第八話 「戻レナイ日常②」

 その建物は全体的に錆びれ、銅色に染まっている。雨漏りする穴が高めの天井には何ヵ所もあり、下には水溜まりが大きくなっている箇所もある。

そこへタイヤの転がる音と、一人分の足音が近づく。

「やあ、昨日ぶりだね」

建物の中にもともと居た人物の声が響く。

「…………」

ツナギとユウは警戒しながら声の主の方へと進んだ。

一定距離を空け、止まる。

「随分と警戒されてるね。それもそうか」

「…………」

話しているのは片腕を包帯で巻かれ首からの布で身体の前に吊るしている、元部活のエースで将来有望だったナル。

隣で無言を貫いている可愛らしい人物は元人気アイドルのキラ。

「……本題に、入りませんか?」

ユウは静かな口調で二人に向け言葉を発する。

「……そうだね……」

するとナルは包帯を巻かれていない腕に着けていたバングルのようなものを、キラは首のチョーカーを握って外し、そのまま胸の前に置く。

「!?」

[我ハ水ナルモノ ソノ役目カラ全テヲ流サセル]

[我ハ風ナルモノ ソノ役目カラ全テヲ風化サセル]

二人は錬金少女へと変身する。

「…………っ!」

ツナギとユウは身構え自分達も、と思った時、声がその行動を制止させる。

「勘違いしないでほしいな」

「…………?」

「あくまで、とりあえずは彼女のための変身だからね」

ナルは自由になった腕で隣にいるキラに手を向ける。

「とりあえず、だけどね」

キラは声を自由に出し、ナルの発言に付け足す。

「…………」

ツナギとユウの二人は警戒心を持ったまま変身は見送ることにした。

「じゃあ本題に入ろうか」

ナルはニコッとスマイルを見せた後、一変して真剣な顔になる。


「かと言って私達は、君達がどれだけ、何を知っていて、何が聞きたいのかなんてわからないんだけども……」

ナルはツナギの方に目線を向ける。

「……な、んで昨日は私を襲ったんですか……?」

「うーん、《そういう条件》だったからかな?」

「じょう、けん……?」

「そ、あんたを殺せばいいっていう《儀式》の条件」

「え…………」

聞かされた事実に絶句するツナギ。その様子を見て不思議がるナル。

「その本人、津凪ちゃんの条件がどうかなんて知らないけど、少なくとも、隣にいる夕ちゃんは、なんじゃないかな?」

「えっ」

「……………………」

驚き、隣のユウを見るツナギに対して、ユウは顔を伏せぎみにし、髪で隠れており表情は読み取れない。

「あら、ま。それも知らなかったの。結局、友達とかなんとかって言ってもそんなものなのね」

キラの悪態がツナギに追いうちをかける。

「ゆ……夕?」

「……………………」

「……違うよね?」

「ほら、例えば、その、条件とか……儀式も、なんも、知らないとか──」

「そうだよ。」

ユウはツナギに被せ、ボソッと今までに聞いたことないような低い声で呟く。

「え……」

「……鳳来、先輩達の言う通りだよ。知ってた。」

「……なに、言って……」

「……津凪は、なんにも知らないの?」

「え?」

「あたしは……一通り説明されたよ?冬乃さんに」

「…………」

ツナギはその場に立ち尽くし、今までの記憶からチョウチョに言われたことを思い出してみるが、それらしき発言はなにも思いつかない。

「まぁ、ほら、知らない方がいいこともあるんじゃないかな?世の中には」

ナルは事情を汲み取りそんな発言をする。

「…………夕は……どうしようとしたの?」

「…………」

「……私を、殺そうとした?」

震える消え入るような声でツナギはユウに問いかけた。

「それはっ……!違うよ!」

「だって、あたしはもともと変身する気なんかなかったよ?けど昨日、津凪が襲われてるのをみたら……そんなの、助けるしかないじゃん!」

ユウは顔を上げ、ツナギの方を向き、必死に訴える。

その強い瞳にはまるで水溜まりのように涙が溜まっていた。

「夕……」

それをみたツナギも瞳が潤む。



パチ、パチパチ

「!!」

二人は音のした方へと向く。

するとキラが怪訝そうな顔のまま手を叩いていた。

「はあ、友情を見せつけてくれるのは構わないけど。それ、なにも解決してなくない?」

「え……」

「そもそもあんたなにも知らないんでしょう?」

「それは……」

「アタシ達にはね、があるの。」

「え?」

「わかんない?儀式の期限よ。しかも、もう日はない」

「そうだね。私達には時間がないんだよ津凪ちゃん」

「そんな、こと……」

そんなこと言われても。とツナギはそう思うことしかできなかった。

「それに、まだ聞きたいこと、あるんだろう?」

「……それは、その……」

ツナギは言葉に詰まりながらも沢山ある疑問を整理しだす。

「私、本当になにも、知らなくて……。錬金少女もなんなのか……、それに儀式とか条件、とか言われてもなにがなんだか……」

そうツナギから告げられ、ナルとキラは顔を見合わす。

「うーん、私達もすごく詳しいわけじゃないけどね?」

「要するに、取り引きしたの。」

「取り……引き……」

「よくある、悪魔との契約?みたいなものだよ」

「あんたをこの世界から消すことができたら、アタシ達を五体満足、元に戻してくれるって話。」

「そん、なことって……」

「ただし、それはあんたを消せた一人だけ。っていう条件も付いてたけど」

「…………」

「信じられないかい?でも、君だって不思議な力や謎のモノを見させられたら信じるしかないでしょう?」

「実際、アタシは今、声出てるし、南瑠の腕だってピンピンしてるじゃない」

「綺楽、その言い方は……」

「なによ、文句ある?」

「いや……ふふ」

何かが可笑しく思えたのか、ナルは笑ってしまった。


「はぁーごめんごめん、こんな空気なのに」

「…………」

「事情は……わかりました……。」

「けど、説明されて、はいそうですかって殺されるわけにはいかないです……」

「まぁそりゃそうよね」

「だから君達をここに呼んだんだけどね」

「っ!」

また身構えるツナギとユウ。

「そんな不意討ちみたいなことはしないさ。曲がりなりにもスポーツマン、だったしね」

「……でも本気なのは変わらないわ」

「そう。だから君達も変身してもらって、そして正々堂々と殺し合おうって決めたんだよ」

「なっ殺し合うって……」

ユウが反応する。

「仕方ないじゃない。だって抗うのでしょう?」

「別に私達に夕ちゃんを殺す目的なんてないのだけれど。私達の邪魔をするなら、一緒に消えてもらう」

「!!」

ナルとキラの覚悟の迫力に圧されるツナギとユウ。

「夕……」

「津凪……あたしは裏切らないから大丈夫だよ」

ユウはツナギに笑ってみせる。

「やるしか、ないんだよ。そうじゃないとこっちがやられるんだから」

「…………」

「そうそう、君達は正当防衛。なにも躊躇う必要ないさ」

「それとも……」

キラはツナギに告げる。

「降参してアタシ達のために命を投げ出してくれるなら、友達には手を出さないであげるけど?」

「!」

ツナギは動揺した。

「津凪!あたしのことはいいの!そもそも殺られなきゃいいんだし……」

「……でも、夕……」

「ねぇ、お願い。あたしのためにも、それは止めて」

ユウはツナギの顔を見て真面目に、強く訴えた。

「……わかっ……た」

「ありがとう」

ユウは心からの感謝をツナギに伝える。

「もうそろそろいいかい?」

「一応聞くけど、さっきの提案、聞かないわよね?」

「……はい、聞きません」

「そう、よかった」

ナルは、ツナギやユウには聞こえない小さな声で呟いた。


「じゃあ変身してくれるかい?」

ツナギとユウは顔を見合わせ、変身する。

[我ハ光ナルモノ ソノ役目カラ全テヲ終息サセル]

[我ハ火ナルモノ ソノ役目カラ全テヲ破壊サセル]

「……準備はいいかい?」

「…………」

ツナギとユウは無言で頷く。

「じゃあ、行くよっ!」


そうして四人の錬金少女による殺し合いは始まった。

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