第25話 対決

 真の勇者の姿を認めた俺は、驚愕の余り射精しかけた。

 しかしそこは魔導士長という立場もあり、かろうじて堪えることができた。


「ルル様、あれは……」


「ああ、勇者だね。あれが勇者だったんだ」


 ショスケも激しく動揺している。

 国王軍をほんの一瞬の間に壊滅させ、魔王城を消し去り、その過程で最高の僧侶を葬り去った少年。

 まさに人智・魔智を超えたその存在に、戦慄しない者などあろうものか。


「さて、どうしますかな?」


 ショカミが長いひげをしごきながら、問いかけるでもなくつぶやいた。


「正直打つ手なし、かな。とりあえず戦うしかないだろうけど、多分負けるね」


 俺にはもう分からなかった。

 勇者を見ても、特に脅威は感じなかった。

 魔力も特に強いわけではなさそうだし、筋力も大したことはなさそうだ。

 だが、それゆえにこそ、分からないのだ。

 そんな平凡な少年が、なぜあれほどのことをできたのか。

 俺が知っている力ではない力を持っているからに違いない。

 つまり、俺の分析は何の役にも立たないのだ。


「あ、跳んできました!」


 ショスケが叫んだ。

 

 速い。

 高い。

 鐘が消えた。


「ショスケっ!!」


 ショカミが叫んだときには、ショスケは消えていた。

 恐らくあの鐘にやられたのだろう。


「あの鐘、やっかいだがもうないな」


「御意。攻撃手段が減りましたな」


 言いながらショカミは両手を前に出し、力を勇者に放出した。


 勇者の体がぐらりと揺れる。

 しばらくその場でぶるぶると震えると、そのまま地面に叩きつけられた。


「すんごいね、重力まで操れるんだ」


 にこにこと微笑みながら、何事もなかったように勇者がショカミのすぐそばに浮いていた。


「でもさあ、魔力で重力操れるってことはさあ、魔力と重力、他の力も一緒だって気づいたってことでしょ?」


 何を言っているんだ、一体。

 どうしたらいいんだ。

 俺は戸惑い、勇者に話しかけた。


「さすが勇者、そこまで分かっているとは。すべての力の根は一つ。魔力も機械力も何もかも、すべては世の理を利用しているだけに過ぎない。それをその年で理解しているのか?」


 とにかく時間を稼ぐんだ。

 そして何か、何か思いつくんだ。

 あいつを止める何かを。


「時間稼ぎしてるね。でも付き合ってあげる。だって、こんな会話もうできなくなるんだもの。これから世界は魔物のいない時代を迎える。君たちが最後の大物の魔物、それも飛び切り上等の魔物で、もう二度と君たちみたいな賢い魔物と話す機会はなくなるのだから。大丈夫、君たちのことは必ず僕が記録に残しておく。だから安心して絶滅してくれ」


 この自信。

 ぶれない心。

 そして絶対的な力。

 これほど頼もしい存在は、神以外ないのではないか。


「ありがとう。そしてさようなら。なぜならお前は俺たちに勝つことは決してできないからだ」


「ああ、怒らせようとしてるね。でも怒らないよ。僕、怒るって分からないんだ。だってほら、世界がどうなってどう動くのか、すべて分かってるから。何がどうなってこうなったかが分かれば、怒りなんか湧きようもないじゃない」


 うーん、なんか面倒くさいやつだな。

 正直もう話したくないなあ。

 何だろう、スペシャルなんだろうけど、こじらせてる感じが半端ないな。


「えと、もういいや。とにかく攻撃するわ」


 俺は閃光矢を最大出力で放った。


 勇者は避けるでもなく、受けるでもなく、浮いたまま攻撃を浴び、そして無傷でまだ浮いていた。


「だから、僕はこの世の理をすべて理解して、使うことができるんだよ。どうしてできるのかそれは分からないけど、とにかくできるから、君たちの攻撃は無意味なんだよ。魔物を絶滅させるために与えられた能力だから、君たちにはどうしようもないよ」


 何だろう。

 俺たちをなぶってじゃれているんだろうな。

 面倒だし、いっそ殺してくれないかな。


「なあ、もう終わりにしないか。魔王城も消えたし、俺たちも特に頑張ることもないんだよね」


「ルル様、そんなことは」


「ショカミ、あなたもそうでしょ。息子さんも亡くなったし、こいつにはどうやっても勝てないし、魔王様もいないし、こいつは絶望的に性格悪いし。さっさと殺してもらった方がどれだけましか」


「あ、僕は性格悪くないよ。君たち魔物がいけないんだよ。とにかく君たちがいけないんだ。そう、君たちが悪いんだーーーーーーーーーーーーーー」


 ガッッツン

 

 痛ったい。


 気づくと、俺は地面にめり込んでいた。


そうか、勇者に蹴られるかなにかして地面に叩きつけられたのか。

 一撃でもう動けなくなったことを、俺は確認した。


「あ、まだ生きてた? ごめんね、一撃で殺せなくて。じゃ、次で死んでね」


 勇者がトコトコと歩いて近づいてきた。

 さすが世の理をすべて理解している者。

 俺が手足も動かせないことを完全に理解している。

 

「じゃ、これで終わりっと」


 勇者が足を上げた。

 そして、その足が下ろされた。

 俺の体の上に。

 死んだ。

 

 あれ?

 死んでない?


「ルル様、勇者が、勇者が倒れましたぞ」


 あ、効いたんだ。


 逸失魔法。

 核魔気共鳴魔法(NMR:Nuclear Magical resonance)。

 強烈な魔気を一瞬だけかけて生体の持つ魔核を共鳴させ、その際に発生する魔波から生体内部を精確に把握する魔法。

 勇者が近づいてくれたから、この魔法で体内の様子を把握することができた。

 そこに遷移魔法で、折れた歯を勇者の心臓に直接送り込む。

 奴の体はまだ小さく、大動脈もそれほど太くはない。

 そこに歯がはまり、血液が滞留し、そのまま死亡。

 

 というシナリオが、これほどうまくはまるとは。

 正直驚いた。


「ルル様、勇者に勝ちましたな」


「ああ、よかったですね。とはいえ、このままでは私は死んでしまいます。助けてください」


 運が良ければ助かるかもな。

 俺はそう思いながら、意識を失った。

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