第13話 地方の街2

「我が国は史上初の単一魔族国家として、150年前に建国されました」


 荘厳さを感じさせる大図書館。

 その開架スペースの大机の上に広げた年表を示しながら、サナ氏はゆっくりとした口調で説明を始めた。


「この国には、ご存知の通りドラゴンしかいません。魔族の常識として、ドラゴンはとても強力な魔力や体力、攻撃力を備えているが、数が少ないというものがあります。それはただの思い込みであるということを証明しているのが、我が国です」


 やばい、眠気が襲ってくる。


「私も見ての通りドラゴンですが、3匹の子供を持っています。ドラゴンは子をほとんど生まず、繁殖力が弱すぎるため近い将来には絶滅するのではないかと思われていた時期もあったほどです」


 やばい、ガチ眠いっす。


「それは誤りであったと今では言えます。ドラゴンは繁殖力が弱いのではなく、成体になるまでの間に仲間同士の争いで命を落とすものがあまりに多かったために、数を減らしていたのです」


 マハ、完落ち。

 気持ちよさそうに寝息を立てるマハを見ていると、俺まで寝てしまいそうだ。


「そこで我が教育委員会では、争いは悪であると徹底的に教えることにしました。ドラゴンの闘争心を抑え、みんな仲良くしていくことが素晴らしいことであるという教育を徹底したのです」


 お、これって人間時代に学んだ家畜化による動物の特徴の変化と同じじゃないか?

 人間に扱いにくい攻撃的な個体を排除し、徐々に家畜化していくことで驚くほど大人しくなるが、種族として数は格段に増えるってやつ。


「ただ、この教育から外れてしまう生徒もいるのが現実なのですが」


「道路の神様っすか?」


「え……?ひょっとして路地裏の神話のことですか?確かに、彼は……。私の教え子でもあるんですけど。でもなぜご存知なのでしょうか?」


「まあ、街でたまたま会ったっていうか。でも教育の成果は出まくってたけど」


 フフッと笑うネネを見て、サナ氏は微笑んだ。


「ああ、魔導士長クラスの方から見るとあまりにも脆弱過ぎて驚かれたことでしょう。でも彼らは腐ってもドラゴン。代々魔王を輩出していた一族の末裔です。ほんとの力はあなたがたがご覧になったものではありません」


 眠気が一気に覚めた。


「では、どうすればほんとの力が?」


「路地裏の神話くんのような教育の型にはまらない子は、いずれある施設に送られるんです。その施設に行けば、本来の力を見ることができますよ」


「私たちのような外部の者がそこに行くことはできますか?」


「ええ、私たちの武力を示す場でもありますので。その施設は、私たちの本来の力を広く知らしめて、我が国に侵略しようという気を起こさなくさせるという効果も狙ってつくられているのです」


 すごい。

 ガラン一族は何とよく考えて国をつくっていることだろう。

 これほどの国家観があれば、当然勇者についても何かの対策をしているだろう。


「西方の異変、ご存知ですか?」


 サナ氏はじっと俺を見つめ、息を吐いた。


「ふーー。私たちドラゴンは、本能的に感じ取るのです。あなたの言う西方の異変は、ほぼ確実に勇者によるものでしょう。ここ最近、この国の本能の弱まったドラゴンたちも何かしらの不安を抱くらしく、精神科は予約でいっぱいなのです」


 ドラゴンが勇者に怯えて精神科。

 時代は変わったものだ。


「ではやはり、勇者が復活したと?」


「復活、ではないでしょう。発生したんでしょう。前回の勇者とはおそらく何の関係もないと思います」


「そうか。だからショカミは以前と似てるような似てないようなと言っていたのか。まったく別の勇者が西方で生まれ、力を発揮し始めているのか」


「ええ、教育委員会でも鋭い者の間では、勇者はすでに臨界値を超えていると言われています」


「臨界値、ですか」


「勇者として認められる能力値といいますか。いや、勇者はただその能力値が異常なだけではありません。彼そのものが異常な存在なのです」


 サナ氏はそう言うと、頭を振った。


「いえ、これは言い伝えに頼り過ぎた発言でした。現実に勇者を見たことのある者はこの国にはおりません。ドラゴンはみなが思っているより、はるかに短命なのです。そして、とにかく目立つため、なかなか他国に行くことができないのです。ですので、あなたにとても大きな期待を抱いているのです。お帰りの際には、ぜひお立ち寄りください」


 俺はうなずくと、最後にドラゴンの本来の力を引き出す施設を見せて欲しいと頼んだ。


「ここからだとかなり東になってしまいますので、どうでしょう。本来の力なら、ちょうどこれから見ることができますよ」


 そう言うと、サナ氏は図書館の2階のバルコニーに俺たちを連れ出した。


「これ、かけてください」


 渡された色付き眼鏡を素直にかける。


「さ、もうすぐ……」


 ザンッ、と強烈な光が網膜に飛び込んできた。


 遠方に見えていた原生林に、かなり広い幅で長い長い道ができている。

 一瞬で膨大な数の木々が焼き払われ、地の果てまで道ができたのだ。


「どうです?土木工事と一体化した力の実証実験です。合理的でしょ?」


 サナ氏の微笑みを見ながら、ドラゴンの微笑みってアイテムありそうだよなとマハが小さくつぶやいた。

 ありそう、確かに。

 それは勝利の女神の微笑みと等しいのではないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る