第十五話 「交錯スル者達③」

 他人の家の匂い。普段一緒に居ても特に気にならないのに、家という空間に入ったら圧倒的によそ者感が漂う。

そんな空気を少し感じながらツナギはユウの部屋でただ呆然としていた。


──1時間ほど前

 ユウのバイクであの場から逃げ出したツナギ達。ユウの家の側まで来るとユウはバイクを止める。

「一旦降りてもらえる?」

「あ、うん……」

ツナギがバイクから降りるとユウは変身を解く。するとバイクは車椅子に形を変えた。もともとは車椅子が錬金少女の力でバイクになっていたらしい。

「…………」

「…………」

お互い無言になる。

「とりあえず、あたしの家、来る?」

ツナギは無言のまま頷く。


そうして今に至るのだが、お互いに何をどう話したらいいのかわからずに無言のままで、部屋にかかっている時計の針が動く音だけを聞いてしばらく時間が経った。

先に無音を破ったのはユウだった。

「……えっと、その、聞きたいこと、ある?」

ツナギはその問いに関していろんな疑問が沸き上がる。

(なんで夕があの場所に?)

(なんで夕も錬金少女に?)

(なんで鳳来さんと音無さんは私を……?)

(鳳来さん達が言っていた言葉の意味もわかんないし、夕はなにか知っているの?)

「…………」

疑問が多すぎて余計無言になるツナギ。その目尻には今にも雫が溢れそうでいる。

「あー……」

気まずそうにユウは話し出す。

「別に隠すつもりはなかったんだよ。えっと、錬金少女の件」

「ちなみに、あたしもツナギが錬金少女なのは知らなかったよ……」

「じゃあなんであの場に?」

ツナギは震える声で問いかける。

「たまたま。たまたまあの付近にあたしも居たんだよ。それだけ」

「…………」

「それに、変身したのだって、今日が初めてだった」

「え……?」

「この石を持ってるだけで、人払いされていても影響を受けないみたい」

ユウは自分の石を見せる。それは鮮やかな赤色をしていた。

「それで、なんか話し声が聞こえて。そしたら、津凪と鳳来先輩、音無先輩がいたから……」

「そう……だったんだ……」

「うん……。それで、冬乃さんに教えてもらった通りに、変身して……」

(やっぱり冬乃さんから、なんだ)

「ねぇ……他に、他にはなにか冬乃さんから聞いたりした?」

「えっと……他って……」

「なんか、『儀式』だとかなんとか……」

「…………いや、あたしは……よく、わからない……かな」

「そっか……」

カチッカチッとまたしばらく時計の針が鳴らす音だけ響く。



「……今日さ、泊まってかない?」

 ユウがまた静寂を裂く。

「え?」

「鳳来先輩達もさすがにあたしの家までは知らないだろうし、あたしが津凪と居たいな……って。だめかな?」

「ダメじゃない……けど」

ふわふわした同居人のことを思い出す。

「シュウちゃんに……連絡してみるね」

「うん」

(そういえば、忘れ物を取りに学校に戻ったあとから連絡とってないや……家に私が居なくて心配してるかも……)

ツナギは携帯を取り出す。表示されている通知はシュウカからのものはなかった。

(シュウちゃんは家に帰れたのだろうか……)

自分と同じに狙われていたらどうしようと不安になったツナギはシュウカに電話を掛けることにした。

「もしもし、シュウちゃん?」

〔もしもし~?どうしたの~?〕

電話の向こうはいつものシュウカが出迎え、安心するツナギ。

「あ、あのね?ちょっと夕とばったり会って、それで夕の家に来てるんだけど……」

〔へぇ~〕

「えっと、その、夕のお母さんがお夕飯食べていかない?って言ってくれて!その、だから今日は夜ご飯準備できてなくて……その──」

〔おっけ~了解ー〕

シュウカは状況をツナギの説明で把握したのか、言い終わる前に了承の返事をした。

「それで、えっと、もしかしたら夕の家にそのまま泊まるかもー……って……」

〔…………わかったー。あ、じゃあまた明日ね!〕

「うん、また明日──」

ツーツーツー

ツナギが言った言葉を最後まで聞かずに電話は切れた。

(忙しかったのかな……?でも、無事でよかった!)

ツナギはユウの家に来て初めて安堵した表情になる。

「秋叶なんだって?」

「あ、大丈夫だって……」

「そっか、じゃあ決まりだっ」

ユウもツナギの表情をみて、ニカッとした笑顔を作った。



 ツナギとユウは夕飯を食べ終わり、就寝準備をしてそれぞれベッドと布団に入る。

「ごめんね、家そんなに広くなくて……」

「全然!大丈夫だよ!」

「秋叶の家に比べたら狭く感じるでしょ」

「あはは、でも久しぶりにお母さんの味!みたいなご飯でよかったよ」

「そっか。いつも二人で作ってるんだっけ?」

「うん。お互い料理が凄く上手いわけじゃないし、メニューも同じ感じになっちゃうんだけどね……」

「でも自炊するだけ偉いや。あたし、なんにもできないなぁ……」

「……そんなこと……」

「ほら、あたし少し前までは部活ばっかだったし、夜遅くまで練習して、帰ったらお母さんが作ってくれたご飯があって。泥だらけになった服とか洗い物もいつも綺麗にしてくれててさ」

「うん……」

「だから、その分余計に部活だけは頑張らなきゃって思ってて。走ることだけが取り柄だったから……」

「夕…………」

「あはは、ごめんねー愚痴っちゃって」

「ううん……」

ツナギは少し考え込み、呟く。

「……鳳来さんも、そう、だったのかな……」

「……そうかもね」

「音無さん、も……」

「……そうだね」

「…………」

「…………」

黙り込む二人。

「……でもなんで私を……?私を殺したところで……」

「…………」

「…………」

「…………ねぇ津凪?」

「…………すぅ……」

「……寝ちゃったか……」

ツナギの寝入る息の音が一定のリズムでなっていた。

「…………あたしは……」

ユウは一人、部屋の天井を見つめている。

「…………」

「…………今日はもう寝よう」

自分に言い聞かせるように呟き、意識を遠ざけた。

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