第19話 出発前夜

「アウルス王ってさ、どんな子がタイプなのかな?」


「知らないって。こんな場で勘弁してくれよ」


「でもさ、結婚まだの王様なんてなかなかいないじゃん。すんごいイケメンだし。それに背も高いんだよ」


「さっき会ったとき聞けばよかっただろ」


「無理に決まってんでしょ!! 謁見の場で『どんな子がタイプなんですかぁ?』って聞けるわけないでしょ」


 こそこそと話すサキとルロンガを横目に見ながら、マーカスが問いかけた。


「勇者の諸君、お食事はいかがかな?」


「はい、最高においしいです」


 ザバネスが大テーブルの向かい側から、控え目に答えた。


 誰かに似ている。


「あのー、ちょっといいですか?」


 サキが遠慮がちにマーカスに話しかけてきた。


「今日泊まるところって、どんなところですか?」


「はっはっはっ、勇者ご一行を招待するにふさわしい宿だ。きっと満足してもらえますよ」


「やったー!!」


「それはありがたい」


「ふふっ」


 マーカスは伏し目がちに満足の笑みを浮かべるザバネスをじっと見つめた。


 やはり似ている。

 誰だ?


「勇者のパーティーと聞いてどんな猛者の方々が来られるかと思いきや、見目麗しい女性やかなりお若い方もいらっしゃるとは。まったく、世の中は分からんもんですな」


 酒で顔を赤くしながら、ヨハイネが言った。


「見た目は猛者ではないかも知れぬが、力は確かです」

 

 ムッとしたようにハルが答えた。


「魔王くらいなら、私一人で倒せるんだけどなあ」


 サキがそう言いながら、手の中に光の玉を作っている。


「ちょっとぐらいなら」

 

 ルロンガがうなずくと、サキが浮き上がった。


「あ、食事中に浮くのはマナー違反……」


 給仕の制止を無視して、浮遊したままサキは大テーブルの中央まで移動した。


「いっくよー」


 光の玉が薄く広がり、テーブルの周りを囲む人々を包みこんだ。

 一瞬目がくらみ、何も見えなくなった。


「じゃ、見てみてー」


 サキがそう言うと、視力が戻ってきた。


「うん?何も変わってないんじゃ?」


「相手の視力を一時奪う術ですか。さすがですな」


 同席の大臣たちが口々に話す中、ルロンガはバルコニーに出ていた。


「こっちです! みなさん」


 ぞろぞろと集まる彼らに、ルロンガが外を指し示す。


「真っ暗で何も見えないな」


「ではこれで」


 ルロンガが指を上下させると、辺り一面に光があふれた。


「何てことだ。まるで昼だ」


 みなは驚き、そして見た。

 王宮を囲むように広がる街。その街を囲んでいたはずの壁がなくなり、ただ細い線のように跡が残されているのを。


「城壁、消しちゃいましたー。てへっ」


「ばかな……。城壁を、だと。1日歩いても回れない距離があるんだぞ」


「我が国の最終防衛線が消えた」


「まやかしではないのか?幻術だ。そうに決まっている」


 大臣たちはあまりのことに恐慌に陥っていた。

 城壁は、高さは5階建ての建物と同じくらい、厚さはその半分、距離に至っては馬で駆けても半日はかかると言われている。

 それがあっという間に消え失せたのだ。

 音もなく、ただただ消えたのだ。


 パンパンパン


 不意に鳴り響く乾いた拍手に、みなの視線が集まった。


「お見事。他の何にも影響をおよぼさず、ただ城壁だけを消し去る。さすがは史上最高の魔法使い。そして、この光。まるで昼のように明るい。あなたも史上最高の僧侶で間違いありますまい」


「いやあ、それほどでもあるけどー」


「そしてお美しい。チャーミングでもある」


「いやああ、それほどでもあるけどさー」


「しかし城壁がなくては困りますな。何とかなりませんか」


 そう言われて、サキは引きつった顔をした。


「え、いやあ、戻すのは、ねえ」


「ご安心ください。魔王を倒したあとは、残った魔物も全滅させる予定です。ですので、もう城壁は必要ないんですよ」


「おお、さすがは勇者!!」


「勇者! 勇者! 勇者!」


 勇者コールに笑顔で応える勇者のパーティー。

 

それを見ながら、ヨハイネはマーカスに語りかけた。


「あの小僧、誰かに似てると思わんか?」


「は、私も誰かに似ていると。しかし誰かが思い出せず」


「ルカだよ。ルカ・エラトリウス」


「あ! 確かに。黒髪だから分からなかったんだ」


「まるで生き写しだ。魔王との戦いが終わったら、ここで引き取ってやってもいいな」


 じゅるりとよだれを垂らしそうな顔でささやくヨハイネを見て、マーカスは激しく動揺した。

 ルカ。お前は死んでも俺の邪魔をするのか。

 

「ええ。確かに」


 

 翌朝、勇者たちは多くの人に見送られながら出発した。

 王国から支給された大量の物資とともに。

 その中には、奇妙な物も混じっていた。

 4頭立ての荷車に引かせた巨大な鐘である。

 大人2人分の高さはある、実に巨大な鐘が2つも乗っている。

 いくら4頭立てとはいえ、魔法で強化された馬でなければとても引けない重量の鐘。


「いくらなんでもでかすぎだ」


 ハルに頭を小突かれて、ザバネスはにっこりと微笑んだ。


「ハルさんこないだ、シンボルはでかけりゃでかいほどいいって言ってたじゃん」


「おま、ちょ、シンボルってのはだな。まあいいや」

 

 ハルもザバネスの屈託のない笑顔を見ていると、これもありだな、と思わざるを得なかった。

 全人類の悲願、魔王の討伐がもうすぐ果たされるのだ。

 このぐらいのはなむけは、当然必要なんだろう。

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