第21話 月下の騎士(1)

「この歳で深夜の仕事はこたえますね……」

「何言ってんだ、お前は俺と同い歳だろうが。それとも一緒に引退すっか?」


 星の少ない、月の光の明るい夜。イヒト議員から教えられた貴族の屋敷に詰めて、今日で三日目。


 屋敷の中は精鋭の騎士様達が見回るってんで、俺達の持ち場はここ屋外。てな訳で、綺麗に刈り揃えられた芝生の上にリベリーと二人、仲良くケツを並べてる。


 リベリーは屋敷の壁に背を預けながら、俺の手元を見やり、


「それより、隠形なんていつの間に会得してたんですか?」

「こう見えて日々研鑽を積んでんだよ、俺あ」


 これはルーガに戻ってくる時に習得した、空間魔法の応用。周囲の魔力や音に対象を限定し、空間の穴に吸い込ませ気配を消す。リベリーの言う通り、隠密技だ。


 シヴルに会ったのは無駄じゃなかった。この歳でまだ成長できるなんて機会は稀だ。


 俺は屋敷の壁に頭を預け、月夜を仰ぎ、


「しかしまあ、貴族ってのはどうしてこう敵を作りたがんのかね……」

「どうにでもなると高をくくった始末が、今のファイントですよ。後のことなんか考えてないんでしょう」

「あの議員さんが呼び掛けた途端、娘のいる家は血相変えてギルドに雪崩れ込んできたもんなあ」


 ギーリとの合流は叶わなかったが、今の俺達は話し合い通り、俺はこうしてフラザーを待ち伏せ、グウェンは少女達の保護を受け持ってる。


 ちなみに、この屋敷の貴族はギルドマスター本人が護衛に来ないと納得しねえと抜かしやがった、本物の間抜け野郎だ。


 俺は空席になった左腕を見下ろし、


「こっちも進展無しだが、あっちは大丈夫なのかね」

「あっちは人の心の問題ですから、難しいでしょうね……」

「ああ、あの歳のガキに貴族だなんだは関係ねえ。可哀そうによ……」


 そう、問題は魔女の嫌疑を掛けられてひでえ目に会った嬢ちゃん達だ。何せ、今まで味方だと思っていた大人達に裏切られたんだ。俺達が急ぎ保護したものの、嬢ちゃん達はまともに話も出来ねえほど怯えちまってた。


 グウェンが必死に介抱してるが、とにかくやりきれねえ。嬢ちゃん達は自分を守ってくれる、圧倒的な力を持つ魔女にしか心を開かなくなっちまったらしい。


 リベリーもそのことを考えていたのだろう、


「グウェンは年下に好かれますからね、大丈夫ですよ」

「何故だか知らんが、人気あっからなあ、あいつ……」

「まあ、半々ですね」


 何だそりゃ? 俺が顔を向けるとリベリーは、


「グウェンは人に説くのが、人を育てるのが上手いんです。何せツェンタイルは女王仕込みの教養がありますから。色んな職員の相談に乗って、色んな知識を与えていました。グウェンのおかげで研究者として働けるようになった子も、上級探索者になった子もいました」

「へえ……」


 俺はファイントに来る途中の魔力講義を思い出し、理解した。探索者として食い詰めたグウェンは、お母ちゃんと同じやり方で信頼を得ようとしたに違いねえ。道理で、人に教え慣れてる訳だ。


 俺が得心していると、リベリーは先程と同じ調子で、


「しかし、ルーガはツェンタイルと人の土壌が違う。知人が魔女だと知ったら、持ち上げますか? いいえ、利用します。グウェンの性格と事情を見抜いた人間達は研究の協力を依頼し、その結果で得た功績でさっさと出世した。使い捨てられたグウェンには、何も残らなかった」

「お前が言ってた不利益ってのは、そのことだったのか」

「自分は使えない魔女を有効活用しただけ。ルーガが嫌なら、魔女の森に帰ればいい。子供のままの見た目が男に媚を売ってるようで、視界に入れたくない。男みたいな口調が意味不明で気色悪い。女性同士の内輪の会話は、容赦が無いですよ」

「おっかねえ……」


 半分ってな、敵のことか。


 迷宮同様、ギルドに関わればそこに人間関係が生まれて当たり前だ。それに、グウェンはありゃ仕返しを考えるような性格じゃねえ。陰口を叩かれたら、魔女の自分に原因があったと閉じこもっちまう。


 それでつけ上がる奴等が沢山いたんだろう。


 リベリーは少しだけ晴れた様子で、


「十年です。十年掛かりました。グウェンを騙した人間達の多くが実力不足で困窮し、逆に友人としてグウェンの周りにいた人間達がその立場を逆転させるまで」


 眼鏡のブリッジを指で上げ、優男に似合わない固い声で、


「僕らは彼女に恩がある。うちの受付の子達のグウェンに対する信頼、過保護に見えるかもしれないそれは、感謝と、それから純粋な好意だ」


 なるほどな。


 ファイントの受付嬢達がグウェンに惚れこんでる理由が、これで分かった。


 それに、イリーザのこともだ。


 イリーザ達もグウェンに色々教わった時期があったに違いねえ。だが力を得たイリーザは自分達のキャリアを優先し、グウェンを置き去りにしちまったんだ。


 仕方ねえことなのに、イリーザは今でも自分を許せずにいるのだろう。ならばせめてと、グウェンを袖にした奴等からグウェンを守ろうとしてくれてんだ。


 俺は心の底からそのことに感謝し、あえて笑い、


「あとは打算だろ?」

「それはまあ、僕らももう大人ですから」


 リベリーは苦笑し、俺の皮肉を受け取った。


 グウェンは言っていた、嫌なヤツにならずに済んだと。だから、あいつの周りにはこんだけ沢山のダチが残ってる。


 十年。


 苦しかったが、無駄じゃなかった。それが分かった今夜は、いい夜だ。相手がリベリーだってのが、まあ、微妙なトコではあるが……。


 笑い終えたところで、俺はふと屋敷の空気に違和感を覚え、ケツを上げた。首の探索者登録証を外し、空間倉庫に投げ入れる。


 真面目面になった俺を、リベリーが見上げ、


「来たんですか……?」

「ああ。相手は貴族だ、強制力を使われると厄介だからな。お前は増援を呼びに行ってくれ」

「時間が掛かりますよ」

「もたせて見せるさ」


 言って、俺は背後の窓を音も無く開け、屋敷の中に飛び込んだ。はいよ、御免なすって。


 右の剣を抜き、間隙歩法で足音を消しながら、無駄にでかい階段を上る。


 二階に上がり、向かって右の廊下。窓から侵入したらしいその男は、剣を片手に堂々と立っていた。


 金髪に猫目。白いマントと旅装に身を包んだ、一人の騎士。


 フラザー・ノイモート。


 忠国の騎士様とやらは、臆面も無く俺に向かい、


「お久しぶりですね、探索者さん」

「そうだな、副隊長さんよ」


 見張りがいない。俺が目だけで周囲を観察すると、廊下の至る所、わずかに残る焦げ跡を見付けた。


 この短時間で、勤めてた騎士共をあっさり全滅させたってか……。


 俺が一歩近寄ると、フラザーは一歩退き、


「あなたと接近戦は致しません」

「つれねえ野郎だ」


 クソが、相変わらず分かってやがる。俺あ近付かねえと何も出来ねえんだよ。


 俺は仕掛ける隙を伺いながら、


「ギーリに会ったぜ。ありゃお前さんの妹なんだろ?」

「ええ、いい子でしょう」

「その妹に関して、ちっくら話してってくんねえかなあ」


 挑発兼、時間稼ぎ。俺の提案に、フラザーは優雅に微笑み、


「ええ、喜んで。あの子の話ならいくらでも」

「んじゃ、単刀直入に聞くぜ。お前さんの目的は?」


 夜風に揺れるカーテンと、窓から覗く丸い月。


 騎士は右手に剣を構えたまま、


「魔女を自然に還すのです」


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