ハーブ香るお嬢様
部室
翌日、あいこは入部届を提出して正式に学校菜園同好会の一員となった。
その放課後に2人が訪れたのは、3階にある『同好会共用スペース』である。
同好会には専用の部屋はなく、元は空部屋だった場所を複数の同好会が共同利用する形になっている。
「わあ! いっぱい置いてあるね!」
あいこは部屋の中心でくるりと一回転した。スカートがふわりと舞い、なすびの目に白のショーツが映り込む。
「ちょっ戸間さん、もし今のを誰かに見られてたら……」
慌ててドアの方を見る。開けたままだったが、誰かが通った気配もない。なすびは胸をなでおろした。
「ああごめんごめん、えへへ」
あいこは笑顔で頭をかくと、改めて部屋を、ゆっくりと顔を動かして眺めていた。
壁に沿うように棚が設置されており、1つの同好会に与えられるのは学校机の
「なすびちゃん、せっかくだから他の同好会のものも見ていかない?」
「まあ、ちょっとだけなら」
今日、最低限やるべきことは終わっている。サニーレタスの様子見だ。それも特に変わった点はなかったため、後は実質フリータイムだ。
「なすびちゃん」
キョロキョロと部屋を見ながらあいこは言った。
「何?」
「今までは暇な時間ってどうしてたの?」
「そうね、今までは栽培計画を立てたり、栽培に関する本を読んだり、パソコン室で野菜の品種について調べたりしていたわ」
「そっか、お勉強熱心なんだね」
「あっありがとう」
「わたしも頑張ってお勉強しないと!」
「そうね、でも、実践で覚えるのが一番早いと思う」
「そうだね! わたし、感覚派だから!」
確かに物覚えは良さそうだとなすびは思った。
実際あいこは1週間も経たないうちにクラスメイト全員のフルネームと主な趣味を丸暗記していた。しようとしていたわけではなく、自然と頭に入っていたのだ。
「ねえ見て! 面白いものがあるよ!」
早速何か発見したそうだ。なすびはあいこに近寄って覗き込む。
そこにはトランプ、シルクハット、マント、白い手袋、大きめの布、ステッキなどが入っていた。
棚の上に貼ってあるラベルシールを確認すると、案の定『手品同好会』と印字されていた。
「中にハトさんいないかなあ」
「あっ勝手に触ったら」
あいこがシルクハットを上に持ち上げると、中から魔法使いの格好をした二頭身の豚のぬいぐるみが出てきた。
このキャラクターのことを、なすびは知っている。マジョブーというキャラクターだ。
『魔法少女リリカルピッグ』という女児アニメのマスコットキャラクターで、とにかくその見た目の愛らしさがなすびを
(はあ~かわいい)
なすびが頬を緩ませたのをあいこは見逃さなかった。マジョブーのぬいぐるみを持ち、『なすびちゃんと握手したいんだブー』と裏返った声を出してぬいぐるみの前足を動かす。
「だからその、同好会の備品だから……」
『ふふふっそう言って本当は僕と握手したいんじゃないかブー?』
「うう……」
あいこによって動かされる短い前足が愛おしかった。
(そうよ、ちょっとだけ、握手するだけなら、減るものなんてないし)
遠慮がちになすびは手を出し、そして握手した。その手を軽く上下に振り、マジョブーの顔を見つめる。
『これでなすびちゃんとお友達だブー、だからハグしてほしいんだブー』というあいこの声ではない幻聴が聞こえてきた。
「うん、わかった」
そのままなすびはマジョブーを両手で引き寄せて抱きしめた。彼女の手と胸にふわっとした柔らかい感触がした。
「はあ、幸せ」
「あのお」
しかし、部屋の外から聞こえた声で現実に引き戻される。おそるおそるその方を向くと、女子生徒が目を丸くして立っていた。
「えっと、手品同好会なんですけど」
「あっ」
なすびは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして俯く。
「あの……なんかすみませんでした」
消え入るような声でなすびはそう言い、そっとマジョブーのぬいぐるみを戻すが、手品同好会の女子はそれを再び手に取った。
「あの、もしよかったらあげますよ」
「いや、その……いいです」
「代わりのぬいぐるみならたくさんありますし、このぬいぐるみも自分のことを好きな人と一緒にいた方が嬉しいと思いますし」
「あっどうも……」
震えた手でなすびは人形を受け取った。
その女子は手品の道具を一式持っていき、『では、わたしはこれで』と言い残して去って行った。
シーンと静まり返ったところで、あいこが口を開く。
「なすびちゃん、次、見ていこうよ」
「戸間さん、もうおしまい」
「行こうよ行こうよ!」
「お・し・ま・い」
一語一語強調して言うと、あいこは『はーい』と言って観念した。
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