第17話 凍える夜に時を止めて
ツェンタイルの女王の館。広々とした、暗い自室。
「すまねえ、グウェン……」
「なんでエマが謝るの」
大きな大きなベッドの上、ボクはエマの胸に抱かれながら、横になっている。
師匠はボクが使っていた部屋をそのまま残しておいてくれた。無駄に大きなベッドは寒々しくて好きではなかったけれど、エマと二人で眠れる今はありがたかった。
師匠との話を終え、この部屋に辿り着いてすぐ、エマはそのままベッドの上に倒れこんだ。それでも、エマが僕より先に眠ることは、絶対に無い。
エマはヴァイスの森でしてくれたように、ボクの頭を優しく撫でて、
「お前はもう、人目を気にすることなんかない。そのまんまでいい、そう言ったのによ……」
厚い胸板を膨らませ、苦しそうに息を吸い、
「俺あまだ、お前の居場所になれてねえ……」
「エマ……」
生まれた時から、ボクにはずっと居場所が無かった。
ボクがまだ赤ちゃんだった頃、ボクは何処かの誰かに捨てられた。師匠はそのボクを拾い、大切に育ててくれた。
広い館に師匠と二人。幼いボクにとっては師匠が全てで、ここが家だった。
八つか九つになって、館に来る色々な人と話すようになって、女が自分のことをボクと呼ぶのはおかしいことだと、ようやく知った。
人間にも性別があると知ってはいたけど、ボクは普通じゃない師匠と二人きりだったから、普通というのがどんなものなのか、全然分からなかった。
『あなたはそのままでいいの。それがあなたなのよ』
師匠はそう言ってくれたけど、やっぱりボクは普通になろうと、自分のことを私と呼ぶことにした。
でも、ダメだった。
いくら真似ても、魔女であるボクは普通になれなかった。
次第にボクは諦めた。ボク以外の、誰かの私になることを。
何をしても、普通になれない。誰を真似ても、同じになれない。
そのことに関して、師匠は誰よりも厳しかった。ボクが魔女だと、人間ではないと、容赦なく現実を突き付けてきた。
同じでなければ、人は人と一緒にいられない。
でも、ボクには同じ魔女の師匠がいる。だからボクは、師匠のために働こうと思った。師匠が必要とする何かになりたかった。
でも、またダメだった。魔女はそれぞれが独立した個体で、それぞれが全く異なる性能を備えた、不老の生命体。
魔女は孤高。
師匠は絶対で、完全だったから。師匠は何者も必要としなかったから。だから、ごめんなさい、師匠。ボクは師匠と同じになれなかった。
師匠がボクに笑い掛けてくれるたびに、ボクはいたたまれなくなって、恥ずかしくなった。ボクは師匠に相応しい娘になれなかったから。あとちょっと愛が重かったから。
同じでなければ、人は人と一緒にいられないから。
この館がボクの家だと、ずっと思ってた。でも違った。ボクの居場所なんて、最初から何処にもなかった。だからボクはこの国を出て、一人で生きようと思った。
ずっと寂しかった。
寂しさなんて、すぐに感じなくなるから。師匠はそう言ったけど、ボクは人の間で生きるのが、ずっと寂しかった。
涙が溢れ、零れて落ちる。
零れた涙はすぐに凍って雹になり、エマの胸を滑っていく。
涙すら、ボクは普通に流せない。
でも、今日知った。伝えてくれた。
同じじゃなくとも、普通でなくとも、誰かの傍にいていいんだって。
そのことを教えてくれたのは、僕とは違う、普通の人間である君なんだ。
「いいんだ、エマ……。もう、何も言わなくていいから……」
そう、言葉なんていらない。
こんなボクでいいなら、君が望むなら、いつまでだって傍にいる。
大きな体の上、覆い被さるように身を起こす。君との距離を近づける。
そう、だから、
「息が止まるくらい、長いキスを――」
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