第18話 邂逅前夜

「ショカミさん、あなた一体おいくつなんですか?」


「来月で1252歳になります」


「なるほど。お尋ねしたいんですけど、前回の勇者が来たときにはもう生まれていたんですよね?そのときはおいくつでした?」


「まだ生まれたばかり。2、3歳くらいでしたかね」


「さっき魔王さんから聞いたんですよ。勇者は50年は暴れ回ってたって」


「ああ、そうなんですか。よく覚えていないんですよ。何しろ物心ついてなかったもんで」


「でも勇者が死んだのがショカミさんが50歳くらいのころってことになりますけど。おかしくないですか?」


「ああ、ご存知ない? 魔導士の寿命は2000年くらいで、エルフの10倍以上あるんですよ。当然成長も遅い。50歳なんていったらエルフの5歳くらい、人間の2歳くらいなんですから」


 そうなのか。

 とすると、魔王の話に矛盾はなくなる。

 勇者による徹底的な破壊が始まると、その寿命が尽きるまで続く。

 よし。ヴァルハートがダメになるかならないかなんだ。

 やるしかない。

 俺は準備を進めた。


◇◆


 はるか以前に捨てられた村。

 数十軒の廃屋が立ち並ぶ。

 村の中央に、巨大なウニのような装置が5つ、マーカスたちの周りを囲むように並んでいる。

 それぞれの装置はトゲの先に紫色の空気を漂わせ、かすかに震えていた。


「大丈夫なんだろうな?」


 マーカスの言葉に静かにうなずくと、隣に立つ魔法技工士は手鏡のような装置に手をかざした。


「魔力を注入すると、この装置どうしが増幅し合います。増幅は円環し、ついには数万倍の強さにまで至ります」


 マーカスの目にも、周囲に揺らいだ空気が立ち込めている様が見て取れた。


「この空気の揺らぎは、魔場の集積を反映したものです。魔場が実際の物質にここまで影響を及ぼすということは、まずありえないことです」


「で? これで何かできるのか?」


「このままの状態ですと、あらゆる攻撃に対するバリアとなります。魔法攻撃、物理攻撃、すべてに対してです。で、方向を定めて集束する力を弱めると」


 魔法技工士が装置にかざした手をくるりと回転させた。

 一瞬ののち、村の廃屋がすべて消し飛んだ。


「これで1割程度の出力です」


「ほほう。よくやった。量産を始めてよい」


「ありがとうございます。しかし少し気になる点が」


「何だ?」


「1割程度では目立ちませんが、出力を上げていくと魔場が不安定になるのです」


「ふむ。まあこの威力ならばそれほど出力を上げることもあるまい。量産を始めるにはもう遅いくらいだ。勇者の到着に間に合わせなければ、せっかく作っても使う機会がなくなってしまうしな」


 そう、もう間もなく勇者が到着するのだ。

 驚いたことに、魔王のところに直接向かわず、サマゲート王国を訪れたいと使者まで寄越したのだ。

 何千年に一度出るか出ないかというレアな人物。

 会っておいて損はないだろう。

 もし取り込めるようなら取り込んで駒にすればいいし、それが難しければ魔王にぶつけた後始末すればいい。

 魔王に勝てるとは到底思えないが、弱らせることぐらいはできるだろう。

 そこをこの増幅装置を使って襲えば、労せずしてサマゲート王国は倍の領土を手にすることになる。


「宰相閣下もきっとお喜びになる」


「はっ。ありがたき幸せ」


 マーカスは馬に乗ると、颯爽と村をあとにした。


◇◆


 魔法使い・サキ、僧侶・ルロンガ、剣士・ハル。

 これにザバネスを加えた4人が、勇者のパーティーだ。


「何でサマゲート王国なんかに寄り道するんだ?」


 ハルがあくびをしながら尋ねた。


「魔王倒したあとのことも考えとかないと。魔王がいなくなったら、魔物たちも混乱して暴れ出すかもしれないし、そうなったら近い国に迷惑がかかるだろうし。そういったことの話をしておかなきゃ」


 ルロンガが何度もしてきた説明をまた繰り返した。


「どう話そうが多少の被害は出ちゃうでしょ。それよりさ、今回はさすがにいい宿に泊まれるよね?」


 サキはひとり言のようにつぶやいた。

 ちゃんとした宿に泊まったのはもう一月も前のことだ。

 魔法で臭いを消してはいるが、さすがに汚れも限界にきている。


「サマゲート王国ってさ、寺あるかな?」


 ザバネスが誰ともなしに尋ねた。


「そりゃあるんじゃない? かなりおっきな国だもの。でも何で? お祈りでもするの? あんたが?」


「でっかい鐘が欲しいんだ。取っ手付きの。とにかくでっかいやつ。できれば2つ」


「魔王の弔いの鐘か。意外なところあるなあ」


 ルロンガがひとりでうなずいていると、ハルが言った。


「ザバネスはまだ13歳だ。こんな小さな体で今まで私たちと旅をしてきた、それだけで奇跡に近い。私たちはそれぞれ、過去の勇者を凌ぐほどの力をすでに持っている。ザバネスはまだ子供で、何の力もない。そんな彼が敵を弔うということを知っている。私たちは恥じるべきだ。彼こそ真の戦士だ」


「そうだそうだ」


「やんややんや」


 はっはっはと笑うと、パーティーの気持ちは固まった。


 魔王を倒し、きっと弔おうと。

 

 そしてヴァルハートに平和をもたらそうと。

 

 もたらした平和は永遠に守っていこうと。

 

 そのために彼らは力を与えられたのだから。

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