第九話 「偶然ナル繋ガリ③」
「…………」
「ふぅ、やっと一息つけたね」
「…………」
「ここなら見つかる心配もないよ。私も、君もね」
そこは学園で普段使われていない空き教室。中には使われてないがために埃を纏った机と椅子が規則正しく並んでいる。
「ここは私の隠れ家みたいなものだよ、1人になりたい時とかに使う用の──」
1人で話を進めるナルのジャージの袖を軽く引っ張るキラ。そしてキラは自分の携帯を取り出し、なにかを打ち込み画面をナルに見せる。
〔あんたバカじゃないの?〕
〔アタシを助けてまた王子様気取り?〕
〔しかもなに?全速力って、配慮が足らなさすぎるんですケド?〕
息を切らしたまま勢いよく携帯で文字を打ち続けた。
〔そもそもアタシはあのままでも問題なかったし!?それをなに勝手に〕
「あはは、ごめんごめん。かっこつけちゃったね」
笑って誤魔化すナルに、やるせない思いでいるキラ。
〔またそうやって〕
「まぁいいじゃない。あ、そうだ、そろそろ時間かな?」
〔?〕
誰も来ないはずの廊下に足音と何かが転がる音が聞こえたキラはナルの方を向き睨み付ける。
〔あんたさっき見つからないって言ってたわよね?〕
「ん?いやファンとかマスコミじゃないよ」
〔は?じゃあなんなのよ〕
「あーいや、これからここで私個人の予定があってね」
〔はー?なんでそんなところにアタシまで〕
「おっきたきた」
ガラガラと横開きの教室のドアが開き、ユウを先頭に三人が入ってくる。
「あっ鳳来先輩!お疲れ様です!昨日ぶりです!」
「やぁ夕ちゃん。昨日はありがとう、色々参考になったよ」
「いえいえっ私なんかの走り方でよければ……ってえっとそちらは……」
「ほわぁー!音無綺楽ちゃん!?!?」
「こらっシュウちゃん声おっきい」
「ふぇ!ごめんなさい!でもでも本物だ!!わぁスタイルいい~顔ちっちゃい~」
「ほ、本当にごめんなさい、この子いろいろミーハーで」
「えー?ツーちゃんだってシウのこと言えないじゃん~」
ユウの後ろでわちゃわちゃしだすツナギとシュウカ。
「あははとても賑やかだね。ちょっと色々予定が変わってね、先に着くことになったのもだけど、この子も同席させてもらってるよ」
「なるほど、そちらが噂の音無さん……」
ナルの隣で不機嫌そうにいるキラ。ナルにしか見えないように携帯の画面を向ける。
〔なにこの子達〕
「そうだね、互いに自己紹介しよっか」
画面を見るなりキラの方は無視して話を進めるナル。
〔いやなに巻き込んで──〕
「私は三年の鳳来 南瑠。昨日夕ちゃんと話してとても気が合ってね。今日も良かったらおいでって呼んだんだよ。よければ友達も。迷惑だったかい?」
「いえいえ!とんでもないです!」
「あははそんなに気を使わなくて平気だよ。で、隣にいるのが顔は知ってると思うけど音無 綺楽。同じ三年で私のクラスメイトだよ」
「ほえ!クラスメイト!」
まぁよろしくと頭を軽く下げるキラ。
「はいはーい!こちらはまずあたしが網走 夕といいます!それでこっちの可愛いちんちくりんしたのが……」
「ちんちくりんってなに!?えっと~大元 秋叶です!へへへ」
シュウカはツッコミながらも終始ニマニマしていた。
「あ、で、私が前倉 津凪です。夕とシュウちゃんとはクラスメイトで、高校二年になります。」
「そっかそっか、津凪ちゃんに、秋叶ちゃんか。本当に聞いてた通り賑やかで仲良くて楽しそうだね。」
「はい!」
「えっ夕、なに話したの?」
「ふふ、なんでも~?」
ツナギ達の絡みを微笑ましく見守るナル。その袖をまたキラは引っ張り携帯画面を突きつける。
〔それで?これどうするのよ。〕
「これとは?」
〔はぁもうほんとあんた会話にならな──〕
と打ちかけ、キラは何かが見つめる視線を感じそちらへ向く。その先にはシュウカが目をキラキラさせキラの方を見つめていた。
「わぁー!!」
(な、なにこの子)
「カエルネコさんだぁ~!!」
(は?)
「わぁ!これ限定5個しか作られなかった幻のカエルネコさんですよね!?どうやって手にいれたんですか~?」
シュウカはキラの携帯に着いていたストラップに釘付けになっていた。
(あ、なんだストラップ?それにしてもすごい食いつきよう……)
キラはしょうがなく携帯の画面をシュウカに向ける。
〔仕事で貰ったの〕
「ほぇ~そうなんですね!?すごーい……」
「すみませんこの子、そのキモカワイイ?みたいなキャラクターが好きみたいで……」
〔いいのよ、別に私も嫌いだったら着けてないし〕
「え!?音無さんもカエルネコさん好きなんですか!?」
〔え?いや好きってほどでも〕
「カエルネコさんいいですよね!みんなにキモカワイイとか言われるけど……キモイがわからなくて!こんなに可愛いのに……」
食いぎみに話すシュウカに文字を打つスピードが間に合わないキラ。
(まぁ好きってことでも問題ないか)
キラがシュウカとツナギの二人と話してる間に、ナルはユウと部活関連のことで話し込んでいた。その様子を横目にキラはこの後をどうするか悩んでいる。
(南瑠の邪魔するのもなんだし……帰宅するには早いし、どうするかな)
「あの、音無さん。」
(ん?)
声のした方を向く。
(たしかこっちは津凪って子だったっけ)
「失礼……だったら申し訳ないんですけど。もしかして活動休止したのって……」
〔そうよ。声がでなくなったの。〕
「やっぱり、そうですよね……。その、そんな時に──」
〔気にしなくていいわよ。アタシだって成り行きでここにいるんだから。だいたいは南瑠のせいだしあなた達は関係ないわ〕
ツナギが言い終わる前に画面を見せるキラ。
〔そもそも何ででなくなったとか全然わからないのよ。原因は探ってはいるけどね。だから無期限なだけで。治り次第復帰するつもりではいるし。〕
と文字を打ちながらキラはなんてしょうもないことを書いているんだろうと思う。
自分を知ってるとはいえ、ファンというわけでもなさそうなツナギに対して復帰宣言。しかもそれは建前。
原因がわからないということは余計にいつ回復するかもわからない。ということになり、そもそも治らないという選択肢もありうる。そんなどうしようもない、詭弁を並べたところで仕方ないのだと。無感情ながらに思い耽っていた。
「でもシウは今の音無さんと出会って好きになりましたよ?」
唐突にかけられた言葉。
「もともと知ってはいましたし。テレビの中での音無さんのファンではありました。でも、それは音無さん自体を好きとかじゃなくて……」
少し言葉につまるシュウカ。思っていることがうまく言葉にしづらいらしい。
「んーと、えーと音無さんとは、今初めて出会って。テレビでみてたよりずっとスタイルよくて顔も小さくてすごく可愛い!とは思いますけど。でもここで出会った音無さんはテレビなんかじゃなくって……えっと……」
「そうだね。音無さんはここにいて成り行きとはいえ私達と話してくれてる。優しい人だもんね。」
ツナギがシュウカのフォローをする。
「うん!だから、シウ達の前でアイドルらしくなくても、それはそれで音無さんなんじゃないかって思います!」
「…………」
黙って携帯に文字を打ち込むキラ。先ほどまでとは違い一文字ずつ丁寧に打っていた。
〔そうね。今日は成り行きとはいえあなた達と出会えてよかったわ。〕
〔ありがとう〕
笑顔で画面を見せたキラ。
「ふわぁ~やっぱり本物のアイドルの笑顔は違うね~!」
「シュウちゃんそれ今言ってたことと矛盾しない?大丈夫?」
「まーまーそういうところが秋叶のいいとこでしょ」
いつの間にか話を聞いていたらしいユウ、ナルも会話に加わる。
「ふふふ、綺楽は有名人だったからね。友達が少ないからありがたいよ」
〔いやなんであんたが感謝するのよ。別に友達少なくないし〕
五人は笑いながらその後も楽しい時間を過ごしていた。
教室全体が夕陽で赤く染まる。
眩しいようで寂しいような気持ちに誰もがどことなくなっていた。
「そろそろ暗くなってしまうし、今日はお開きかな」
「そっか~楽しかったのになぁ~」
シュウカが嘆く。
「ふふ、それはよかった。やっぱり呼んでよかったよ。綺楽にも友達が私以外にできたみたいだしね」
直後にキラからの肘鉄を食らうナル。
「またいつか時間が合ったら、こうして会おうね」
「鳳来先輩、忙しいですもんね。夏休みの大会楽しみにしてます!」
「私達も応援いきますね。」
「それは嬉しいな。ありがとう」
「帰り道はわかるかい?」
「来た方向に戻るので大丈夫です!三人いますし!」
「そっか、じゃあ私達はここで」
「本当に楽しかったです!」
「次は音無さんに似合うカエルネコさん持ってきますね!」
〔あ、うん、ありがとう〕
(結局好きってことになってるのか)
「じゃあまた!」
使われていない空き教室が賑やかだった時間が終わり、また元の静けさが訪れる。
「君も、たまにはこういう時間もいいだろ?」
〔もしかしてわざとアタシをここに連れ込んだの?〕
「いや、成り行きさ」
〔そ、まぁなんでもいいわ〕
「君の帰りは少し心配だし、私が送ろうか?」
〔また変な勘違いされるからいいわ。マネージャーにでも連絡するから〕
「じゃあ迎えがくるまで、一緒にいるよ」
〔好きにすれば〕
静寂。でもそれはただ虚しいだけの静かさとは違い、少し心地よさも感じる。
初夏の夕暮れ。どこからとなく夏を告げる虫の音が聴こえるようだった。
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