?生でみるのきちー」

「私なんてちょっと鞄に血が付いたんですけど!?」

「ほんとじゃーん、あ、でも、優等生の血とか浴びたら優等生になれんじゃね?」

「きゃはははは、なにそれーちょーウケる」


 わたしは、目眩がした。

その場にいても吐きそうだったから、そこから離れる。

あいつらの話に信憑性なんてない。

ツーちゃんはもう家に帰ってるんだ。

そして仲の良い妹ちゃんの勉強をみてあげてて……

プルルルルップルルルルッ

(電話……?)

「もし、もし……」

「秋叶!あんた今どこにいるの!?」

「駅……ちかく」

「そう、よかった」

「?」

「今電車止まってるでしょ?なんか人身事故があったみたいで……」

「うん……そうみたいだね……」

「それで、今、学校から電話があってね?」

「……」


「前倉さん?て子が、んだって……」


「…………」

「秋叶、聞いてる?秋──」

ツー、ツー、ツー

 電話を切った。

沢山のことが頭のなかに浮かんできて、ぐちゃぐちゃになる。

浮かんでくることがありすぎて、逆になにも考えられない。

ただ、真っ黒だった。

例えば絵の具で全部の色が混ざりに混ざって真っ黒になる。そんな感じ。

わたしは気がついたら近くの公園でベンチに座ってた。

ただただ鮮やかな色から黒くなる空を眺めていた。



今までなにをしてたんだろう


もう全てがどうでもいい


彼女とこれから沢山やりたいことがあったのに


彼女さえいてくれればなんでもできたのに


もうわたしはなにもできない


ゲンジツなんて信じたくない


きっとこれは悪い夢だ


悪い夢なら早く覚めてよ


ねぇはやく

はやく

はやくはやく

はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく


どんなに願っても覚める気配はなかった


「…………どうしたらいいの」

「…………どうすればよかったの」

「ねぇ!ねぇねぇねぇ!誰か!!!教えてよ!!!!!」

夜の公園には誰もいなかった。わたしの声だけが響いていた。

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