第23話 燎原の送り火

 何もない宙を踏み、闇夜を駆ける。


 受付嬢の報告を聞くや否や、俺は屋敷の窓から飛び出し、空を走り出していた。


 マントもコートも倉庫に投げ入れ、今の俺はシャツ一枚。出来るだけ身軽にし、風を切る。


「いた……! 間に合ったか……!」


 前方、眼下。闇に浮かぶ燎原の炎と、それを取り囲む騎士共の影。悪趣味な黒い馬車が一台と、馬に乗った老人が一人。


 行けるか? 知るか! このまま行くしかねえだろう!


 俺は空中で軌道を調整し、


「っしゃオラァ!」

「がっ!?」


 加速度を利用して地上の騎士を蹴り飛ばし、着地。


 黄金の炎の海の中心、少女は魔女狩りの丘で別れた時のままの姿で、


「エマさん、何故……!?」

「かわいい嬢ちゃんが困ってるって聞いてなァ! おっさん、空飛んで来ちまったぜ!」


 俺はギーリに挨拶かまし、即座に両の剣を抜く。


 さっきのは間隙走法の応用。落下速度と弾く力の推進力を組み合わせた、空中疾走だ。森の上を渡るのとは訳が違う。正直二度とやりたくねえぞオイイ!


 ヴァイスの騎士は、空から降ってきた俺を見るなり指輪を掲げ、


「何だお前は!? 首輪はどうした、犬め!」

「うるせえ! この人でなし共が!」


 返事と共に斬りかかるが、俺の剣は当然届かない。


 剣撃を圧力で押し返す、炎の盾。こいつもルーガ貴族のお家芸の外装だ。


「クズが! 邪魔をするな!」

「ずおっ!?」


 突き出される炎を剣をスウェーでかわし、たたらを踏む。続いて目に足に、騎士はこっちのやべえとこを狙い斬り込んでくる。クゾッ、人間相手がここまでやり難いとは……!


 騎士とはつまり、人狩りに特化した戦闘部隊。俺の十五年、切った張ったの技はあくまで魔物相手のもんだ。


 加えて、やはりリーチの差。


 平民の魔力じゃ、俺の力じゃ炎の剣とかち合う長さの外装を作れねえ。空間斬撃で剣を断ち斬ったとして、効果があるのは一瞬だ。すぐさま剣を再生成されたら意味がねえ。たが、ここまで来て負けられっかよ!


 攻めあぐねながらも、俺が踏み込もうとした、その時、


「うおあちっ!」

「ぎああっ……!」


 青い炎が鼻先をかすめ、相手にしていた騎士が一発で蒸発した。


 おいでなすった! 遅いぜ、真打さんよ!


 闇夜に走る、青い炎。黒衣の騎士は颯爽と馬から飛び降り、


「法務の、ぐああっ!」

「ヴァイス様、助け……!」


 夜に溶ける漆黒のマントを翻し、青い炎でクソ騎士共を燃やし裁いていく。


 次いで、馬に乗った黒い騎士団が到着し、ヴァイスの騎士共と対抗する。俺も負けじと、怯んだ騎士をどついて転がす。


 執行騎士、フォル・クローワは馬上の老人に向かい、右手の杭を静かに構え、


「ヴァイスよ、目に余るな」

「これは執行騎士殿、一手遅れましたな……!」

「審問の必要は無いようだ」


 全身から放たれる魔力の波動。強烈な威圧感で、夜闇を黒く塗り込めていく。


 切り込む執行騎士を見て、俺は感嘆した。あの杭に纏わせている外装の刃、炎の剣。それが特別なものでないと分かったからだ。


 炎ってのは青い方が温度が高い。つまりは、クローワさんの魔法の出力が半端ねえっつー単純な理屈だったんだ。


 騎士を焼き消し、クローワはその青い炎を霧散させ、


「ぬんっ……!!」


 今度は杭を捻るように持ち、宙に突き立てた。その途端、


「ぐっ!?」

「動かっ……!?」


 周囲の騎士の動きが、いや、外装の動きがその場にぴたりと固定された。何だ? 魔力をその場に縫い付けた……?


 そうか、これが魔剣の力。ガランダの言っていた対魔法戦の技ってやつか! 相手が魔法を使う騎士なら覿面な能力だ……!


 そして、


「ぎあっ……!」

「うがっ……!」


 動きを止めた騎士が次々と突き殺され、形勢が逆転していく。この人数相手に一方的だ。正に無双。もうこのオッサン一人でいいんじゃねえか。


「く、お……! 魔剣……!」


 斬り燃やされる手下を見下ろし、領主の目が魅入られたように濁っていく。そして、クソ爺はその感情を爆発させるように馬車の壁をガツンと殴り、


「小娘共を放て!」


 途端、黒い馬車の格子戸が開き、中から少女達が飛び出してきた。解き放たれた少女達は悲鳴を上げ、俺達の間を半狂乱になって逃げ惑う。


 バッ……カ野郎ッッ……!!


「何ということを……!」

「いけないっ……!」


 俺とクローワが歯噛みし、ギーリが炎を消去し、全ての魔法が平原から消え失せた。その中でヴァイスの騎士共はすぐさま体勢を立て直し、


「きゃっ、ああっ……!」

「ギーリ!」


 あとはあっという間だった。混乱の中ギーリが連れ去られ、クソボケ領主はまんまと逃亡。


 俺は闇夜に消えたクズ共の尻に目掛け、


「畜生め! クソッ、戻ってこい!」


 あらん限りの声で吠え立てた。


 残された俺達。周囲では、法務の黒騎士が少女達をなだめている。


 クローワは杭を腰に納め、部下達に、


「保護した娘達の身元を確認し、ファイントに送り届けろ」

「はっ!」


 それから黒い馬に跨り、今更俺に気付いたのか、


「エマ、何故戻った……」

「俺はあの娘を助けると決めちまったもんでね」


 俺の答えに執行騎士は何も返さず、馬を蹴立たせ行ってしまった。法務の騎士達もその行動は迅速。少女達を抱えて馬に乗り、ファイントの方角に消えていった。


 一人残された俺は、省みる。


 歯を食いしばり、剣の柄で腿を叩く。


 引き返すべきだった。引き返してグウェンを連れてくるべきだった。これは焦って一人飛び出した、俺のミスだ……!


 残り火の立つ夜の平原。煙を揺らす冷えた風。


 切り替え、俺がファイントに戻るとを決めた時。背後の闇、暗がりの向こうから何かの音が近付いてきた。


 蹄の音だ。


 顔を上げた直後、目の前を走り過ぎる一頭の白い馬。その乗り手と、一瞬視線が交差する。


「フラザー!」


 フラザーは白いマントをなびかせ、クローワが追った先、東へと、ヴァイスの方角へと消えていった。


 ああ、そうだな。


 俺は両の剣を鞘に納め、力の限り拳を握り、


「このまま終わらせてなるもんかよ……!」


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