よろしくおねがいいたします

 苗の植え付けを終えた2人は、手分けして荷物をまとめて手に持つ。

 もう行こうかという話になったところで、『こちらにいましたのね』という声が聞こえた。

 この品のある声、2人にとっては聞き覚えのあるものだった。


「鏑木さん」

「あやめちゃん!」


 鏑木あやめが物陰のそばから、2人に向かってお辞儀をした。


「あなたたちを探していましたの」


 あやめがそう言って2人に近づき、鞄から1枚の紙を取り出した。


「これって……」


 なすびはそれを見て驚いた。それは無理もない話だった。


「あやめちゃん、もしかして」

「ええ、わたくしもお仲間に入れていただきたいのです」


 その紙は、既に必要事項が記入してある入部届だった。


「入部届を提出する前にご挨拶をした方がよろしいかと思って探していましたの」

「そんな、わざわざありがとう」

「それに、入ってもよろしいか確認もしなければいけないですから」

「もちろんいいよ! ねっ、なすびちゃん?」

「ええ、もちろん、よろしく」

「はい、よろしくおねがいいたします」

「でも、なんでうちを?」

「せっかくハーブを育てるなら、同好会を通して知識を学んでいきたいと思っておりましたの」


 なるほど、確かにハーブの栽培も『学校菜園』のうちに含まれるとなすびは納得した。

 たとえ野菜ではなくても純粋に活動内容に興味があり、意欲があるなら大歓迎だ。


「あとこちら、お近づきのしるしに」


 あやめはそう言って鞄から2つの小袋を取り出した。


「うちの会社で発売している新商品の入浴剤ですわ、是非お二人に」

「会社……会社!?」


 なすびはメーカーを確認する。『カブラギ社』、有名な入浴剤の会社である。


「うそ……じゃあ鏑木さんって……」

「社長令嬢さんだね!」

「嘘でしょう……」


 確かにどこかのお嬢様かなとは冗談半分に思っていたが、まさか本当にそうだったとは。

 なすびは立ち眩みがしてその場で片膝をつく。


「なすびちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫……」

「まあ大変、血行促進やリラックスなどの効能もあるので是非お使いください」

「あ、ありがとう」


 震えた手で入浴剤を受け取る。その青と白の2色の袋ですら、あやめの手から渡されると中に金粉が入っているのではないかと思えてくる。

 一方あいこは友達からプレゼントをもらう感覚で普通に受け取っていた。それこそなすびからエプロンをもらった時と同じレベルの反応だった。


 社長令嬢、こんな人物をメンバーに加えて大丈夫なのだろうか。先程まで純粋に歓迎していたが、一気に不安になった。



 あやめからもらった入浴剤を、なすびは早速使うことにした。変に取っておくと逆に威圧感があるのでさっさと使って袋をゴミ箱に捨てたかった。


 風呂蓋を左からめくりあげると湯気が一気に漏れ出す。

 切り口から袋を開ける。中身は水色の粉で、ミントの香りがした。


(ミントの入浴剤なのね、金粉じゃなくてよかった)


 安心したなすびはそれを、ふりかけをかける要領で風呂に入れていく。

 すると一気に透明なお湯は水色に染まっていった。

 なすびはまたいで浴槽の中に入る。彼女が入ったことで容積が増えたが、お湯はギリギリであふれなかった。

 

 鼻をミントの香りが突き抜けて脳が冴えわたり、肌に清涼感を覚える。

 なんて気持ちが良いのだろう、夏にぴったりな涼しいお風呂だ。自分の体が綺麗になっていく感覚になる。


(そっか、こんなお風呂に毎日入ってるから鏑木さんはあんなに綺麗なんだ)


 そう考えると、あの美貌にも頷けた。

 風呂から出たら夕食、その後はハーブについての勉強だ。これからはハーブも取り扱うのだから、それについても調べておかなくてはならない。

 確かに今日は知識不足の状態でミントの苗選びに挑んだ。だからあれで本当に正解だったかはわからない。

 あいこは『それでもできる限りのことをやるのが大切だ』と言った。だが、いつまでも『できないまま、わからないまま』でいるわけにもいかない。もし課題が残る結果になったら、それを改善していかなくてはならない。そして、そうすることを人は『成長』と呼ぶのだ。


(よし、頑張ろう)


 なすびは改めて決心し、水飛沫みずしぶきをあげて立ち上がった。

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