第二話 「それぞれの想い-side N-②」

 それから二年と少し。私はその間変わらずに部活に打ち込み、ファンの子達への感謝も忘れずにやってきていた。

努力は結果を残し、スポーツ雑誌や新聞にも取り上げられることも何回かあった。

その度に、天才やら神の子やら言われることもあったが、私はそうは思わない。ただ少し他人より運動が出来ただけの一般人だ。

天才というなら彼女の方がふさわしい。まぁ彼女もそれだけで生きてきてはいないんだろうけども。


そんな頃、彼女が歌えなくなったのを知った。


私は彼女になんて声をかけたらいいのかわからなかった。友達だというのに。だからこそなのかもどうかはわからない。携帯でメッセージを送ろうと文字を書いては消し、書いては消し、それでも送れなかった。


 ニュースの翌日、彼女は学校に来た。しばらく顔をみれないのかと心配していたが、彼女はいつも通りに過ごしていた。

私はメッセージが送れなかった少しの後ろめたさもあり、その日はなにも話さなかった。


私はいつも通りに部活に励んだ。他に取り柄もなにもないから、大事なものをなくした友達にかける言葉もやはり見つからない。


彼女がマスコミに囲われていた。

彼女なら、強いから平気なんだろう。余計なことをしても怒られるだけだ。と、遠目でみていた。

ふと隙間から見えた彼女は今まで一度も見たことがないような顔をしていた。

そんな顔を見てしまったら、なんだかとてもいたたまれなくなった。

初めて自分からファンの子達へお願いをした。ファンの子達は快く聞いてくれた。感謝され感謝するとはこういうことなのか、となんとなくわかっていた気がしていた本質をその時初めて知れた。


そんな日、あの子達と出会ったのは偶然。たまたま予定があっただけ。そんな風に思っていた。

今思えば、仕組まれていたのかもしれない。とも思うが、それも結局結末にはそんなに関係ないのだろう。



そして、あの日。

私のこれまでの人生は全て無に返ることになった。



 連日、雨が降り続いていた。

練習も外ではできず、体育館や空き教室で出来ることをやる。そんな部活動。そればかりは仕方ない。天候はどうにも操れない。

それでも夜遅くまでやり、暗くなった帰り道。道路の向こう側へと渡る歩道橋。階段が雨で滑りやすくなっていたとはいえ、私は普段から運動神経はいい。自ら滑ることなんてない。


誰かにのだ。


人とすれ違ったわけでもなかった。たぶん、後ろから勢いよく落としに来たのだろう。携帯を見ていて不注意だったわけでもない。ただ、誰なのかは見えなかった。

咄嗟のことで転げ落ちる前に手をついてしまった。それも利き手を。雨は、転がり落ちた私に容赦なく降りかかっていた。



彼女になんて言えばよかったんだろう?なんて考えていた私。

彼女を少しでも笑顔に出来たと満足していた私。

その日以降は普通に接していた私。

なんて愚かだったんだろう。

彼女のことをなにも解っていなかった。

自分が同じように大事なものをなくしてからしか、彼女のことは解らなかった。

そんな彼女は私に対して言った。

「ごめんなさい」と。

相変わらず声もでなくて携帯に文字を打ち込んだ画面を見せてきた。

なんでそんなことが言えるんだろう。

もう、どうしようもないのに。

誰に何を謝っているんだろう。

そんな風に思っていたら、なぜか笑えてきた。

「君は、強いね」

「…………」

「なんでそんなに強くいられるのか、知りたいな……」

「なんで、私たちなんだろうね」

「君は、本当、に、強い……」

声が震えてもう言葉を話すことはできなかった。

彼女のくっきりとした目元からは涙が溢れていた。

初めて私も他人の前で泣いた。



 割りきれてなどいなかった。

ただどうしようもないゲンジツに浸っていた。

幸い?腕以外には大した怪我はなく、翌日以降学校に戻ることはできた。

クラスに入った時、クラスメイトの視線が刺してくるようだったのがとても印象強い。

けれど、その後にもっと衝撃的な出会いをしたから忘れてしまいそうだったけれど。


二人でマスコミや他の生徒に見つからないように裏道を通って帰ろうとした。

その時だった。目の前に黒い塊のような、靄のようなものが現れた。

そしてその場に一羽の蝶が颯爽と現れ、人間の姿になった。

「貴女達は《儀式》に選ばれました。」

「え?」

「よって、この力を授けます。」

受け取るとそれはただの石だった。

「その石に、願い祈れば、この場の事態は解決するでしょう。」

「そして、無事に《儀式》を遂行させれば、なんだって叶います」

「?」

「貴女方の身体を治すこともね」

「!!」

「!!」

《儀式》というのは簡単です。この少女を消せれば、願いは叶います。」

「少女……?」

目の前にいる少女は空中に手をかざす。するとその空中にある少女のシルエットが浮かび上がり、それは徐々に鮮明になっていった。

「!!」

「津凪ちゃん!?」

私達の動揺には関せず少女は続けた。

「只し、消した者一名のみの願いです。それに……」

「?」

「……いえ、彼女も錬金少女です。そして彼女の他にも錬金少女はいます。」

「他にも……」

「ちなみにこの黒い塊、ソレは儀式の弊害であり、儀式に関係はございませんので、速やかに排除されるようお願いします。」

「最後に、儀式の際に起きた出来事は無かったことにされるので、心配事は気にしなくて構いません。では。ご武運を」

「え、ちょっとまっ──」

謎の少女は消え、止まっていたであろう時間が動き出した。


 それからは私達は錬金少女になり、ソレを倒し終え、事態を把握するために二人で話し合いをした。

驚くべきことに錬金少女になると、五体満足に動けるらしい。彼女も変身したら声を発せられたし、私も腕を自由に痛みなく動かせられた。


「それで、どうするの?」

「どうするって言われても……」

「あの津凪って子を消すって言われたけど?」

「消すって、殺すってこと……だよね」

「なに迷ってるの?」

「…………」

「アタシは、あんたが、やらないんだったらやるわよ。だってどうせ叶うのは一人でしょ?」

「それは……私がやるって言ったらどうするつもり?」

「……あんたのサポートに回るわ」

「なんっで」

「あんたの方がどう見ても将来があるもの。それだけ。それ以上なにもないわ。客観的に考えて世の中の貢献にもなるでしょうし」

「…………」

「あのねぇ、一度落ちたアイドルに未来なんかないの。大した芸が出来るわけもない。ファンに支えられ、持ち上げられてきただけなの。」

「それに比べてあんたはちゃんと努力して身に付けたものがある。そしてそれに期待してる人達もまだ大勢いる」

「ははは……君は、本当に強いね」

「…………」

「君がそう言ってくれるのは、嬉しいな」

「なっ……によ今さら……」

「そうだね、今さらだ。でも、感謝の伝え方も君に教わったんだよ」

「……。で、どうするの?」

「……私はまだ諦めてない。認めてもいない。このゲンジツを」

「そう」

「それがもし、悪魔との取り引きでもなんでもチャンスがあるとしたら、私は命を懸けるよ」

「そう……じゃあアタシは最後まで見守るわ」

「本当に、ありがとう」

「……────────。」

「え?なにか言った?」

「な、なんでもないわよ。じゃあ作戦でもなんでもしましょう」

「あぁ」

彼女はいつしか親友と呼べるほどまでになっていたんだな。と私はこの時、改めて認識したんだ。



 作戦前の夜。私は夢を見た。

「儀式はもう止められない。」

「けれど、せめて貴女達は……」

「どうか、逃げて」

「それでも、やると言うのなら。二つ教えてあげます。」

「ひとつめ、ソレは─────だから────だということ。」

「ふたつめ、あの子は──────」

「それもちゃんと理解した上で……あの子に、真実を──」

「…………貴女達にも、幸あらんことを」


「………………」

夢で聞こえた声はなんだったんだろうか。

仮にそれが本当だとしたら……。

「それでも、もう、引き返せないんだ」

私は覚悟を決めた。



「まさか夕ちゃんも錬金少女になってたとはねー」

「とはねーじゃないわよ、呑気ね。敵が増えたじゃない」

 横で彼女はぶーすか文句を言っていた。

「まぁ、夕ちゃんがこの場に来たのは確かに計算外だけど、錬金少女になっていたこと自体には驚きはないさ」

「そういうこと聞いてないんだけど」

そう、驚きはない。儀式の条件を考えたら夕ちゃんも参加する意味はある。それに、あれが事実だとしたら……。

「またすぐ会えると思うし、今日は帰るとするか」

「気楽ね……時間はそんなにないのよ?」

「わかってる……それは誰もみんな同じだよ」

「…………」


「時間がないなら呼び出せばいいさ」

〔どうやって?〕

携帯の画面を見せられた。

「さっき夕ちゃんも話し合おうと言っていただろ?それに連絡先ならわかるしね。」

〔そんな簡単に来るかしら?〕

「来るよきっと。に……」


 私はその夜遅くに夕ちゃんにメッセージを送った。

〔話し合いをしようか。学校終わりの夕方、津凪ちゃんも連れてここまで来てくれるかい?〕

私が隠れて練習をする人気のない廃工場の地図を添付した。

夜遅いから返事は明日、当日だろう。返事がなかったとしてもきっと彼女達は来る。真実が知りたいのなら絶対に。

私はそうして来る日を待った。

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