第三章 勇者襲来
第15話 難民
マーカスは、汚れ切ったぼろをまとった一人の男を伴い、ヨハイネのもとにやってきた。
「さあ、宰相閣下にお話しするんだ」
「そうせかすな、参謀総長。食事でも与えたらどうだ」
「はっ。では、何か食べるものを。食べながらでいい、とにかく今までのことを話すんだ」
男は出された食事を口いっぱいに頬張ると、慌てて飲み込んだ。
そして、おずおずと話し出した。
「俺は、ナスタって村に住んでました」
「サマゲートのはるか西方、マシュタル国の村だな」
「はい。妻と子供3人、家族5人で暮らしていました。
2年ほど前のことです。
夜遅く、かなり遠くの方で爆発が起き、続いてすごい雨が降ったんです。雨っていっても、俺たちの村には降らなくて、爆発が起こった辺りだけに降る変な雨でした。
何が起こったかさっぱり分からなかったんで、とりあえず起きて外の様子をうかがっていると、魔物の大群が村に向かってくるじゃありませんか。
驚いたのなんのって。
そりゃすぐそばに魔物の村がある土地の安い村に住んではいましたが、魔物が襲ってくるなんて聞いたこともなかったもので。
あわてて村の男たち全員門に集まって、槍を構えて待ち構えました。
でも、凄まじい大群です。一息に村を飲み込んでしまうだろうと誰もが恐怖に怯えていました。
ところが、魔物は一向にやってきません。
おかしい、誰か見てこいということで、私ともう一人で偵察に出ました。
少し歩くと、なぜ魔物が来ないのか、すぐに分かりました。
すべての魔物が、胴体を真っ二つに切られて死んでいたのです。
その血の臭いにあてられて、私たち二人とも吐いてしまいました。
こんな壮絶な光景は見たことなかったものですから、もう胃袋をひっくり返す勢いで吐き続けるだけで、立つこともできない有様でした。
そのときです。
肩を叩かれたのです。
『あ、魔物の生き残りか。殺されるな』
ぼんやり考えたのを覚えています。
しかしそれは魔物ではなかった。
4人の人間でした。
あとで知ったのですが、勇者のパーティーだったのです。
全身を魔物の血で真っ青に染めながら、ニコニコと微笑みかける彼らの姿は、今話しているだけでも震えがくるほど恐ろしいものでした。
魔物の村には、おそらく数千の魔物が住んでいたはずです。
ほぼ交流はありませんでしたが、お互い飢饉のときには食物を与えあったりする程度のことはしておりましたので、そのくらいは知っていたのです。
ええ、魔物と私たちは食べる物が若干違うので、私たちの村のような辺境では助け合った方が何かと都合がいいもので。
それからしばらく勇者たちは村に滞在しました。
村では彼らの旅に必要な物の調達に励みました。
早く出ていってほしかったからです。
考えてください。あれほどの力を持ち、そして何より魔物とはいえあれだけの数の生き物を殺しつくす心を持っている人間がそばにいるのです。
私たちのような普通の人間にはとても耐えられるものではありません。
幸い、勇者たちは1週間もすると旅に出発しました。
これで安心できるとほっとしたのも束の間、村では様々な事件が起こるようになりました。
まずは魔物の襲来。
おそらく生き残った魔物が、村を破壊されて生きる術を失い、食料を求めて村を襲うようになったのだと思います。
そして人間の襲来。
これはよく分かりませんが、魔物の村が一掃されたことで人を襲う魔物が激増し、村を失う人間が現れ、彼らが盗賊化したものだと思います。
獣の襲来も侮れません。
勇者たちの戦いのせいで森がめためたに破壊されたため、エサがなくなったのが原因でしょう。
気候も変わりました。
雨が降らなくなりました。
森が破壊されたことと関係があるかもしれません。とにかく1年は雨が降りませんでした。
そんなこんなで、私たちの村は崩壊しました。
数家族ごとに村を移る形で、櫛の歯が欠けるように村から人がいなくなりました。
私たち家族も1年前に村を出て、勇者たちの噂を聞いてはそれを避けるように移動し続けてきました。
幸い、誰ひとり欠けることなくここまで来ることができたのです。
お願いです。
この国に住まわせてください。
勇者たちは、自分たちを人間の味方と言っていますので、人間に手を出すことはありません。
ただ、魔物を絶滅することだけが望みだそうです。
そして、魔王を倒すために旅をしているのだそうです。
魔王さえ倒せば、魔物の根絶はたやすいからだそうです。
この素晴らしい立派な国であれば、周りで魔物の村が滅ぼされようが、それほど影響は受けないでしょう。
もし勇者たちが来たら、魔王を倒す支援をして通過してもらえばいいのです。
お願いします。
私の知っていることなら何でも話しますので、ここに住まわせてください」
男が帰った後、ヨハイネは問いかけた。
「マーカス、勇者たちはこの国に来ると思うか?」
「魔王領は我が国の北方です。西方からの行程を考えれば、来ないでしょう」
「我が国に影響はあると思うか?」
「さあ、分かりません。ただ言えるのは、勇者たちが魔王をもし倒すことができれば、我々にとって願ってもない好機が到来するということです」
「願ってもない好機?」
「ええ。魔王領は世界の土地の1割以上を占めています。その土地の主がいなくなるということは…」
「確かに。土地は富そのもの。絶好の好機だな」
一応アウルス王にも伝えておくか。
マーカスはそっと部屋を出た。
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