第九話 「戻レナイ日常③」

 「……準備はいいかい?」

そう言われてツナギとユウは無言で頷いた。

けれど、ツナギとユウはその時点で、死ぬ覚悟も、相手を殺す覚悟も、実際にはなにも、持ち合わせてはいなかった。


「じゃあ、行くよっ!」

声と同時に、ナルはツナギに得物を向け矢を放った。

キンッ

その矢をツナギは剣で弾き飛ばす。青色のそれは飛んだ先のコンクリートに深々と刺さった。

「ひ…………」

それを見て青ざめるツナギ。

「なにも驚くことはないさ。錬金少女の力を使えばこんなこともできる」

「!」

ナルは矢を補充する様子がなく、クロスボウの周りが光り、それが青い矢へと変わっていった。そしてそれは何十本にもの束になっていく。

それらは一斉にツナギ目がけて発射する。

「津凪!」

ユウがツナギの前へ立ち塞がる。その手には大きな楯が握られている。

「へぇ……」

「敵は南瑠だけじゃないんだけど?」

「っ!」

 二人は声の方にも注意を向ける。するとキラが拡声器を持ち、それをこちらに向けていた。

「元アイドルの生歌を聴けるんだから感謝しなさい」

そう言うとキラは拡声器に声を吹き込む。

「la~~~~」

その瞬間、風が爆風となって二人を吹き飛ばす。

「きゃあぁっっ」

「っっっがっ」

二人は壁に打ちつけられ、その壁はクレーターのように凹む。

「あら、早く逃げないと危ないわよ?」

「はっ」

ナルは次の矢を打ち構えている。

「やば──」


ボンッッ


 破裂音が辺り一面に響き渡る。

「くっ」

その爆発と煙でナルとキラは目標を見失う。

「ゲホゲホッまたこれぇ?」

「懲りないねえ」

「……でも、そう遠くへ行けないだろ。だって範囲を決めたんだから」

「そうね。条件を絞るほど、その効果は強くなる」

「まぁ対価はそんなに安くはなかったけどね」

「アタシ達なら問題ないわよ」

「そうだね。じゃあ、探しに行こうか」



 一方、ツナギとユウは煙が蔓延している間に少しでも遠くへ行こうと錆びれた広い工場内を走っていた。

廃工場なだけあって、壊れて動かない機械など物陰はいくつもあり、そこに身を潜める二人。

「はぁ、はぁ」

息を切らしているツナギ。

「作戦、立てないと……」

ユウはそのツナギに話しかける。

「もともと鳳来さんから呼び出された場所だから、向こうはここの形状とか事前に調べてると思う……」

「うん……」

「さすがにさっきの様子からして、罠とかはない……って思いたいけど」

「そうだね……」

「でも隠れられる場所とかはすぐわかると思う」

「…………」

「津凪は、何ができる?」

「え?」

「あたしは、この一つの大きい物体を自由に変えることができる。ただ、それ自体に殺傷能力のある鋭利なものとかにはできないけど。」

そう言って今は楯の形状をしているモノをツナギに見せる。

「私は……」

言葉に詰まるツナギ。

これまでにツナギの武器、剣はそのまま剣として使ってきた。

「うーん、なんか光?を集めて光線みたいに打ち出すのは可能だけど……それ以外は……」

「そっか、まぁ剣だもんね」

「うん……」

「あたしはもう一つ、手のひらサイズのモノなら火薬を使うモノ限定で、何もなくても作れるみたい」

そう言って空中に片手を浮かし、握るような動作をする。

するとそこに赤い光が集められ小型の銃が握られていた。

「おぉー」

「たぶん、これは向こうにも知られてないし使えるとは思うけど……」

ユウは黙り込んでしまう。

「……別に私達まで鳳来さん達を殺す必要、ないんじゃないかな」

そんなユウにツナギは声をかける。

「でも!やらないと津凪は……」

「さっきも言ったけど。私だってここで死ぬ気はないよ?」

「じゃあどうやって……?」

「んー……例えば、時間がないって言ってたから、それまで逃げるか、相手を動けなくしておけばよかったり?なんて……」

「…………そんな上手くいくかな?」

「あのさ。夕は、期限とか知らない?」

「………………明日の夕方」

「そうなんだ!じゃあ案外逃げれちゃったり──」

「しっ!」

足音が聞こえたユウはとっさにツナギを黙らせる。


カツッカツッカツッカツッ

ザッザッザッザッ

聞こえてきた二人分の足音は、ずれていて不協和音を響かせていた。

「どこに行っても無駄だよ」

「…………」

「この敷地内からは出られないからね」

「…………!!」

「そういうこと。めんどくさいことしないでさっさとでてきなさいよ」

「…………」

ツナギとユウは顔を見合わし、そして目配せや手振りで会話をする。

(それって本当なの……?)

(あたしもそんなことが出来る力なんて知らないけど……)

二人が混乱していると、ナルはそれに加えるようにを言う。

「ふふ、そうだ。昨日、言いかけていたことがあったね」

「『よく、ソレを倒せるね』って。」

「?」

「たぶん、これは夕ちゃんも知らないんじゃないかな?」

「津凪はずいぶん慣れてそうにソレを倒してたけど……。ソレって何から生まれたか知ってるかい?」

「…………」

(確か、冬乃さんは私が〈光〉だからなんとかって……)

ツナギはナルの話しに耳を傾け、ソレの存在を思い出す。

あまりに不気味であまりに未完成のような物体。

ナルは一呼吸おいて、続けた。


「ソレ、人間なんだよ」


「…………え?」

 衝撃のあまり声が漏れてしまうツナギ。

そして、真実を告げた声は真上から聞こえた。

「津凪っ!!!」

「あんたは、黙ってなね」

「っっ!!」

ユウは気がつくと全身に緑の光の縄のようなものが巻かれ、身動きができなくなっていた。

「っと」

ツナギが物陰に使っていた機械に乗っていたナルは、ツナギの前へ降り立つ。

「それは……」

「まぁ人間っていっても、もう死んでる元人間。みたいなんだけど。この世に残された未練やらなんやらの、思念?幽霊?達が群がって出来たもの、らしいよ」

「目的は、たぶん私達と同じで津凪ちゃんなんだろうけど……」

言いながら、ナルは硬直して動けないツナギに近寄る。

そして、ツナギの頬へ手を添えた。顔の距離も近い。


「なんで、津凪ちゃん、なんだろうね?」


「…………っ」

ツナギは震えながら自分の身体中から嫌な汗がでているのがわかった。

「……あの、わ、私、は」

ガタガタしながら口をパクパクさせるツナギ。

「南瑠。虐めるのはいい加減────」


「え?」


ブシャァァァァァと血飛沫があがる。

「は?」

「き、きゃあああああああああああああああ」

ゴトンッとなにかが床に落ちる音がした。

すぐにもう一つ物体が倒れる音がする。

悲鳴は隣にいたユウのものだった。

ユウは血のシャワーに濡れ、頭から真っ赤になっていた。

ナルはその方向を見て目を見開く。


その足元には、頭部が一つ、身体と切り離され落ちていた。


「き…………ら?」


そこには無惨に、そして綺麗に、スッパリと首を切られたキラが死んでいた。

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