第24話 ヨハイネとマーカス

 平原のいたるところから湯気が立ち上る。

 行軍中のいつもの朝。

 とはいえ、今回は総勢15万2千人の超大集団だ。

 朝食を取るだけのこの光景でも、壮観たることこの上ない。


「我が軍は満ち満ちておるな! 野に山に 溢れんばかり 勝利かな。どうだ、なかなかいいだろ」


「ヨハイネ閣下、まことに、まことによい歌だと思います。すでに我が軍は勝利のただ中にあるのです。そういえば、先ほどの閃光、あれはドラゴンの炎だそうです。いよいよ勇者たちと魔王軍の戦いが始まったようです。昼ごろには大勢が決しましょう。それまでは大いに英気を養っておきましょう」


「ときにマーカス、あの煙は何だ? 何か赤くはないか?」


「は? 赤、ですか?」


 マーカスは傍に控える近習に”探ってこい”と指図した。


「すぐに状況が分かると思います」


 ゴッッガーーーーーーン


「お、おい、何だ今のは?」


 ゴッッガーーーーーーン

 ゴッッガガガガガーーーーーーン


「閣下、とりあえず退避を!!」


 マーカスが慌てて叫ぶと同時に、雨が降って来た。


「赤っ、赤いぞ!」


「血?」


「肉?」


「手?」


「足?」


「目?」


 そう、人肉の断片が大量の血とともに降り注いできたのだ。


「マ、マーカス、これはいったい…」


「分かりません! 逃げましょう」


 ゴシュッ


 マーカスが言うと同時に、何かがヨハイネの上に落ち、圧し潰した。


「ヨハイネ様っ!?」


「マーカス様、こちらに!!」


 近習に連れられてマーカスはその場を後にした。


「ヨハイネさまーーーーーー」


「マーカス様、馬から落ちてしまいます。前を向いてください!!」


 後ろを向くマーカスの視界に、血煙が広がるのが見える。

 血の濃度がぐんぐんと増して、ついには血しか見えなくなった数瞬後、不意に血が消え始めた。


 徐々に開ける視界。


 その中に見えてきたもの。


 赤黒い異形の塊。


 その塊がぶるるると震えた。


 赤い飛沫が四方に飛び散る。


 出てきたもの。


 それは、巨大な鐘を持った、小さな人間だった。


「ザバネスっ!?」


 マーカスの叫びに、ザバネスは微笑んだ。


 そして回転した。


 ゆっくりと回転し、そのまま回転を続け、まだまだ回転し、円盤のような形になり、ゆっくりと元のザバネスに戻った。

 そのときには、鐘はひとつ減っていた。


「何をしたんだ?」


 マーカスにも、その周りの者にも、誰にも何も分からなかった。

 ただ、巨大な災害に巻き込まれた哀れな人間として、彼らはいた。


 マーカスは辺りを見回した。

 巨大なウニのような形が目に入った。

 

「魔法技工士隊、攻撃準備!!」


 マーカスは一か八か、声を振り絞った。

 魔法技工士隊がまだいるとは思えないが、とにかく何か行動を起こすべきだ。

 ただこの叫びが、ザバネスを刺激する可能性も多いにあるが。


「はっ!」


 ついている。

 魔法技工士隊はとにかく生きている。


「出力100%。準備でき次第、あの鐘を持っている人間に向かって放て」


「準備すでに完了しております!」


 おおう。

 さすが王国軍最精鋭部隊。

 異変を察知して、すでに準備を終えていたのか。

 勝った!


「放て!!」


 ギュルルルーーーー

 ブンッ


「ぐわっ」


 空気が弾け、辺り一面を凄まじい爆風が駆け巡る。

 馬ごと吹き飛ばされたマーカスが目を開けると、そこら中に兵士が倒れ、うめいていた。


「やった…。助かった。しかし、ヨハイネ様が…」


 マーカスは身を起こすと、よろよろと立ち上がった。


「誰か! 誰かおらんか? 動ける者。私はマーカス、参謀総長だ。動ける者たちよ、ここに集え!!」


「はーーーーーい」


 少年のような無邪気な声が響く。

 

 マーカスは、ゆっくりとその声の方に振り返った。


「ザバネス…」


「はーい、動けますよ」


 ザバネスは言うと同時に、鐘を振り下ろした。


 マーカスの頭があったはずの場所から、血液が噴水のように噴き出していた。


「魔王倒すのを邪魔するなんて、とんでもない人間だな」


 言いながら、ザバネスは上方を見上げた。

 

「今度は魔物か。3体。今までで一番大物だね」


 ザバネスは地を蹴り、空に跳んだ。

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