第十話 「歯車ノ動キ始メ②」

 路地裏でも、屋根がないところは雨が降り注ぐ。

(はぁ、なんとか倒せたなぁ……)

泥だらけになりながらツナギは一人、コンクリートの壁に背をもたれながら休息をとっていた。

息は少しあがっていて、身体の至る所に切り傷があったが、みるみると傷自体は塞がっていった。

(本当に無かったことになるんだ……)

助けた三人はツナギがソレと対峙した隙に逃げたのだろう。倒した後には誰一人いなかった。

(言えなかったなぁ……)

ツナギはシュウカに、助けたことに意味があると教えたかったのに、これだと作戦失敗かな。と少し残念に思っていた。

「でも、後悔したくないのは本当だし。助けられてよかったと思ってるよ」

誰にでも言っていない言葉は雨音に重なってかき消された。



 家に帰ると、電気は何一つ点いていなかった。

(シュウちゃん、寝てるのかな)

ツナギはシュウカが寝ていると悪いと思い、あまり物音を立てずに廊下を歩く。

(ちょっと遅くなっちゃったからなー)

時刻は午後9時半すぎ、夕飯時には間に合わなかった。

リビングまでいくと、ラップがかかっているおかずが何品かありシュウカが作って置いてくれたことがわかった。

一緒に暮らし始めてからは食事は毎回一緒にしていたため、はじめての出来事だったが、同居人の優しさを感じることができたからいいかと思うツナギ。

(明日、ちゃんとわかってもらえて、仲直りできればいいんだけど。)

喧嘩というほどではないが、少し気まずくなってしまったことを気にしながらもツナギは一人で夕飯食べ、自室に戻り、学校の課題や就寝の準備をし、次の日を待つことにした。




「──私から────のは──で最後──」

「もう───できない───」

「───を──────しかない」

「────とまらない──」

「────後悔───ように──」


 翌朝、雨音は途切れることなく続いていた。湿った空気と少しの蒸し暑さが寝相を悪くさせるようだった。

ツナギはベッドの上で目覚めると、ぼーっと考え事をするかのようにしばらく天井を眺めていた。

同じような夢を此処のところずっと見ていたような気がする。それに今日の声はいつもよりかははっきりと聞こえていたような気も。

(……後悔しないように、ってなにがなんだろう……)

目覚めきれていない思考と身体はなんだか不思議な感じもした。まるで自分が自分ではないかのような。『胡蝶の夢』という話も聞いたことはあるが、夢心地のフワフワした感覚は同居人の声で現実へと戻された。

「ツーちゃん~、起きてる~?」

少し申し訳なさそうに扉がノックされる。

「起きてるよー」

「入っていい~?」

いつもなら許可をとらずに勢いよく入室してくるが、今日は違った。

「うんー」

ガチャリ、と部屋ノブが回されシュウカが部屋に入ってくる。手にはまたブラシを持っていた。

「ごめんね~またお願いしてもいい~?」

「うん、起きるからちょっと待ってて」

何気ない会話。シュウカの髪を整える最中も昨日のことはお互いに触れてはいなかった。

「はいできた」

「ありがと~」

シュウカは立ち上がると少し気まずそうに、

「じゃ、じゃあシウは朝ごはんの準備してくるね~」

と部屋から立ち去り階段を下りていった。

「私も、用意しようかな」

ツナギも立ち上がり朝の準備を始めた。

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