第17話 魔王城
「これが魔王城か」
近くに来ると、意外に小さい。
5階建ての普通の城にしか見えない。
やはり、拡大魔法で遠方からも見えるようにしているのだろう。
「現実に大きな城を作るのは費用対効果が悪すぎるもんな。人間の住んでるところからでも見えないと脅す効果がないし。なるほどね」
魔物の頂点に立つものということは、徹底した合理主義者である可能性が高い。
それを裏付ける事実に、俺は興奮した。
「勇者対策もスムーズにいくかも」
つぶやきながら、扉を開いた。
白い。床も壁も真っ白だ。
清潔感。この部屋から受ける印象は、まるで病院のそれだった。
「すいませーん。誰かいますかぁ?」
我ながら間の抜けた挨拶だと思いながら、他に言いようがなく呼びかけた。
「あ、すいません。少々お待ちください」
パタパタと足音がして、現れたのは白い服を着たニンフだった。
「えと、お約束いただいていましたっけ?」
「え?メガスから連絡来てないですか?」
「あ、ほんとだ。今日の14時からって書いてある。ごめんさないね、滅多に予定入らないからつい忘れちゃって」
「いえ。お忙しいでしょうから、ここで待っています」
「あ、ほんとに何もないんですよ。なので、ついてきて。すぐに会わせますから」
ニンフかあ。
確かに、秘書にしたいモンスター第一位を毎年争うだけある。
魔法庁でも採用しようかな。
魅力的な後ろ姿を見ながら、階段を上っていく。
「こちらです。お入りください」
ニンフが戸を開き、俺を部屋に導き入れた。
「魔王様。ルル様がいらっしゃいました」
「初めまして。魔導士長ルル・ライウです」
「あ、どうもどうも。そっちにでもかけてください」
巨大な部屋の真ん中に、ポツンと置かれた応接セット。
その椅子に腰かけていたのは、貧相な中年男だった。
「え?はあ。魔王様、でいらっしゃいますか?」
「あ、すいません。私、魔王をやっております。経歴としては、板金工を15年、魔王を1200年ほどやっておりまして、他に特技はございません」
「えっと、私は、狩猟20年、魔導士長を1年ほどやっておりまして、特技は暗算です」
「失礼ですが、ご趣味は?」
「趣味は、音楽鑑賞ぐらいです。あなたは?」
「それがこれも特にないんですよ。暇だけ持て余してまして」
「魔王様、ルル様、なかなか会話も弾んでいらっしゃいましたようですので、私はちょっと席を外させていただきます。ではごゆっくりと」
ニンフが去った。
俺は戸惑った。
一体、中年のおっさんと何を話せばいいんだ?
あ、そうだ、これはお見合いじゃないんだ。
勇者対策を話しに来たんだった。
おっさんのインパクト(の無さ?)にすっかり忘れてしまっていた。
「勇者が発生して、成長し続けているのをご存知ですか?」
「ええ、まあ」
「魔法庁でその対策をしてるんですけど、魔界全体でやるべきだと思うんです」
「ええ、まあ。それはそうでしょうね」
「魔王様はどのような対策をお考えでしょうか?」
「うーん、特には」
「魔王様ご自身のお力は絶大だと思いますので、特に対策は必要ないとお考えかとは思いますが、魔界全体で見るとなかなか面倒な問題ですので。できれば被害を最小限に防ぎたいと考えております」
「被害を最小限にしたいというのは同じです。ただ、それはなかなか難しいかと」
「それほど勇者の力は凄まじい、ということでしょうか?」
「まあそれが一番の理由ですね。あれに敵うものはこの世にありません」
「なるほど。前回もそうだったのでしょうか?」
「前回の襲来。あのとき私は村の小さな板金屋で日がな一日板金を作っていました」
「板金を」
「ええ。妻もいましたな。子供はいなかった。そこにとにかく爆発や爆風や豪雨や雷や地震や何やかやが一気に襲ってきまして。気づけば道端に放り出されてました。消えた街のど真ん中で」
「一瞬で街が消えた」
「一瞬かは分かりませんが。意識を失っていたようですので。村で生き残ったは私だけのようでした。呆然ときょろきょろ辺りを見回していると、ドラゴンが飛んできて、これを飲めといって何かを飲ませられました。そして、お前はこれから魔王だ、次の勇者が来るまでここで待っていろ、といって飛び去りました。思うに、あれが先代の魔王だったのでしょう。そのあと、また爆発が起き、そのまま静かになりました」
「魔王が何もかも吹き飛ばした。おそらく勇者たちも」
「いえ、違います。魔王が吹き飛んだのはそうでしょうが、その後も勇者は元気いっぱい暴れまくっていましたから。結局その後50年は、私たちは街をつくることがありませんでした。発展し出すと勇者が来ては魔物討伐を始めるので。街の周囲で魔物を虐殺されると、とにかくいろいろなバランスが崩れて大変なんですから」
「勇者の寿命が尽きるのを待つ日々だった、と」
「ええ。勇者が亡くなったあと、世界は徐々に発展していきました。ただ、私はいつも怯えていました。いつか勇者がまた発生するのではないか、と」
「そうですか。でもそれであれば、魔王がいない、ということにすればよかったのでは?」
「それは常に考えていました。ただ、先代の魔王が不老薬を使わせてまで私を魔王にしたのは何かわけがあるのではないか。そう思い、あるとき気づきました。勇者が発生したとき、魔王がいなければ、勇者はおそらく完全に魔物を滅ぼし尽くすに違いない、と」
「魔王という標的があるからこそ、そこに一直線に向かう。その間に勇者の存在が世間に知れ、とりあえず避難できる、と。そういうことですね」
「そうなんです。もし勇者発生地点から殺戮が始まると、それを伝えるものもみな殺されますので、噂すら広がりません。魔物を絶滅から救うため、先代の魔王は私を魔王にしたのだと思います」
「魔王様、そろそろお薬のお時間ですが」
不意のニンフの登場に、魔王は思わず立ち上がった。
「じゃ、そういうことで」
魔王が去ると、ニンフがこっそりと耳打ちしてきた。
「あの人、何か言いました?ちょっとご病気なんで、気にしないでくださいね。過去のトラウマで、精神的にあれなのかもしれません。あ、これは絶対の秘密ですよ。魔導士長の胸にだけ留めておいてくださいね」
俺は魔王城を静かにあとにした。
とにかく、魔王の支援は期待できそうもないな。
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