役割分担②
「さて! 残るはわたしたち2人だね!」
あいこはしんみりした雰囲気をリセットするように手を叩き、声を張り上げた。
「まずはあやめちゃんだね、役職を決めるにあたって特技を聞かせてほしいね」
「特技ですか、お習字、ボールペン字、速記文字の講座を習っております」
文字系の分野に偏っているなあとなすびが思っていると、『速筆文字ってなあに?』とあいこが質問した。
「速筆文字と言うのは直線や曲線で言葉を表現することで、スピーディーに書くための文字のことですの、例えば」
あやめは黒板に複数の線を書く。パッと見、2人にはただの線にしか見えなかった。
右斜め上の線、眉みたいな線、下方向に曲がった器みたいな線、上方向に曲がった逆さ向きの器みたいな線、長い水平な横棒、この5つが書かれている。
あやめは『早稲田式速筆文字一覧表』と書かれた下敷きを鞄から取り出し、2人に差し出す。
「こちらで何が書かれているか読んでみてください」
どれどれと2人で顔を寄せて一覧表を見る。
「まず、1番目は『と』ね」
「次は『も』? じゃなくて短いから『ま』だね」
「その次は『あ』で間違いなさそうね」
「次は隣の『い』だね、待って、もしかして最後は……」
笑顔であいこは最後の文字であろうところを見る。予想通り、その文字が当たりだった。
「最後は『こ』で『とまあいこ』、すごい! わたしの名前だ!」
あいこはその場で両手を万歳させる一方で、なすびは『ホントだ』と感心していた。
「普通に文字を書くよりこちらの方が早いのです」
「ところでこの早稲田式ってあるけど他の書き方もあるの?」
純粋に興味が湧いたため、なすびはそう質問した。
「はい、他には『中根式』『衆議院式』『参議院式』があって、今の『早稲田式』と合わせて4大速記文字と呼びます」
『へえ』と感嘆の声を漏らしていると、あいこが『じゃああやめちゃんは書記で決定だね』と言った。生徒会みたいな役職が与えられているなあと思ったが、特に異議はなかった。『書記 鏑木あやめ』の文字が黒板の中央に追加される。
「最後はこのわたしだね!」
あいこは教団の前に立って胸を張る。そんな彼女に対して『では、戸間さんの特技をお聞かせください』とあやめは言った。
「戸間あいこです、特技は動き回ること、喋ること、歌を歌うこと、犬の真似、いっぱい食べること、緊張しないこと、木登り……」
喋る度に声量が低くなっていく。後半は声ではなく呻きと呼ぶべきものだった。
あいこは教壇に顔を埋める。
「どうしよう! これじゃあわたし、いらない子だよ!」
「そ、そんなこと……」
なすびは頭をフル回転させる。そうだ、今度は自分が元気づける番だ。
今、彼女が言った中では『よく喋ること』あたりがキーワードだ。要するに、コミュニケーション能力の塊なのだ。これを活かすとすれば――
「仕方ないね、これからは戦隊ものに出てくるザコキャラみたいに全身タイツを着て下っ端Aとして」
「広報なんてどう?」
耳を塞ぎたくなるようなネガティブ発言をするあいこに向かってそう提案した。あいこはその体勢のまま顔だけをなすびに向ける。
「広報?」
「うん、同好会の勧誘とかPRとか、そういうのを中心にやってほしいなって」
我ながらうまく考えたなとなすびは思った。あやめの加入もあいこの行動が大きく作用しているのだから。コミュニケーション能力の高さ故に、あいこにはうってつけだ。
「あと、役職とは違うけど、誰かと交渉する機会があったら頼りにしたいわ」
「交渉係だね! 任せてよ!」
すっかりあいこは自信を取り戻し、顔をあげて再び胸を張る。
「それと、いくつも頼んで悪いけど、副会長もお願いしたいわ、なんとなくだけど、わたしがいない時に同好会を任せられそうなのは戸間さんだと思ったから」
「わたくしも異論はありませんわ」
あやめも同調する。しかし、あいこは『うーん、わたしで大丈夫かな? まだ全然勉強進んでないし』と難色を示す。
「戸間さん、『チャレンジは無駄にならない』でしょう?」
「そうですわ、その時はわたくしも当然サポートします」
「あっそうか、ごめんね自分で言ったことなのに」
『えへへ』とあいこは照れくさそうに自分の頭をかく。
この時、なすびは安心した。一見怖いものなしに見えるあいこにも、不安なことはあるんだなあと。確かに彼女は自分にはない能力や魅力がたくさんあるが、それでも同じ人間なんだ。
『いよっし、いっちょやるよ!』と言って自分で『副会長兼広報 戸間あいこ』と自分で書いた。
そのあいこの字は、やはりあやめの書いた字の中で一際存在感を放っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます