第22話 魔法使いサキ

「ええっと、ドラゴンの炎ってすごいんじゃなかったっけ?」


 ネネはガラン王国教育委員会代表サナ氏に思わず尋ねた。


「ええ、すごいはずです。今浴びせたのは同時10匹を10連発なので、基準となる単位がないのでどう言えばいいのか分かりませんが、ヤバいかける100くらいのヤバさのはずです」


 それが何のダメージも与えていないように見える。

 つまり、打つ手なし。


「じゃあ、逃げますか」


「ええっ?」

 

 サナ氏の顔は真剣だ。

 ドラゴンは本来、生涯戦い続ける種族。

 戦いの形勢を見極めるのは早く、見切りをつけるのも当然早い。

 無理などせず、すぐに逃げるのだ。


「あ、今逃げられると、ちょっとあれなんですけど」


 ネネは焦った。

 自分ひとりでは止められそうもない。


「だいじょうぶです。ダメージは確かにゼロですが、動き止まってるでしょ?」

 

 今の今まで沈黙を保っていたブレナが口を開いた。

 

「確かに。そういやまったく動いてない」


「いや、なんか溜めてるんでしょ。一気にうわって溜めた力開放するんじゃないですか?とにかく私たちは逃げますから」


 サナ氏はドラゴン百匹隊に指示を出そうと歩き出した。


「ほら、落ちた」


 宙に浮いていた魔法使いが、ポトリと落ちた。


「おおおおお!! 落ちた!!」


 ネネは叫んだ。


「どういうこと? 何が起きたの?」


 サナ氏は混乱している。


「昨夜、あの子の夢の中に入ったんですよ。で、あの子の性癖ど真ん中を見つけてあげて、一晩中相手してあげたんです。本人あまり自覚してなかったみたいだけど、あの子、同性が好きなんですね。でも、肉体的には異性も好き。つまり、私は理想の相手だったんです」


「それでもう戦いどころじゃなくなったってこと?」


「そうですね。元々あの子、魔力がバカ高いだけで、特に魔物とか興味なかったんですよ。だって、あの強さだから魔物恐れることもないし、その辺の木とかといっしょだから。あの子がいるだけで家族が襲われるとかもありえないし、家柄も良くてお金稼ぎもどうでもいいし。ただ、その辺の異性じゃ満たされないから、理想の相手求めて旅してただけで。それにしたって、根っこは同性が好きだから、どれだけ旅して異性探しても理想の相手は見つからない。そこに私が現れた」


「それで夢中になって、今は疲れて寝ちゃった……」


「多分。ドラゴンはただの時間稼ぎ。少しでも魔力使わせたら、昨夜の疲れからすぐに動けなくなるだろうって作戦だったみたいですね」


「へー」


 まあ魔物をまったく恐れていないとなれば、戦いに集中もしないだろうし、敵の真っただ中でも寝ることができるのかもしれない。

 でもそんなことって。

 今攻撃したら、仕留められるのでは?


「余計なことしない方がいいと思いますよ。まず起こすのは無理だし、もし起きたら何されるか分かりませんよ」


 ブレナは昨夜の接触で、魔法使いの能力の一端を感じ取っていた。

 恐らく、あの魔法使いは能力の数パーセントでも開放したことはない。

 本人が力を開放することを極度に恐れていた。

 本当に微小な力を限定的に出し、精確にコントロールする術を極めようとしていた。

 もし力を開放すれば、この大地そのものが耐えられないと、本能的に知っているようだった。

 余りにも強力な力を持って生まれてきた存在。

 それが彼女だった。


「あの子には、そもそも魔物を討伐する理由がないんですから。でも、理想の相手を探すためだけになぜこの旅に参加しているのか。それがなぞではあるんですが」


「でも困ったね。どうせいつかは起きるし、どうしたらいいだろう」


「まあ、お兄様にお考えがあるんでしょう」


「あ、お兄ちゃん」


 ルルが落ちた魔法使いのもとに近づいていくのが見えた。

 ということは、剣士は倒したってことか。


「何すんだろ」


 見ていると、ルルは魔法使いをかつぎ、消えた。


「あ、マジで」


 気づくと、目の前にルルがいた。

 

「魔法使い連れてくるなんて、マジでどうかしてるよ!」


「だいじょうぶ。この子は、やっと自分の居場所見つけたんだから」


 魔法使いを肩から下ろすと、ルルは遷移した。


「どうしよう、これ」


「とりあえず、ベッドに連れてきますか」


 サナ氏の背に魔法使いを乗せながら、ネネは溜息をついた。

 深い深い、安堵の溜息だった。

 とにかく死なずにすんだのだ。

 僧侶が残っているが、これもショカミが何とかしてくれているだろう。

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