第16話 逸失魔法

「お兄ちゃん、まずはチューラから」

 

 ネネに言われずとも、当然チューラのとこに行くよ。

 でもその前に、ショスケに現状を聞かなきゃ。

 そう思い、歩き出そうとした。


「待って。だからチューラから」


「はは、ばれた?じゃあチューラから」


 チューラは魔材活用部の部屋で忙しく働いていた。


「あ、それそこじゃないって。こっちに入れなきゃ、数値狂うだろ。魔表が少しずれると仕上がりがぐっちゃぐちゃになるって何遍言ったら分かるんだよ」


「よっ! やってるね」


 典型的な仕事しない上司のように登場してみた。


「あ、仕事しない上司が来たよ。こっちは忙しいんだけど。何かあるんだったら手短にお願いしますよ」


 はは。相変わらず。でも安心する。


「ここじゃちょっと。外で話そう」


 俺が連れ出すと、部屋のあちこちからヒューヒューと囃す声が聞こえてきた。


「みんなちゃんと仕事しなよ!!」


「はーーーい」


 なかなか明るい、いい職場じゃないか。

 チューラも頑張ってるんだ。


「で、3か月もあけといて知らせもなしにいきなり顔出すなんて。どういう了見なんだい?」


「了見なんてのは特にないけどさ。ただいまって挨拶しに来た感じかな」


「ふーん。お帰り」


「ただいま。長い間留守にしててごめん」


「まあ、私はどうってことないんだけど。職場のみんながさ、寂しがってたけど。まあみんなあんたよりネネの方に会いたがってたんだけどね」


「そうか。ネネは人気者だな」


 俺はそっとチューラの手をとり、握った。


「ネネも借りてすまなかった。留守の間、部署を守ってくれてありがとう」


「し、仕事ですから」

 

チューラはそう言うと目をそらし、大きく息を吸った。


「ありがとう」

 

 俺はぎゅっとチューラを抱き寄せた。



 その日の夜は、久しぶりに村に帰った。

 身寄りのない俺たち兄妹が帰ったところで特に何もないのだが、チューラが家に招待してくれたのだ。


「うちのおじいちゃんが是非ってきかなくてさ」


「チューラのおじいちゃんって、前の村長だよね。お兄ちゃんが魔導士長になったから会いたいのかなあ」


「いまさら?まあ会いたいって言ってくれてるんだから、ありがたくお会いしようよ」


 チューラ家は、以前の勇者襲来のすぐ後からこの村にあるという、とても古い歴史を持つ家だ。

 ひょっとすると、以前の勇者の話が聞けるかも知れない。


「どうも初めまして。チューラの祖父のメガスです」


「初めまして。魔導士長のルルです」


「魔導士長様がうちにいらっしゃるなんて、先々代のとき以来です。光栄至極でございます」


 先々代のときにショカミが来たのか。


「あなた様に是非お会いしたいと思っておりました」


「そうですか。私もです」


「聞けば今回の旅は、西方の異変を調べるためのものとのこと」


「ええ」


「西方の異変とは、すなわち勇者の誕生によるものとお見受けします」


「そこまでご存知ですか。しかしなぜそれを?」


「知っているというより、言い伝えに照らし合わせて判断したといいますか。私どもの家では、代々勇者の伝説が言い伝えられておりまして」


「ほう」


「その話にそっくりなのです。獣が動き、人が動き、魔物が動いて、世が動く。天候が変わり、すべてが変わる。たくさんの生き物が死に、すべてが壊される。それはすべて勇者によるものだ、と」


「確かにそうなりつつあります。西方で調べた結果も、勇者の発生を裏付けるものでした。そして私は、その対策を打たねばなりません」


「そうでしょう。あなた以外に対応できる魔物、いや、生き物はいないと思います」


「考えられる手は打とうと思うのですが、いかんせん前例がなく、どうすればよいかなかなか自信が持てません」


「ショカミ様にご相談は?」


「勇者が以前襲来したとき、ショカミはまだ赤ん坊と言っていいくらいの歳だったそうです。物心ついたときには、魔界にはほとんど何もなかったことを覚えているくらいで、勇者のことは何も知らないに等しいと言っていました。そうそう、魔法も伝承が途絶えていたので、ショカミはほぼ独力で再発見し、体系立てていったそうです」


「今ある魔法はショカミ様の再発見したものか、ショカミ様の作ったものがほとんどというのは本当です。多くのものはその事実を知りませんが。そのため、失われた魔法もまだまだ多くあるということです。今回お会いしたかったのは、そのひとつをお伝えするためです」


 鼓動が早まる。

 逸失魔法を教えてくれるだって?


「逸失魔法を……。以前組織立って探したことがありましたが、手がかりすらつかめませんでした」


 サマゲート王国でルカだったころ、俺は多くの部下に逸失魔法の収集を命じたことがあった。

 結果はまったくだったが。

 それをまさかここで教えてもらうことになるとは。


「核魔気共鳴魔法(NMR:Nuclear Magical resonance)。強烈な魔気を一瞬だけかけて生体の持つ魔核を共鳴させ、その際に発生する魔波から生体内部を精確に把握する魔法です」


「これはすごい。これがあれば生き物の体の内部のすみずみまで把握できてしまう」


「そう言っていただけるとありがたいですが、私どもには使い道がまったく分かりませんで。ただ、勇者が出現した際には、しかるべき魔物、あるいは人間にこの魔法を伝えるように、という一族の決まりがありまして」


「人間にも?」


「ええ。おかしな話ですが、勇者は魔物だけの問題ではないという先祖の教えです」


「なるほど。とにかく、ありがとうございました。逸失魔法を教えていただけるなんて、本当にありがとうございます」


「はは。そんなに喜んでいただけると、こちらもうれしいです。ところで、魔王様にはお会いに?」


「いえ、まだ」


「では、お会いしてください。それも先祖の教えでございます」


 おおう。魔王と会う、のか。

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