第三話 「それぞれの想い-side K-①」

 子供の頃から可愛がられていた。

何をやっても「綺楽は可愛いね」「これからが楽しみだ」と持て囃されていた。

自慢じゃない。いや、少し違う。昔はそれが自慢だった。

何かをやり、たとえ失敗したとしても可愛いから許される。褒められる。だから勘違いをしていた。

アタシはなんでも出来る。と。


 アイドルになったのは成り行き。

中学の頃、友達と出かけた先でスカウトされたから。その場にいた友達も推薦してくれてたし、断る理由も特になかった。ただそれだけ。

可愛いって言われたいからでもない。だって『可愛い』は昔から当たり前のように言われてたから。そんなの求めなくても貰えてた。

ただその時のアタシはまだ勘違いをしていた。

なんでも出来るという勘違い。


 アイドルに関して言えば、人気が出たのは早かったんだろう。そこまでも大した苦労はしてない。

そんなこと言ったら他にいくら努力しても報われない子達に恨まれてしまうのだろう。けれどこれが現実だ。

それでも、アタシには『可愛い』しかなかった。

バラエティ番組に出ても、可愛いを振り撒き、くだらない話に愛想笑いをする。それだけだ。アタシにはそれだけしか求められていない。

なんでも出来る。が勘違いだということをこの頃から気づき始めていた。


 名前が世間に知れ渡り始めたら、少しずつアタシに『可愛い』以外のものを求める声がでてきた。

それを認識した事務所はアタシに『可愛い』以外のものを要求してくる。

そうして、初めてアタシには何もなかったことを思い知らされた。

『努力』なんてものも一切したことがなかった。だって何をしても周りの人には褒められていたから。それが正しいと思っていたから。

それからアタシは必死になって何かできることはないかと探し続けた。でも、全部が全部中途半端に、普通に、一般的にできる。ただそれだけだった。

アタシだけのものは結局、『可愛い』だけだった。


なら『可愛い』を極めようと思った。

どうすればもっと『可愛い』になるか。魅せ方、歌い方、踊り方、ファンとの交流。

夜な夜な考えては試行錯誤し、そうして『音無 綺楽』というアイドルが出来ていたんだと思う。

そんな風に続けながら、アタシはアイドル『音無 綺楽』の消費期限をひたすら待っていた。



 そんな努力といっていいのかわからない、プライドの塊が出来上がってきた頃、彼女に出会った。

彼女は中学からソフトボール部で活躍し、今では学園内でファンクラブもできるほどの有名人。

それは彼女がちゃんと『努力』して手に入れたものだった。

親からの貰い物で生きてる可愛いだけのアタシと、泥臭い努力を毎日して自ら勝ち得たものがちゃんとある彼女。

住む世界も見えてるものも違うのだろうと思った。

アタシはずっと悩んで迷っているのに、ああも一直線に生きているのを見せられるのは気分が悪かった。


 ある日、彼女が自らのファンに対して軽率な態度をとっていたのを目撃した。

それを見たらなんだか無性に腹が立った。

「ちょっとあんた」

だから、言ってやった。今まで話しかける気すらなかったのに。

彼女は驚いていた。

アタシも自分の言いたいことが言えたからその場から逃げるようにして立ち去った。

その日はその後ずっと、なんであんなことを言ったんだろうと自問自答を繰り返していた。

たぶん、悔しかったんだと思う。アタシが大切にしているものを軽く扱われたような気がして。大切にしてるものなんてなかったとずっと思ってきていたのに、こんなに側にあったんだとその時初めて理解した。


 翌日、彼女から呼びかけられた。

まぁあんな剣幕で囃し立てられちゃ黙ってないよな。そう思った。

「君のお陰で、少し目が覚めたよ」

思ってもみない言葉だった。怒られたり嫌みを言われるのかと思っていたから。

そして、それが少し、嬉しかった。

「君さ、アイドルなのにテレビと違って口悪いね?」

これも思ってもみない嫌みだったけど。

「ふふふ、いやでもまぁ目の前でみると可愛いねほんと」

今度は急に褒められた。わけがわからなかった。

「南瑠でいいよ。よろしく綺楽」

その時、初めて他人にちゃんと『アタシ』の名前を呼ばれた気がした。

可愛いアイドルの、『音無 綺楽』ではなく、ただの『音無 綺楽』。

悪く、ないなと思えた。

それから彼女とは友達ともいえる間柄になっていった。

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