戸間トマトに戸惑う

 共同スペースを後にした2人は、ホームセンターサカタへと向かった。

 目的は野菜苗の購入である。今あるスペースに丸型のプランターを置いてミニトマトを育てることになっており、これはあいこが入会する前から計画されていたものだ。


 ミニトマトは栽培初心者向け野菜の代表格だ。苗から育てれば栽培期間は短く、うまくいけば多収穫が期待でき、丈夫である。

 それと同時に脇芽わきめかき、支柱への誘引、葉の剪定せんてい、病気や害虫対策といった野菜栽培の基本を無理なく身に着けることができる。

 また、コンパニオンプランツやあえて脇芽を残す栽培といった応用的なことにも挑戦できる。


 つまりミニトマトを育てれば、自然と栽培のスキルが身につくのだ。これはなすびも通った道である。


「ふんふんふん」


 あいこはホームセンターに来てから自作の鼻歌を奏で始める。


「ここってさ、いろんなものが置いてあるよね、見てて飽きないんだよねえ」

「てことは園芸用品売り場も見たことあるの?」

「うん! 植物園みたいで楽しいよね!」


 もしかしたらある程度は目で見て何かを学習しているかもと期待したのだが、多分これ以上掘り下げても何も出てこないだろうと思い、なすびは『そうね』と適当に相槌を打つ。


 そんな会話をしていると、野菜苗のコーナーに辿り着いた。あいこは早速目を輝かせ、野菜苗を見回る。

 あいこが驚いていたのは野菜苗の見た目だ。『茄子ってこんな形のところから生えてくるんだー』とか、『へー、ここから枝豆ができるんだー』といった具合で一々感心していた。

 そして、トマトの苗のところに行くと、『トマトの葉っぱってこんな感じなんだね、ヨモギみたい』とやはり感心していた。


「それにしてもさ、いろんな種類があるんだね」


 あいこの言う通り、トマトの苗の種類は豊富だった。ミニトマト、中玉トマト、大玉トマトがまとめて置いてある『トマトコーナー』がわざわざ作られるほどだ。


 2人はその中のお目当てであるミニトマトコーナーへと向かった。


「なんか、個性的な名前だね」


 苗のラインナップを見て、開口一番にあいこはそう言った。


『リコピット』、『カロテンキング』、『天使の卵』、『エメラルド』、『千房せんふさ』、『あまっち』、『さくらほっぺ』。

 彼女の言う通り、苗に刺さっているポップには個性的な名前が、その裏にはその品種に関する細かい解説が書いてある。


「不思議だね、葉っぱの形や色はみんな似たようなものなのにね」

「まあ、一応同じトマトだし、とりあえず一個ずつ見ていきましょうか」


 なすびはまず、『リコピット』を手に取る。


「『リコピット』はリコピンが普通のミニトマトの3倍多いことをウリにしてるみたいね」

「そっか、赤いから通常の3倍なんだね!」

「それは赤い彗星の話だし、トマトは大抵赤いから」

「なすびちゃん! 今日もナイスツッコミだよ!」

「ありがとう……」


 喜んでいいのだろうかと思いながら次の『カロテンキング』を手に取る。


「『カロテンキング』はカロテンが普通のミニトマトの3倍多いことをウリにしてるみたいね、色はオレンジっぽいのね」

「えっと……通常の3倍だけど赤じゃないしなあ……」

「戸間さん、無理してボケようとしなくていいからね」

「ボケつぶしとは高度なことしてくるね」

「……戸間さん、楽しい?」

「うん!」


 屈託のない笑顔であいこはそう返事する。

 そっか、楽しいのか、ならいいやとなすびは思った。


「次はこれ、『天使の卵』ね、卵型になる黄色のトマトで酸味とゼリー質が少なくて子どもでも食べやすくて病気や裂果れっかにも強い、わたしも去年はこの品種を育てたわ」

「そうなんだ! ところで裂果って何?」

「水のやり過ぎが原因でトマトの皮に切れ目が入っちゃう現象のことよ、一応食べれるけど見た目的にはよろしくないわ」

「てことは綺麗な形に育てやすいんだね」

「そういうこと」


 やっとまともな会話ができたと喜びつつ、なすびは次の『エメラルド』の苗を手に取る。


「これは……緑色のトマトね」

「緑? あんまりよく知らないんだけど緑のトマトってまだ熟してないんじゃないの?」

「この品種は熟しても緑のままみたいね、熟したかどうかがわかりにくいし、ビギナーには向いてないかも」

「うんと、緑ってことは赤の3分の1」

「次、行きましょう」

「はーい」


 新技のボケつぶしを活用して話を強引に進め、次は『千房』を手に取る。


「これは多収穫、耐病、耐虫に優れた品種で、スーパーに売ってるミニトマトは大抵この品種らしいわ、まあ無難な選択肢ね」

「でもさ、せっかくなら変わったものを育てたいよね」

「戸間さんいいことを言うね、わたしが去年育ててた時に天使の卵を選んだのはそれも理由の1つだったから」

「せっかくだから星形になるようなやつとかやってみたいね」

「食べづらそうね、それ」

「考えてみたらそもそもあんまりおいしくなさそうだね」


 自分から言い出したのに酷い言い様だなと思いつつ、次の『甘っち』を手に取る。


「糖度が9~10の高糖度がウリみたいね、収穫量も多いみたい、これも育てやすい品種ね」

「糖度10ってどれぐらい甘いんだろうね、ちょっと調べてみるよ」


 あいこはすかさずスマートフォンで検索する。


「柑橘類と同じ、てことはみかんと同じぐらいってことだね、だとすると相当甘いよ」

「これも有力候補ね」

「うん!」


 ついに最後の品種、『さくらほっぺ』を手に取る。


「これはほっぺみたいに柔らかくて弾力がある品種みたい、多収穫で病気にも強い品種ね」

「あと、色がピンク色になるって書いてあるね」

「だから名前に『さくら』が入っているのね」

「ほっぺか、ちょっと確かめてみるよ」


 あいこは両手で自分のほっぺをムニムニと触り始めた。


(何このかわいい生き物……)


 変形していくあいこの顔を見て、なすびはそう思った。

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