第十四話 「イツモノ日常ノ終ワリ④」

「ふぁーおいしかった~!ねぇツーちゃんみてみて!」

 三人でパンケーキ屋に寄った帰り道。ユウとは店で別れ、ツナギとシュウカの二人は歩きながら話していた。

空はいつの間にかオレンジと赤色が全面に。遠くには雨雲も見えていたがここはまだ夕晴れだった。

シュウカは携帯の画面をツナギの方へ傾ける。

「わぁ!よく撮れてるね!」

「でしょ~色も可愛くて美味しくてよかった~またいこうね~」

満足げな顔をしているシュウカ。ツナギは学校で気になっていたことを聞いてみることにした。

「あのさ、シュウちゃんは冬乃さんとなにかあったの?」

「ふぇ?」

「いやなんか気まずいのかなーって……」

「んー、いや?そんなことないよ~」

にへらと笑うシュウカ。それはいつものシュウカに感じた。

「そう?ならいいんだけど……」


と、その時、前方になにか黒い塊のようなものが見えた。


「あれ?なにあれ……?」

 近付こうとしたツナギ。シュウカはその制服の裾を握って止める。

「ん?どうしたのシュウちゃ……」

シュウカの方を振り向くとシュウカの後ろ側にも同じ黒い塊が見える。そしてそれはぶくぶくと沸騰した液体のような動きをしだす。

「え」

それはあっという間に大きくなり、3m以上はある高さの塊となり、そして動いていた部分はタコの手足の様にくねり、吸盤の様な丸い斑点がいくつも出てきた。それは人間にすると目ん玉の部位のような、ようなというよりだった。

「な、に、これ……」

「…………」

シュウカは怖がっているのか、俯いてツナギの袖を握ったままでいる。ツナギも逃げなきゃと思いながらも足も動かずその場で立ち尽くしているだけでいた。

「ひ…………」

恐怖で悲鳴もでないツナギは助けを呼ぼうにも呼べない。



なんで

なにこれ

さっきまで普通にいつも通りだったのに

なんで

気持ち悪い

逃げれない

どうしよう

どうしたらいいの

誰か

誰か助け────


 刹那、一匹の黒いアゲハチョウが目の前を通り過ぎる。


ツナギにはそれがあまりにも不自然でスローモーションで見え、まるで足跡のようにソレが飛んだ跡を鱗粉がキラキラに輝かせる。

(私、現実逃避してるんだ。こんな綺麗なモノをみてるなんて夢をみてるんだ)

ツナギは思っていた。

「夢じゃないわよ」

と、声が聞こえるまでは。


「え?」

声のした方を向くと、そこにはクラスメイトのチョウチョがいた。

「え、なんで、冬乃さん……」

思考が追い付かなくなっているツナギ。

「それより、なんか、気持ち悪いものが……!」

ツナギが先ほどの黒い謎の塊を指差すと、くねり動いていたはずのソレは全く動いてる気配がしなかった。

「え……」

それどころか辺りを見渡すと空の雲は動かず、そしてなんの音も聞こえず、世界から切り離されたような。そんな気がした。

「とりあえず、それを出して。」

チョウチョはツナギのポケットを指差す。

「えっ」

指差された方へ視線を向けると、なんだかまばゆく光っていた。


「出して。」

「は、はい」

言われるがまま、それを出すツナギ。それはあの時にチョウチョから受け取った小さい巾着袋。

「あ、これ冬乃さんから渡された……」

「……貴女もね。」

と黙っていたシュウカの方を向きチョウチョが言う。

「…………」

シュウカは黙りながらもスカートのポケットからツナギが渡された物と同じ物を取り出した。

「えっシュウちゃんも受け取ってたの?」

「…………」

「時間がないわ、次にそれの中身を出して祈り願いなさい。」

「え、祈るって?」

「……なんでもいいわ。現状を打破するためには《錬金少女れんきんしょうじょ》になるしかない」

「れんきんしょうじょ?」

「そう、だから祈って。そしたら道は見え、それを進むしかなくなるけれど。ここで死ななくてすむわ」

「よ、よくわかんないけど……!」

巾着袋から中身を取り出すツナギ。

「ただの……石?」

それは見た目はその辺の川原に落ちているような石。けれどなぜか光っている。

「賢者の石よ。聞いたことくらいあるでしょ?」

「漫画くらいでは……」

「いいから早く。その石に祈り、願えば成れるから。」

「ええいもう……!」

そうするしかないとチョウチョに囃し立てられ石を両手に握り、その両手指を絡ませ、願う形をとるツナギ。そしてシュウカ。


すると声が聞こえた。

[我ハ光ナルモノ ソノ役目カラ全テヲ終息サセル]

実際には聞こえたのでなく、ツナギ自身が発していた。

[我ハ土ナルモノ ソノ役目カラ全テヲ始マラセル]

シュウカも同様に言葉を紡ぐ。


 次の瞬間、光に包まれた。眩しくて目を瞑り、開けるとなにやら自分達の服装が違っていた。

「えっ?えっ?」

困惑するツナギ。その格好はプレートアーマーにも似たもので簡易的ではあるが、上半身は金属でできた鎧、肘の上から手の先まで金属で覆われている。短めのスカートに、膝上まではまた金属のブーツを履いていた。髪には鎧を模した冠のようなものを着けている。そして石を握っていた両手はいつの間にか剣を手にしていた。

「ほぇ~……」

黙っていたシュウカもこの時ばかりは声を漏らす。

シュウカは黒色のフードが付いているコートを肩から羽織っており、中にはフリルもあしらわれた白いブラウスと黒いスカートを着て、黒い長めのブーツを履いている。髪飾りとして右側に黒い薔薇が付いていた。手には身長の倍はある長さの大きな鎌のような武器。


「終わりましたか」

その姿を見てもなんの表情も変えずにチョウチョは続ける。

「只今より儀式の手筈は調いました。これより貴女方を《錬金少女》とし、儀式を始めます。」

「……ちなみにソレらは儀式には関係のないモノですので排除をよろしくお願いします。」

と淡々と進めていくチョウチョ。

「えっちょっとまっ」

「ではこれで。私の役目は儀式の進行および監督役ですので。」

「必要がありましたらお呼びください。その内容次第ですがお伺いしましょう」

「また、その石は好きな形に変えてくださって問題はないので普段持ち歩きの際は手放さないような物にしておいてください。」

そう告げるとチョウチョの姿は薄く消えさった。


「い、行っちゃった……」

「…………ツーちゃん、くるよ」

「え、来るってなにが──」

 言い終わるか終わらないかのうちに、二人の頭上の間からなにかが振り下ろされる。

「ひゃっ」

ツナギはとっさに振り下ろされたモノの後ろへ跳ぶ。

「わわっ」

自分が思っていたよりも飛距離が伸び、側にあった住宅の煉瓦に着地した。

シュウカも後ろへ跳んだようで、二人は左右に分かれてしまう。

「ど、どうすれば」

黒い不気味な塊は二つ。ツナギが行動に迷っていると、シュウカがそのうちの一つに向かって走っていくのが見えた。

「シュウちゃん危なっ」

近付くほどくねったモノを振り下ろしてくる塊の間間を抜け、シュウカは上に跳び鎌を振り下ろす。その鎌は先ほどよりも大きくなったように見えた。


 鎌が塊を捉え、真っ二つに引き裂かれる謎の塊。ソレからは断末魔のような声が聞こえた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

その声は聞こえなくなり、塊もいつの間にか消えていた。

「す、すごい」

シュウカの動きに釘付けになっていたツナギ。もう一つの塊が背後からツナギを襲う。

「ツーちゃん!」

とっさに見えていたシュウカは知らせる。

「え?」

ツナギが気づいた頃にはソレの一部が振り下ろされていた。

「ひゃぁっ」

ツナギは持っていた剣でソレを斬る。

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」

「ひっ」

斬られて分裂したそれはツナギの隣で断末魔をあげ消えた。

ソレをツナギが見ているうちにシュウカはもう一つに近付き、鎌を横に凪いだ。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛」

もう一つも消え、シュウカはツナギに近寄る。そしてツナギの手を取り、道に降りる。

そうすると、二人は元の姿に戻っていた。


「なんだったの?夢?」

 未だ信じられないツナギ。

「夢じゃないよ……」

とシュウカは握っていた石をツナギに見せる。ツナギの手にもまた石が握られていた。

「また……こんな事が起こるの?」

ツナギは不安になる。さっきまで普通に友達とパンケーキを食べおしゃべりしていた高校生活。いつも通りの日常。それがあまりにも唐突に終わってしまった。こんな夢みたいなゲンジツで。

「これが、ゲンジツ……なんだよ」

とシュウカはツナギに言う。普段なら真っ先に根をあげ泣きにはいりそうなシュウカがいつにもまして冷静だった。

そんな違いにすら気づかないほどにツナギは動揺していた。

「ツーちゃん、帰ろっか」

「……うん」

二人は足早に家へ帰った。

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