ゴーストメカニック
役割分担①
あやめの加入から2週間後、あいこは放課後の1年A組の教室になすびとあやめを呼び出した。
あいこ
2人は最前列の中心に近い席につき、あいこは黒板の前に立っている。
「それでは、ミーティングを始めるよ」
あいこは早速『今日の議題』と黒板に書き込む。しかし、その字はお世辞にもうまいとはいえず、書く度に字の位置が斜め下にずれていく。低身長が災いし、初期位置もそこまで高くない。
それでも『ふん! ふーん!』と気合を入れて懸命に背伸びしているあいこを見かね、あやめが『わたくしが書きますわ』と言って交代し、一旦あいこが書いた文字を消して書き直す。
その字はあいこと比べても、否、下手な教師よりも綺麗な字だった。
なすびは世界史の
そのあまりの綺麗さに、いつもは元気なあいこも圧倒され『これは素直に任せた方がいいね』と引き下がる。
結局、なすび1人が座り、2人が立つという状態になった。
「それで、どうしてみんなを集めたの?」
なすびがそう聞くと、あやめも『わたくしも気になっていました』と言った。
「あのね、やっとメンバーも3人に増えたよね」
座っているのはなすびだけだが、あいこは教室全体に向けるようにそう言った。
「だから、役職が必要だと思うの」
「役職ねえ」
そういえば今までその部分はなあなあにしていたなあとなすびは思う。
「まず部長、じゃなくて会長はなすびちゃん一択だよね」
確かにそうなるだろう。現状一番専門知識があり、同好会の創立者でもあるなら名実ともに相応しい。
しかしと、なすびは思う。彼女はコミュニケーション能力の不足を自覚している。あいこやあやめがたまたまコミュニケーション能力をそこまで必要としない相手であるだけで、ここから先、その能力をこちらが要求されるタイプの人間が現れるかもしれない。
そう考えると、自分が会長でいいのかと不安になった。
「わたしで、いいのかな……」
気付いたらそう口から言葉をこぼしていた。『なんで?』と疑問を持ったあいこが質問する。
「だって、わたし、集団をまとめあげるとか、自信ないし」
俯いて、ぼそぼそとした声でそう言った。いつもそうだった。集団を先導して何かを成し遂げた経験は今までない。そういうことなら、あいこの方が圧倒的に優れている。
「でも、なすびちゃんがリーダーじゃないとわたしたち、何もできないよ」
「そうだけど、わたしはそんな器じゃないよ」
机の上で両手を握りしめる。手の中にじんわりと汗が出てきた。
駄目だ、自分の駄目なクセだ。気付いたらいつも後ろ向きなことばかり口にしている。家族や先生からもそのクセは直せとずっと言われていたのに。それが今まで人を遠ざける原因になっていたというのに。
「あっ違うの、今のは」
深刻そうな顔をするあやめの顔を見て、気まずい空気にしてしまったと我に返って慌てて訂正しようとすると、『なすびちゃん』と優しく諭すような声が聞こえた。あいこの声だ。なすびが気付かないうちに、彼女はなすびの隣に来ていた。
「あのね、会長さんが全部をしょいこむ必要はないと思うんだ」
なすびの左手を、あいこは保護するように両手で包む。
「苦手なこととかできないこともあると思うけどさ、それはみんなで支え合えばいいと思うよ、そうしているうちにさ、それがなすびちゃんにもできるようになるかもしれないよ、きっと」
「そうかな……」
「なすびちゃん、わたしは今、栽培の勉強をしてるところだよね? それって無駄なことかな?」
『そんなことない』、なすびははっきりと言い切った。あいこが苗を植える姿を、作業一つ一つを楽しそうにやる姿を、苗を植えた後にハイタッチした時のあの嬉しそうな表情を思い出す。あれが無駄なわけがない、無駄になんてさせない、なすびはその時にそう決意したのだ。
「じゃあさ、なすびちゃんのチャレンジも無駄にならないよ、もしかしたら失敗する時だってあると思うけど、無駄にはならないし、させないよ」
この言葉を聞いた次の瞬間、なすびの口から出た言葉は『ありがとう、やるわ』だった。これもまた、自然と口からこぼれた言葉だった。深刻な顔をしていたあやめは表情を微笑えませ『決定ですね』と静かに言った。
初めてだった。今までは『でも、だって、自信ない、みたいな言葉を使うな』とか『とにかくやってみろ』等と圧力をかけるようなことを言われていた。彼女にとって、それはただただ苦しい言葉だった。
『無駄にはならないし、させないよ』、この言葉が彼女にとっては何よりも心強かった。
あやめが『会長 千両なすび』と縦書きで黒板の中心より少し右の方に書く。
あやめは全ての字を正しい書き順で書いていた。『な』を書く時に下の曲線より点の方を先に書いているところを見て、曲線を先に書くクセも直した方がよさそうだとなすびは思った。
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