第23話 僧侶ルロンガ

 ルロンガは感動していた。

 自分が、あのショカミ親子と戦えていることに。


「私は今、神に感謝している。ショカミ、ショスケ、お前たちと戦えていることを」


 ルロンガは素直で、実直な男だ。

 最高の相手には、最高の力を出さなければならない、という彼の信条をしっかりと守っていた。


「神の前に跪き、悔い改めよ。懺悔!!」


 ショスケは言いようのない罪悪感に包まれ、操っていた重力波が消滅した。


「うぬぅ、魔族の私にすら罪悪感を抱かせるとは。あり得ない魔力よ」


「私は神に仕える身。魔力ではなく、聖力です」


「そうなんだ。大した絶倫だな」


 ショカミは言うと、そのまま吸着魔法を発動した。


 周囲のあらゆる生命体が僧侶の体に貼り付いていく。


 ぐんぐんと膨らむ僧侶を核とした塊。

 草や木、虫や小動物がうじゃうじゃと固まった、二目と見られない異形の塊。

 塊は、ついには小さな山となった。


「お、やってますね、ショカミさんとショスケさん」


「おお、ルル様、お達者で。ということは、剣士は倒したんですな」


「ええ。剣士は倒し、魔法使いは眠らせました。最後はあれですが、もう終わったみたいですね」


「いえ、まだまだでしょう。その前に、息子を元に戻さなければ」


 ショカミは、うずくまり、膝を抱えてぶつぶつと何かをつぶやく息子の頭を片手でつかむと、ブンと上方に放り投げた。


バッ

 

 閃光が辺りを包み、ショスケは砕け散った。

 散乱する破片の中に、もやもやとあやふやな境界線を持った黒い物体が漂っていた。


「これです。これをこうやって消滅させれば」


 ショカミは黒い物体を手で溶かし、凝縮の魔法をかけた。


「戻りました」


 ショスケがきょとんとした顔で突っ立っていた。


「私らほど長く生きていたら、ほぼ肉体はなくなり、魔力の集合体みたいになってるんですよ。だから余計なものが混じったときはこうやって除去すれば、きれいになるんです」


「ああ、さすがですね」


 俺はあきれながらショカミを見つめた。

 そうか、ほとんど肉体は存在していないのか。

 とすると、ショカミ親子を倒すには、どうすればいいんだろう。

 実質、負けようがないのでは?


「で、そろそろあの僧侶が出て来るころです」


 ビチャアアアッ


 一面に飛び散る虫や小動物の欠片を全身に浴びて、俺は卒倒しかけた。

 キモ過ぎる……


「はーい。やはりお仕置きが必要ですね」

 

 凄絶な笑みを浮かべながら、ルロンガが叫んだ。


「聖なる力、魔なる力、もろとも出でよ。ザッハトル…」


 ギュガァアアアアン!!


「え? 耳痛い」


「何? 耳やられて聞こえない」


 凄まじい音に、その場の全員の耳が聞こえなくなった。


 何が起こった?何の音だ。


 4人同時に宙に浮き、音源を探した。


「あ、あれ。ガキが、でかい鐘振り回してる」


 見ると、確かに男の子がバカでかい鐘を左右の手に持ち、お互いの鐘同士を打ち付けていた。

 自分の体よりはるかに大きな鐘を持ち上げ、頭上で打ち合わせる。それだけで驚嘆すべきことだが、彼は鐘を持つ手を横に伸ばすと、そのまま回転を始めた。

 回転は次第に速まり、コマのように旋回を始めた。

 コマは旋回しながら、後方に凄まじい速さで移動を始めた。

 4人は距離を置きながら追跡する。


「何ですか? あれ」


「聞こえない! 大声で言って!!」


「もういいです!」


「えっ? 何?」


「もういいです!」


 そんなことを繰り返しながら追いかけていくと、コマは人の群れに近づいていっているようだ。

 国王軍だ。


「こんな近くまで来ていたのか」

 

 ルロンガは驚き、そして覚った。

 国王軍が、漁夫の利を得ようとしていたことを。


「ねえ、あなた。あなた本当に魔物を滅ぼそうと思ってるんですか?」


 急に目の前にダークエルフが現れ、ルロンガは慌てた。


「魔物め。私は神に仕える身。魔物を滅するのは当然の望みだ」


「でもあなた、賢いから分かってるんでしょ? 魔物を滅ぼしたら、このヴァルハートの生き物も滅びちゃうって」


 ルルの言葉にルロンガは目をそらした。

 そらした視界に、地上の惨劇が飛び込んできた。


「何してるんだ? ザバネス!! いけない!! それやっちゃだめだ!!!!」


 コマと化したザバネスが、国王軍を縦横無尽に切り裂いていた。

 巨大な鐘をぐるぐると振り回し、ひたすらに人間や馬や兵器を潰して回っている。

 国王軍だった群れの上には、血の霧が濃く立ち上っている。


「うっわー、すごい。えぐいなあ」


 俺はただ見ていた。

 国王軍も勇者のパーティーの子供も、どちらも俺たちの敵なのだから。

 その2つが潰し合ってくれれば、これほどおいしいことはない。


「やめろ、ザバネス、やめるんだ!!」


 ルロンガは一直線にザバネスに向かって飛んでいく。


 ピュンッ


 何かが通過した。


 ルロンガは血の煙と化していた。


 と認識した数秒後、轟音が轟いた。


「あ、魔王城が。魔王城がなくなっている」


 ショスケがわなわなと指を震わせながら指す先に、魔王城の残骸があった。


 地上に目を向けると、ザバネスと呼ばれた少年が、片手に鐘を持ち突っ立っていた。

 真っ赤に染まった大地の上に、ズンとそびえ立つ銅像のように、ただ突っ立っていた。


「ああ、あれが勇者だったんだ……」


 やれやれ、俺は危うく射精しかけた。

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