第四章 「全テノ終息」

第一話 「ある少女の回想①」

 ずっと、ずっと、ずっと。わたしはいじめられていた。

その時間はあまりにも長く感じて、永遠に続くんだとばかり思っていた。


 小学校の頃、最初はいたずらかと認識するくらい小さなものだった。

廊下を歩いていたらぶつかられ、素通りされていく。それはわたしが小さいから見えなかったんだろうなって思った。

筆箱にしまったはずの消しゴムがいつのまにか消えていた。あぁ、また落としちゃった。お母さんにまた?って呆れられちゃうなぁ。

梅雨は髪が広がり、どんなに抑えようとしても膨らんでしまう。お母さんはそんなの誰もみてないって言った。それを信じて登校したら、やんちゃな男子に髪を引っ張られた。ビックリして泣いてしまった。

そしたら男子も先生が側にきたら謝ってたし、いいよ。って言った。



 中学生になった。

同じ小学校だった子達と最初こそ話していたが、すぐにその子達には他の友達ができて話さなくなった。

わたしには制服をちゃんと着れないような子達が近くにくるようになった。

時々、トイレから鍵を開けても出れなくなった。故障してるのを忘れて何度もそこへ入ってしまう。そうしてチャイムがなる。また授業に遅れてしまった。

中学でも廊下で誰かにぶつかられた。背もまだそんなに伸びてないし、周りはみんな大きくなってるから見えなかったんだろう。と思った。

授業が始まり机の中のノートを探す。どこにもない。入れ忘れて来ちゃったんだろう。先生に怒られた。


卒業アルバムの写真を撮る日、風邪を引いて休んでしまった。前日、折り畳み傘を失くしてそのまま濡れて帰ったからだろう。

アルバムをみたら、わたしは死んだ生徒みたいに別枠で、集合写真の空いているところに個人の写真で貼り付けられていた。



 高校生になる。

勉強は得意じゃなかったから、受験は少し苦労したが普通くらいの高校には入れた。

同じ中学の子達も何人かいた。

その子達は根も葉もない噂を周りの子達に囁いていた。

その頃には、それがいじめだって分かってた。テレビで似たような光景をみたから。

わたしはクラスメイトに無視をされるようになった。

そうして始まった高校生活。

1ヶ月くらいは誰とも話さず、ただ存在していないように扱われていた。

わたしも、その程度なら中学でも慣れていたし、しょうがないと割りきっていた。


 ある日、三人グループのクラスメイトが声をかけてきた。

「おおもとさーん」

「…………」

「聞こえてるー?もしもーし」

「…………」

「……こいつ耳ついてねぇんじゃねえの?」

「はははっ言えてる」

「ねぇ、なに読んでんの?」

「あたしたちにも見せてよ」

「あっ……」

わたしは読んでいた本を取り上げられた。

「へぇーこーんな漢字が書いてある難しい本読んじゃって。あんた馬鹿だったんじゃないの?」

「…………」

「なぁ!無視すんなよ!あ?」

机を蹴られる。

「…………まじでこいつ無視ってるよ」

「……そうだ!馬鹿でもわかるようにフリガナふってあげようよ!」

「うわっ飯田、優しい~!」

「茂原~おだててもなにもでないよ~」

「はいはーい私、マジックペンあるよ!」

「おっ目黒ナイス~、じゃあ頭よくて、優しーいあたしたちが教えてあげまちゅよ~」

「あははははは、飯田、マジウケる」

そう言って飯田達はわたしの本にマジックペンで汚い言葉や罵詈雑言を書き連ねる。

「よし、できた!」

「お、完璧じゃん」

「よかったねぇ~、話しかけてくれたのが、とってもとっても優しい私達で」

「…………」

「きゃははははははは」

三人は満足し、その場にポイッと本を投げ捨て笑いながら去っていった。

「…………」

その場にいた他のクラスメイトは皆、自分だけは関係ない。むしろ自分じゃなくてよかったって全員思っていたのだろう。

誰も先生を呼びに行ったりなんかしない。そしてあいつらが言ってたように誰もわたしに話しかけない。

そりゃそうだろう。皆、自分が可愛いんだ。可愛くて仕方ないから誰もわざわざ不幸になんて飛び込まない。

わたしだってきっとそうだから、そんな風な人達を責める権利もなにも持っていなかった。


 そんなことをされたのは一度や二度じゃなくなっていった。

三人はだんだん毎日わたしに絡んでくるようになり、その度にわたしにとって酷いことをする。

殴られたりもした。

アザが見えるところにできてしまい、親に聞かれたが、運動音痴だから体育で転んじゃった~と言ってしまえば納得してそれ以上なにも聞いてこなかった。


 わたしだけの不幸はわたしだけのもので、それはみんな大小あれど不幸はある。

自分が大きいって思えば大きいし、小さいって思えば小さい。

だからわたしは、こんなどこにでもある事象は小さいことだと自分で思っていた。


 その日も、いつものように教室の端で、殴られ蹴られる時間を、ただ壁の染みを見るように無感情に他人事のように過ごしていた。

それは周りにいたクラスメイトも同じ。

わたしも含め『わたし』を誰も見てなかった。存在してないのかも。

そう思っていた。声がするまでは。


「あっ先生ー!さっきの授業の質問があるんですけどー!教えてもらえませんかー?」


それぞれのグループに分かれ話してたり、自分のことをしていたクラス中のみんなが、静まり一斉に声のする方へ向いた。

そこには一人の生徒が廊下に向かって大声で先生を呼んでいた。

誰もがその姿に驚いた。

その子は成績優秀で、クラスの中でも一目置かれてて、そこそこ人気もある、気に入らない先生もいなく、クラスの中心人物の一人といってもいいくらいの子だった。

「っ……なにあいつ」

「くそ萎えた。今日はもう帰ろう」

「……よかったね。たまたま先生がいて」

掴まれていた髪の毛を離され、わたしはその場に取り残される。

三人は鞄を持って教室を出ていった。

その様子を見送ったさっきの生徒が近づいてきた。

「……大丈夫?」

「………………」

「…………じゃ、ないよね。ごめんなさい」

「………………」

「あー……先生っていうのは嘘!誰もいなかったし、来ないよ」

「…………じゃあ、なんで……」


「あなたが、いじめられてたから。」


 真っ直ぐな目で、真っ直ぐにこちらを見て、真っ直ぐな言葉を言った。

「あっいやっその、ごめんなさい。えっと、これじゃデリカシー?ないよね……。なんていえばいいのかな、その……──」

その子は真剣に言葉に悩んで考えていた。

「…………」

「……いいの?」

「えっ?」

急に話しかけられビックリした様子だった。

「シ……わたしなんか助けたってわかったら、あなたもいじめられるよ?」

「…………」

その子はまだ考え込んでいる様子だった。

「……ほっといて、いいよ」

「…………」

「…………」

少しの無言。

「……助けて、ないよ」

「え?」

「別に、私が後悔したくなかっただけで、あなたを助けたわけでもない。」

その言葉もまた、真っ直ぐだった。

あぁ、そんな子だからみんなに人気があるんだなぁって、その時に納得した。

キーンコーンカーンコーン……

休み時間の終わりを告げる鐘が鳴る。

「あっ……」

「………………」

わたしは黙って立ち上がり自分の席に戻った。

その子も先生が来る前には席に戻っていった。

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