第四話 「それぞれの想い-side K-②」

 あの日。いつものように収録を終え、収録前に飲んでいたコップをテーブルに取りに行った。

そこには先ほど飲んでいた量だけが減っているアタシの名前が書いてあるコップ。収録で歌っていたからなにも気にせず口をつけた。

「!?!?」

「ガハッ、ゲホッゲホッ、カッ、ハッハッ」

なにが起こったのかわからなかった。

周りでスタッフが騒いでいる。

ただ、水を含んだはずの喉が熱い、痛い。

「はっ、はっ……」

驚きで呼吸も浅く、速くなった。


 その後、救急車が来てそのまま病院に連れられた。

もうその頃には少し冷静になっていたから、大体のことは想像したし予想できた。

少し飲んだけどすぐ吐き出したから喉以外には炎症もなく、特に命に危険はないと言われた。

そういう薬物もあるのだと。

そんなことは自分でもわかってたし、誰が、どんな理由で?なんでアタシを?なんて思う気もさらさら起きなかった。

ただ、アタシの、アイドル『音無 綺楽』の消費期限が徐々にではなく突然きただけ。

事務所の人やマネージャーはアタシに気を使って、「大丈夫、治るよ」「少しの辛抱だ」とかなんとか言っていたが、専門知識もないくせに分かるものかよ、なんて思っていた。



 その夜、家に返されたアタシは部屋で一人なにをするもなくぼーっとしていた。

不思議と涙とかそういうものはでないんだな。と、自分でもそんなもんか。ふと寂しくなった。

携帯をみるとネットニュースにアタシの名前が載り始めていた。

スタッフの守秘義務なんてありゃしない。

明日には全国民に伝わるのだろう。

アタシを知っている人も、応援してくれてた人も、全く知らない人も耳にいれる。


最終的にアタシは何をしたかったんだろう?


ひとつの疑問が浮かんだ。

『可愛い』からやっていたものも、喋れなきゃ人形と同じだ。そしたら人形を立てとけばいい。

大して歌が上手かったわけでも、踊りが上手だったわけでもない。

そんなアタシでもファンはいてくれたけど。

アタシはしたいことをしていたのだろうか?

アタシってなんだろう。

ファンに求められるアイドル?

ただの消費される『可愛い』人間?

アタシは……


そういえばアタシはやりたいことなんて考えてこなかったかもしれない。

成り行きで、流されてアイドルやって。

世の中に置いてかれないように研究もしたけど、それはアイドルとしてだ。アタシのやりたいことじゃない。

(……彼女は、自分でやりたいって思ってやって、結果を残してるのかな)

ふとスポーツマンとして部活に励んでる友人を思い浮かべた。

(アタシにも、やりたいことなんて、できるのだろうか)

突然に人生の岐路に立たされて、初めて自分を考えるなんて。アタシは今までなにをしてきたんだろう?

そんなことを思いながらいつの間にか眠りに落ちていた。



 翌日。予想通りにニュースは広まり、マスコミが家にまで押し掛けてきていた。

家族には本当に申し訳ないと思った。応援も、してくれてたのに、こんな結末になってしまって。

マネージャーとも相談し、なんとか家を抜け出し、学園へたどり着く。

別に休んでも良かったんだがそれはそれで家にずっとマスコミが張りつくだろう。と思い登校した。

クラスにはいると、彼女と目があった。けど反らされてしまった気がした。アタシもクラスメイトに囲まれてしまったし、気がしただけかもしれないけど。


授業は終わり、家に帰らなくては行けなくなった。他の生徒は部活にいく者もいる。彼女もそうだろう、姿はみえない。

(……所詮、可愛いだけのアタシ、か)

彼女もきっとアタシではなく、アイドルの『音無 綺楽』に惹かれたんだろう。そんな風に考えた。

学園を出ようと靴を履きかえ一歩外にでる。すると待ち構えていたマスコミがアタシを囲んだ。


「音無さん!音無綺楽さん!どうして活動をいきなり休止されたのですか!?」

「返事をしてください!」

「音無さん!音無さん!」

カメラの連写するシャッター音、大声でしかも複数人で同時に話しかけるマスコミ。カメラはフラッシュも焚かれ前がよく見えない。

(うるさいなぁ、目も痛いし、これじゃ進めないし。)


「そういうのはやめてください!」

「敷地に無断で入らないでください!」

後ろからフォローに入る教員ら、そしてマネージャー。

(返事、ねぇ。)

(返事が出来たら、こんなことにはなってないわよ)

警備員が来るのをひたすら待った。

(耳栓でもしてればよかった。)

周りから聞こえる音を全部無くしたかった。

なぜか黄色い声援も聞こえる。なるほど彼女のものか。

今日一日彼女とはなにも話してなかった。しかも避けられているとさえ思ったくらいだった。

(やっぱり、自分のやりたいことしか目にないのよねきっと。そう言えばそういう人か。)

地に落ちたアタシなんか目もくれず、そんな風に思ったのも羨ましかったのかもしれないけど。


ふと顔をあげると目の前の様子がおかしかった。というよりもみくちゃになっていた。

驚いていると、後ろから声が聞こえた。

「やぁ元気かい?」

とっさに手を掴まれ、アタシはいつのまにか走っていた。



「はぁ、はぁ、はぁ」

 息が切れ、喉から空気が漏れる。

隣にいる彼女は平然としていた。そしてペラペラと一人で喋っている。

その袖を引っ張った。

〔あんたバカじゃないの?〕

続けていろんな罵詈雑言を打ち続けた。

「いやぁごめんごめん」

悪気もないような返事になんだかこの怒りも無駄なような気がした。

「そろそろ時間かな?」

なんのことだかわからずにいると、複数人近づいてくる音がした。とっさに彼女を睨み付ける。

勝手に自分の予定にアタシを巻き込んだらしい。

助けられた恩もあるので抜け出せるに抜け出せなかった。

まぁ、その後は思ったよりあの子達と話していた時間は退屈でもなかったからいいとしたけど。

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