どれにしようかな、どれにしようかしら
初心者でも育てやすい品種。
なすびが育てたことがない品種。
せっかくなら少し変わった品種。
この3点を考慮して2人で話し合いをした結果、候補は『甘っち』と『さくらほっぺ』に絞られた。
双方多収穫なのは共通しているが、『甘っち』は高糖度、『さくらほっぺ』は独特の食感と耐病性が差別点となっている。
「ねえなすびちゃん」
「何?」
「さっきほっぺを触って思ったんだけどさ、すごく気持ちよかったんだよね」
「そう」
「だからさ、なすびちゃんのほっぺも触らせてよ」
「えっなんで?」
「それで気持ちよかったら『さくらほっぺ』にしたい!」
どういう理屈なのだろうかとなすびが思っていると、あいこは『それじゃあいくよ』と言ってなすびのほっぺを両手の人差し指と親指で優しくつまんでこねる。
「ほう、ふむふむ」
自分はいったい何をされているのだろうかと思っているうちにあいこは手を放した。
「決めたよ! この『さくらほっぺ』がいい!」
(わたしのほっぺ、お気に召したみたいね)
あいこの決定に対して、なすびは特に異議は唱えなかった。せっかく同好会に入って初めて苗選びをするのだから、彼女の意思を最大限尊重するつもりだった。
「次はどの苗を選ぶかね」
「それはなすびちゃんに任せるね、元気な子を選んでね」
「うん、せっかくだから苗の選び方を教えるね」
「よろしくお願いします、なすび先生」
あいこはその場で背筋をピシッと伸ばす。
「まず、茎が太いものを選ぶといいわ」
「そうだね、ガッチリしてて強そうだもん」
「次に、葉っぱが分厚くて色が濃いものがいいわ」
「葉っぱもガッチリだね」
「そして最後に、すでに花が咲いているのが理想的ね」
「そっか、もう咲いているなら実がつくことがもう決まってるようなもんだからね」
「そういうこと、この条件をすべて満たしてるいいのがあったわ、これにしましょう」
なすびは自分にとっての『ベストな苗』を見つけ、それを手に取った。
それは彼女の言う通り茎が太く、葉の色は濃くて分厚く、黄色い花が既に咲いているものだった。
それを植物苗用の買い物かごに入れ、レジへ向かおうとすると、後からあいこに背中を引っ張られた。
「どうしたの?」
「あそこ見て」
あいこが指さしたのは、ハーブの苗が置いてあるコーナーだった。そこには滝井高校の制服を着ている少女が1人で立っていた。
後頭部をバレッタで留めており、おっとりとした印象を与えるたれ目、右目の下の泣きぼくろ、そして、一目でわかる大きな胸が特徴で、茶道で茶碗を持つような要領でミントの苗を持つ姿は気品にあふれている。
あいこに釣られてその少女を見ていると、少女は2人に気付いてそちらに顔を向けた。あいこは少女に向けて大きく手を振る。
「戸間さん、知り合いの人?」
「ううん、初対面」
(初対面でこの調子とか流石戸間さん)
なすびが苦笑いしていると、あいこはその少女に近寄って『こんにちは』と挨拶する。少女の方も『こんにちは』と品のある声で挨拶を返す。
流石になすびも黙って見ているわけにはいかなくなり、あいこに続いて近づき、挨拶した。
「あのね、わたし、1年A組の戸間あいこって言います」
「わたくしは1年E組の
「じゃああやめちゃんだね!」
「ふふっ面白い子、あなたの妹さんですか?」
「いや、わたしは1年C組の千両なすびで、姉妹じゃないの」
「ということはお友達?」
この質問に『そっそれは……』と
「それでね、わたしたちは学校菜園同好会なんだ!」
「菜園とは、素敵ですね」
「あっありがとう」
なすびは俯きながら礼を言った。
「あの、お願いがあるのですが」
あやめは遠慮がちにそう言った。『お願い?』となすびが聞くと、『実はですね』と話し始めた。
「わたくし、アップルミントを自室で育ててみたいと思うのですが、どの苗が良いかと悩んでいまして、困っていましたの、だから、学校菜園同好会のお二人からアドバイスを頂きたいのです」
なすびは迷った。別にアドバイス自体は構わないが、ハーブとなると専門外だ。
「いいよ! 私たちに任せて!」
しかし、あいこが迷わず承諾したため、『ええ、わたしたちで良ければ』と口にしてしまう。あやめは『ありがとうございます』と丁寧に頭を下げた。
「ちょっと、わたし、ハーブはわからないよ」
なすびはあやめに聞こえないように小声であいこに耳打ちする。
「大丈夫、わたしたちならできるよ、それに、助けを求めてるんだから力になりたいよ」
「まあ、確かにそうだけど……」
「見てて、なすび先生に教えてもらったことを役に立ててみせるから」
『よし』とあいこは自分の頬を両手で張り、気合を入れる。
まずは茎が太いかどうかだ。茎が細いものを候補から除外する。
次に、葉が分厚くて色が濃いものだ。これでさらに候補を3つに絞る。
「見て、これ葉が傷んでるところが多いからやめた方がいいわ」
「ホントだ、じゃあ残りは2つだね」
なすびの指摘でその苗を除外し、残りの2つを見比べる。片方は花芽がついており、もう片方には一切ついていない。
「花がついてる方がいいなら」
「戸間さん、ストップ」
なすびはそう声をかけて止めさせる。
「どうしたの? 花がついてるといいんだよね?」
「葉を収穫するタイプなら逆に花は咲いてない方がいいわ、栄養が種を作る用に回されちゃうから」
「なるほど、じゃあこっちだね」
あいこは選んだ苗をあやめに渡す。それをあやめはうっとりとした目で眺めた。
「素晴らしい苗です、お二人とも、ありがとうございます」
「ううん、役に立ててよかったわ」
「元気に育ててね!」
「はい」
あやめは再びお辞儀をして歩いてレジへと向かっていった。
「戸間さん、これでよかったのかしら?」
「ん? なんで?」
あいこは目を丸くしてたずねる。
「だって、わたしたちはそんなに詳しくないし、もしかしたらあの中にはもっといい苗があったかもしれないのよ」
「うん、そうかもしれないね」
「だったら」
「でも、あやめちゃんはわたしたちしか頼ることができなかったんだよ、一番いいものが選べるとは限らないからって見捨てることはできないよ」
なすびはハッとした。そうか、あの時の自分は一番いい結果にこだわり過ぎて、自分にもできることすらやろうとしなかったのか。
「戸間さんって、すごいね」
「ううん、なすびちゃんの方がすごいよ、なすびちゃんがいなかったらお花が咲いてる方を渡すところだったよ」
いや、あいこがいなかったらそもそも手を差し伸べることができなかった。それが彼女の持つ特殊な能力なんだ。
そう素直にそう告げるのが恥ずかしく、その気持ちは心の中に留めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます