なすびの憂鬱

 滝井高等学校に入学してから2か月が経過したが、千両せんりょうなすびが入学早々設立した学校菜園同好会の会員は、未だに彼女1人だった。


 なすびが野菜の栽培に興味を持ったのは中学2年生の時、職場体験で農家を訪れたことがきっかけだ。

 この時期に野菜の値が高騰していたことをニュースで見たことも合わさり、作ってみようと思ったのだ。それで自家栽培を始め、完全にのめり込んでいった。


 プランターや移植ごてといった用具・道具を集め、簡単な葉物野菜から始め、成功した時は兄や姉から褒めてもらえた。

 背伸びしてイチゴの栽培をし、肥料のやりすぎで肥料焼けを起こして枯らした時は、逆に慰められた。


 同好会、及び彼女に与えられたスペースは、校舎裏の一角だった。わずか一平米のスペースの中に、所狭しと横幅70cmのプランターが3つ並べられている。


 現在育てているのは『レッドカーテン』という品種のサニーレタスである。春または秋から種をいて育てることができる品種であり、5月の中旬からプランターに筋蒔きで植えたのだ。

 それが今、芽が出て本葉が付き、丈が5㎝ほどまで成長している。赤紫と緑の2色で彩られた若い葉が、プランターの形に沿うように一列に並んでいる光景はなんとも美しい。


「はあ……」


 しかし、その光景をしゃがみ込んで見ながらなすびはため息を吐く。


 滝井高校に園芸部などがなかったため、こうして自分で同好会を作ったが前途多難だった。

 そもそも、部活動には部費が出るが、同好会には会費は一銭も出ない。以前は同好会でもなけなし程度には活動費が支給されていたが、適当な名前の同好会を作ってそのまま放置し、活動費だけをかすめて遊びのために利用したという前例があるため、このような処置をとっている。

 つまり、活動のための道具は全て自前である。


 そして、同好会を作ってからも、入りたいという声は一切耳に届いてこない。一応ポスターを自作して下駄箱近くの掲示板に貼り付けたのだが、効果は全くなかった。


 でも、これはこれで良かったのかもしれないとなすびは思った。彼女は生まれつきの口下手で、今まで友達も全然できず、いじめられることこそなかったもののクラスでは浮いた存在だった。人目を惹くその美しい容姿も、その一因である。


 そしてそれは、高校でも同様だった。すぐに一定の距離を置かれるようになり、彼女自身もその扱いを黙って受け入れた。


 そうだ、考えてみれば簡単なことだ。同好会は自分1人しかいない状態で、しかもその自分が浮いた存在なのだ。

 わざわざそんなところに飛び込んで行こうなんて考える人間は、それこそ余程のモノ好きしかいないだろう。


 仮に同好会に誰かが入ったとして、時が経つにつれてその人と円滑にコミュニケーションができずに気まずくなっていくだけだ。それなら1人の方が楽なのかもしれない。

 そう考えると、現状を前向きに見ることができた。前向きなのに後ろ向きな思考だなあと、なすびは自嘲的に笑う。

 すると今度は下駄箱前に1枚だけ貼ってある勧誘ポスターのことを思い出し、急に恥ずかしくなった。いろんな色のボールペンとカラーペンを駆使して描き上げた手作り感満載のポスター、もしかしたらそれを見た誰かから笑われているかもしれない。

 そう考えたらいてもたってもいられない。早速剥がしに行こう。

 そう思い至った、その時だった。


 雑草を踏む足音が表から聞こえる。それは明らかに、徐々にこちらに接近している。何だろうと思い、音がする方を向くと、物陰からこちらを覗いてくる少女がいた。顔の位置的に背が低めなのだろうと思った。

 明らかに怪しいのだが、なすびは不思議と彼女を警戒しなかった。


「こっこんにちは」


 おそるおそるあいさつすると、元気な声で『こんにちは!』と返してきた。そのまま少女は横向きに飛び、全身をこちらに露にする。なすびの想像通り、小柄な少女だった。


「こんにちは、学校菜園同好会ですか?」


 笑顔で寄ってくる彼女を見て、なすびは確信した。


 彼女は、今まで会ってきた人間とは違うと。

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